魔導書屋の少女は英雄との恋に憧れているようです 7
「で、でで……できまし、た……」
ルビィはそう言って、おずおずと女エルフに化けた俺に原稿の束を差し出してくる。
「おいおいもう完成したのかい? ずいぶんと速筆なんだな君は! 続編を依頼してからまだ3日だよ」
紙は少なく見積もっても100枚以上が重なっている。
手書きでこれだけの量を書きあげるのはかなり骨が折れただろうに。
「書……書くの、好き、なの……で。シュカさんに、早く……読んで欲しかった、し……」
「ふうん。好きこそもののなんとやらってのは本当だね。――では玉稿拝読」
俺は宿のベッドに座り、編集者気分でルビィの夢小説の続編を読む。
ぺらりぺらりとページをめくる俺を、ルビィは緊張のおも持ちで見つめてくる。
ちなみに、俺は読むスピードが速い。
前の世界ではそこそこの読書家だったし、就活中は出版社も何社か受けた。
まあ、結局は親と同じく役所に勤めることになったのだが――しかし今更になってこんな編集みたいな立場になるとは思わなかった。
「読み終わったよ」
俺はトントン、と原稿の端をそろえる。
「よくできているね」
「ほ、……本当、です、か……!」
「ああ。文章のリズムがいい、展開にも無理がない、素人が書いたとは思えないよ。だがね」
俺は嘆息し、続けた
「――絶望的なまでに、退屈だ」
「え……」
「破綻はない。欠点は探し出す方が難しいくらいだ。だがね、なにも、何一つ魅力がない。君のきらめきがこの小説の中にはどこにもないんだ」
ルビィが最初に書いたユータロウとの夢小説には、激しいエネルギーを感じさせてくれた。
別に、ストーリーは大したものではなかった。
内気な少女が英雄じみた少年に見いだされ、交流を重ねるうちに心を開き、最後は激しく愛し合う、というありふれたもの。
だけどそこには、読者を発火させるような熱があった。
あれを読んだリューが激しく身もだえていたのがその証拠だ。
だが、この新作にはその熱がない。
「前作で結ばれた相手とのささやかな日常を描く――って君、続編をなめているのか? もっと盛り上げろ、読者に媚びろ! 退屈だよ、あまりにも退屈すぎる! 美しい描写を描けば展開の手抜きが誤魔化せると思うなよ」
俺は原稿をルビィの足元に放った。
「没だ」
「う……うぅ……う、ひどい……そんな風に、……言わなくても…………」
ルビィは酷評に泣き出してしまう。
ぷるぷると震える体にあわせて彼女の爆乳も小刻みに振動しており……欲情してしまいそうになった。
女に化けていても、性欲は消えないものらしい。
「おいおいこれくらいで泣くのかい? 呆れたな、創作に携わるものとしてそのメンタルの弱さは致命的だね――どうする、やめるか? ボクはそれでもかまわないぞ」
挑発するようにそういうと、ルビィはぐっと唇をかんで泣き止んだ。
「……う、ぐぅ……やめ、ません……!」
**
「彼氏をとりあうライバルキャラの登場、か。新キャラを入れるってのは悪かないけどさ、このライバルの子、当て馬臭がプンプンするね。嫉妬とすれ違いと勘違いで彼氏と喧嘩するけど結局はハッピーエンドなんだろ? みえみえだね――没」
**
「おいおいおーい、なんだいこりゃあ。展開を派手にしろとはいったけど、彼氏を病気にするなんてのは安易すぎるな。ははっ、やっすい話だ。――没」
**
「彼氏と一緒にお店を開始、ライバル店と競い合う、ね。君さあ、商売なめてる? ディティールが全然なんだよね。お仕事小説はそのへんが命なんだけど――没」
**
ルビィは何度も何度も書き直した続編を持ってはきたが、それはどれもつまらなかった。
初期衝動で書き上げた第一巻目はビギナーズラックにも近いきらめきがあった。
だが、そういうのは長くは続かない。
勢いはいつか必ず止まる。
勢いを失った後に創作者を支えてくれるのは自分の地力だ。
先天的な才能と、後天的な努力――読書経験、執筆経験、そして人生経験。
体に宿るすべての力を総動員しなくては、続編に初期の頃の熱を込めることはできないのだ――。
……編集者気分で熱く語ってしまった。
「いやーしかし、君ってやつは成長しないね。紙を無駄にするのが趣味なのかい? 変わった趣味だね。貴重な資源に謝りな。ほらごめんさいって言ってみろ、言いなって。いっちに、さんっ、はい!」
宿のデスクにつみあがった没原稿に肘を置き、俺は今日もルビィに厳しい言葉を浴びせる。
「……わた、わたし、だって…………が、頑張ってる、のに……シュカさん、そうやって、ひどいこと、ばっかり……」
「頑張ってるぅ? だからなんだ。創作者が過程の努力なんて評価してもらえると思うな。求めてるのは光り輝くような成果物だよ。それ以外は知らないね」
「う、うぅ……でも、……もぉ、どうすれば、……シュカさん、没って言う以外、……わたしに、なにもしてくれないし……」
「いやいやなにを言っているんだ。ボクは出資者だ、金を出しているじゃないか。それ以外君に何もしてやる義務はないね――と、いうのはさすがに酷すぎるか」
俺はルビィに歩みよった。
彼女の顎をそっとつかみ、顔を上げさせる。
「え……あ、あの……シュカ、さん……?」
「君がつまらない小説しか書けない理由は二つだ。まず一つ目――世界を見ていないからだ」
俺はルビィの長い前髪をかきわけた。
普段は隠されている、かわいらしい二重瞼の目がのぞく。
「家の中に引きこもって自分を隠し、前髪の下に顔を隠して自分を守る。殻の中で想像力だけを巡らせる。だからだめなんだ」
「だって、……わたし、外に出ても、友達とか、いないし……」
「ふうん、そうやって君は自分で自分のことをいつまでも閉じ込めておくんだね」
いいか、と俺はルビィと目を合わせる。
「この世界には、どこにも鍵はかかっていない。行こうと思えばどこにでもいける。見たいという意志、会いたいという願い。それさえあればね」
俺はルビィの手を取った。
「……シュカ、さん…………?」
「街に出るぞ。まずはそこからだ」
俺はルビィを外に連れ出す。
新たな世界への出立を始めるのだ。
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