神官ミリアは神の言うことしか聞きません 6

「――ヨッ、と。ほれ開きましたよ。リューちゃんの鮮やかなお手並みに拍手プリーズ」


「拍手なんてしたら見つかるだろ……あとお前声でかいぞ」


「大丈夫ですって、人の気配はしません。そんな下手はうちませんよ」


 深夜、俺とリューは定宿を抜けだしミリアの教会を訪れていた。


 礼拝堂の扉はしっかり施錠されていたが、一級の盗賊スキルを持ったリューにかかればチョロいもの。


 あっさりと、俺たちは二人は教会への侵入を果たした。


「……前々から気になってたんだけど、お前どうしてそんなに盗賊スキルに長けてるの? オークの貴族の生まれなんだろ」

 俺はふと気になってリューに聞いてみた。


「いやーちっこい頃にですね、親父が勉強さぼるわたしにキレておもちゃを全部鍵付きの棚に隠しやがったんですよ。ぜってー取り戻してやらぁって解錠の練習に励んだら人を出し抜く面白さにどはまりまして、ええ、この有様です。だから道を派手に踏み外したのは全部パパンのせいなんですよ」


「親父さんはお前にまっとうな道を歩ませたくて……いや、今さら言っても遅いか」


「で、モトキさん。わたしの財布、間違えた、親父の話はともかくとして、どうして教会に忍び込んだわけです?」

 リューは月明かりの差し込む教会内部を見回す。

「わたしの見立てじゃここ、大したものはありませんよ」


「ん? いやあるぞ、ものっすごい価値を持ったお宝が」


 俺は祭壇の方へと歩み、その前で立ち止まった。


『ミラー』の力で巨躯のオークに化ける。


 そしてその野太い両腕で祭壇を掴み、持ち上げ、どかす。


「あったあった」

 祭壇の下のくぼみには、長方形の箱がおさまっていた。


「それ、棺ですか?」

 リューは祭壇の下から現れた棺に眉をひそめた。

「どうしてこんなところに。っていうかどなたの棺です?」


「クィーラ教の聖人、シルヴァさんのご遺体が眠ってる」

 

 ここオーグル・デンにクィーラ教を布教した聖者。


 彼は生前、史上唯一の飛行魔法を操り、この島のヒューマンばかりかオークの一部にまで女神クィーラの教えをひろめて回ったという。


 偉人の遺体はしばし信仰の対象となる。

 一部の教会には、その地域の聖者の死体が安置される。


 天に召された大人物の体をそばに置いておきたいと願う心理は、地球でも異世界でも変わらないらしい。


「――リュー、この棺を開けてくれ」


 **


 神官ミリアはその夜、夢うつつの中、不思議な感覚を抱いていた。


 まるでぬるい水に体を包まれ、どこかへ運ばれていくかのような――。


 ミリアはおそるおそる目を開いた。


「…………えっ」


 ミリアの頭上に天井はなかった。

 

 月と空が間近にあった。


「――――っ!」


 わけもわからず、彼女は周囲を見回した。

 ここはいったいどこだろう。自分は教会で寝ていたはずなのに――!


 寝返りをうつように体をよじる。


 下方に、彼女の住まう教会の屋根が見えた。


 どうやら自分は浮遊しているらしい。彼女はその事実だけをかろうじて認識した。

 その時――


『女神クィーラの忠実なるしもべ、ミリアよ』


 荘厳な声とともに、ミリアの目の前に一人の男の姿が現れた。


「あ、あなた様は……!」

 ミリアは声を震わせた。


 何度も、その姿を文献の中で見た。

 クィーラ教の大聖者、シルヴァ。


 ミリアの教会で静かに眠っていたはずの彼が、ミリアに語りかけてくる。


 ――聖者の降臨


 ミリアは今、奇跡を目の当たりにしていた。


『そなたら親子の信仰は紛れもない本物だ。そなたの父は今、女神クィーラのおそばに仕えている。そなたも死後はそうなるであろう』


「――――あっ」

 ミリアの目に、じわりと涙がにじむ。

 

 愛する父は、生前誰にも認められなかった。

  

 頭が堅い、偏屈だ、と罵られ、晩年は寂しく過ごした。


 でも、父の信仰は死後認められたのだ。


 なんて嬉しい……!


