魔導書屋の少女は英雄との恋に憧れているようです 12

 泉のほとりで眠るルビィは夢を見ていた。


 夢の中で、彼女は物言わぬお人形になっていた。

 持ち主は、大英雄ユータロウ。


 ユータロウは他にいくつも、ルビィと同じようなお人形を持っていた。

 

 かわいくってきらびやか。

 だけど自分の意志をもてない人の形をした玩具おもちゃ


 ユータロウはいくつもいくつも、お人形をため込んでいく。

 冒険を一つクリアするたびお人形は増えていく。


 お人形はショーケースの中に飾られていた。

 

 他の人には触らせない。

 楽しめるのは自分だけ。

 ――ユータロウだけの宝物


 お人形でありさえすれば、絶対の安心が保証されている。

 ユータロウはお人形をずっと大事にしてくれる。


 唯一無二にはなれないけれど、その他大勢のお人形たちと一緒に、ずっとずぅっと守ってもらえる。


 所有されていることに、疑問を抱いていないわけじゃない。


 だけど今さら自分の意志で歩くなど。


”それではだめだ”


 声が聞こえる。


”君は一人の人間だ”


 ルビィのあり方を否定する声。

 耳をふさぎたいけれど、お人形のルビィには手を動かすことすらできない。


 必死に、聞こえないふりをした。

 だって今さら人間には戻れない。


 人間だった頃、ルビィはずっと失敗してきた。

 友人を助けられなかった。

 両親を失った。 

 余計なことをしたから――


 だからこのままでいい

 このままで、ずっと、ずっと――


 本当に?

 本当に、それでいいのだろうか?

 いいはずだ、それが最善だ。


 ”話せ動け人と関われ” 


 声はしつこくルビィを叱咤しったする。

 うるさい、うるさい。

 早くあっちへ行って。

 惑わせないで――!


 その時、ルビィの足下に何かがポンと放られた。


 紙の束、そしてペン。



”――書け!!”


『あ……』


 喉の奥から声が漏れた。

 お人形に、そんな機能はないはずなのに。


 そしてルビィは――



**


 夢の終わりと同時に、ルビィはハッと目を覚ました。

 

 目を開けると同時に飛び込んでくる、星々の光。


 ここはどこだろうと一瞬混乱しかけて、そうだ旅の途中なんだっけ、とすぐに思い出した。


 女エルフのシュカと一緒に、ルビィは今『セフォル』を目指しているのだ。


「シュカさん?」

 

 隣で寝ていたはずのシュカの姿がない。

 泉のほとりにはルビィがたったの一人。


 心細さにルビィはあたりを見回す――と、その時。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ものものしい絶叫が響きわたった。


「シュカさん……!?」


 ルビィは急いで声の方へと駆けた。


「え…………」

 

 そこにはシュカの姿があった。


 シュカは一人ではなかった。


 オークがいる。

 

 醜いオークが、シュカを持ち上げていた。


「ルビィさん逃げろ!! はぐれオークだ……!」

 シュカはルビィに逃げろと叫ぶ。


 オークは、そんなシュカを乱暴に地面に叩きつけた。


「かはぁっ……!!」

 シュカはうめくような声をあげた。


 だけどシュカはすぐに立ち上がった。

 ルビィを逃がす時間をつくろうとしているのだろう、タックルするようにオークの腰のあたりに抱きついた。


「早く逃げろルビィさん!!」


 シュカは血にまみれており、すでに満身創痍だ。

 このままではきっと、殺されてしまう。


「あ…………ぁ」

 ルビィは硬直していた。


 3年前のことを思い出す。


 オークから友人親子を助けようと路地から飛び出した。

 

 だけどなにもできなかった。


 友人は無惨に殺され、自分の両親も。


 なにもしなければよかった。

 なにもしない方がうまくいく――。


 だから、今も。

 なにもしなければいい。


 自分がなにかしたって結局――


「…………ぁ」


 脳裏に、ここ数日間の記憶がよぎる。


 自分の意志でペンを持った。

 自分の意志で物語をつづった。


 何度もダメだしされた。

 それでも喰らいついた。


 辛かったけど、代え難い幸福を感じていた。

 お人形だった頃には決して味わえなかった。


「…………っ!」


 今動かなければ、あの幸福とは生涯二度と出会えることはないだろう。

 

 動け動け動け動け動け――!


 五体に意志を巡らせる。

 

 灼熱の意志が、凍りついた体を溶かす。


「シュカさん、もう少しだけそのまま耐えていて下さい!」

 ルビィは右手を地面につけながら叫んだ。

 

 陣を描き、呪文を唱える。


 ルビィの両目が真っ赤に染まる。

 真紅に変わる。


「シュカさん、離れて……!」

 そうしてルビィはその魔法を発動した。


 魔導書グリモア屋の一子相伝。 


『真紅の業火』


「がぁぁぁぁぁあ……――!!」 

 オークが絶叫をあげながらもだえる。

 醜い体が、紅い炎になぶられる。


 数秒後、オークがいた場所には消し炭しか残っていなかった。


 久方ぶりの魔法の発動に、ルビィは消耗していた。


 めまいがして、ふらりと――


「おっと」

 シュカが、ルビィの体を抱き留めてくれた。


 シュカは誇らしげにルビィに笑いかける。


「ありがとう。ルビィさんが助けてくれなきゃ、ボクは今頃オークのなぐさみものだったよ。最高にかっこよかったよ!」


「い……いえ……シュカさんがわたしを変えてくれたんです」


「ううん、ボクはほんのちょっとの手助けをしただけだ。その意志も、その力も、全部君が自分でつかみ取ったんだ」

 ルビィさん、とシュカは言う。

「――君は立派な主人公だよ」


「――――」


 その瞬間、ルビィは不思議な感覚を抱いた。


 体を締め付けていた鎖が消え去ったかのような――。



 ルビィはふと思う。


 ――なんだか今は、おもしろい小説が書けそう



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