『そなたら親子のたぐいまれなるその信心に女神は満足している――だが同時に、女神はそなたに強い不満を抱いてもいる』

 シルヴァの言葉に、心臓がバクンッとはねた。

 

 愛する神が、自分に不満を抱いている――。


 自分では全てを神に捧げているつもりだったが、まだ不徹底だったらしい。


「め、女神は、わたくしめになんと……?」


『そなたは女神クィーラのいち信徒としては完璧だ。しかしそなたは単なる信徒ではなかろう。神官、すなわち布教者だ。神への愛を地上の子らに伝えひろめる義務がある。お前はそれを怠っている』


「あ……」

 それに関しては言い訳のしようもなかった。


 ミリアの守る教会に、人が集うことはほとんどない。


 誰も、よりついてはくれない。


 最近一人だけ子供の信者ができたが――。


『ミリアよ、なぜそなたはせっかく教会を訪れた者に、いきなり長時間の説法や長時間の祈りを強要するのだ。あのような苛烈な試練に、教会に来たばかりの者が耐えられるはずもなかろう。だから信者がまったく増えないのだ』


「お、お言葉ですが……クィーラ教とは元来そういうものではありませんか。辛い修行に耐えることで真の信心を呼び覚ます、それが我が教団の正しいあり方。――わたくしは……形式を守って……」


『信仰は形ではない!!』


「――――」

 雷のような一括に、ミリアは身を硬直させた。


『今後はもっと優しく人々を教え導け。そなたも戒律かいりつをそう熱心に順守せずともよい、柔軟に変えていけ。女神はそれを望んでおる。厳しくして、信徒がいなくなっては何の意味もないからな。よいか、教会を訪れる信者を増やせ!!』


 そこで、ミリアの意識はぷつりと途切れた。



**


「おはようお姉さん――って、どうしたの!?」

 

 朝、子供に化けた俺が教会を訪ねると、神官服を着たミリアが床に横たわっていた。


「……あらあら子羊さんたら今日も来てくれたのね……とっても嬉しいわ……でもごめんなさい、私はもうだめ……なにもかもお終いなの……」


 ミリアの目からはハイライトが消えていた。

 体に力が入らないようで、手足もくたっとしていた。


 ……自暴自棄になった女の姿というのは、どうしてこんなにエロいのか。


「お姉さん、なにがあったの……?」

 俺は聞いた。 


「実は、昨晩ね……」


 ミリアは昨晩、降臨した聖者に布教の仕方を叱責されたのをひどく気にしているようだった。

 


 ――ちなみに、その聖者の正体は俺である。


 進化した『ミラー』によって聖者に化けた俺は、聖者の固有魔法によってミリアと共に空に浮き、彼女を偉そうに叱責した。

 

 さすがに聖者に化けるのは消耗が激しく、危うく墜落しそうになったが――その成果はあったようだ。


「――すごいよお姉さん!!」

 俺は明るく声を上げた。


「……す、すごい……? ……こんなダメダメコミュ障神官のいったいなにがすごいというの……私は愛する神に叱られたのよ……」


「神様がお姉さんを叱るのは愛してるからだよ! 先生だってどうでもいい生徒には叱らないじゃん! ミリアさんすごいよ!」

 俺はミリアの手を握った。

「ねえ、もう一回頑張ってみようよ。布教の仕方を叱られたんならちょっとずつ変えればいいじゃない。僕も一緒に頑張るから!」


 ね、とミリアに笑いかけると、彼女は強く手を握りかえしてきた


「……あぁ……子羊さんたら、あなたはなんて素敵な子なの……こんな小さな子供に教えられるなんて、私自分が恥ずかしい……そうね、なにも終わってなんていなかった。むしろこれは始まりよ」

 ミリアは身を起こし、俺を強く抱いた。

「私……やってみるわ……! 子羊さん、どうかしばらく私と一緒にいてちょうだい……弱い私を支えてくれる……?」


「うん!」


 俺はミリアの胸に顔を埋めてその弾力を楽しみながら、くふふと笑う。


 ミリアは父親の生き方を模倣していた。


 苛烈なる信仰の道――誰に言われてもその生き方を変えようとはせず、どころか他人にまでそれを強要しようとして、一人ぼっちになった。


 ミリアは確信していた――これこそが正しい生き方だと。

 

 誰の声も耳には入らなかった。


 だが、さすがに聖者に叱責されれば、変わらざるを得ない。


 ミリアを揺さぶるためには、聖者の姿が必要だったのだ。


 ――ここからだ


 ミリアに、新たな人生を提示する。


 ミリアを変え、普通の女の子にしてみせる。


 そしてその果てに、俺はミリアとやるのだ。


「私、この教会を必ず信徒でいっぱいにしてみせる!」


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