第3話 少年クリフ



 広大な敷地を誇る大神殿の一角に、司祭や修道女の宿舎がある。

 故郷が遠く離れた場所にある者、または信仰や法力を追求したい者が、その宿舎で暮らしていた。


 しかし、同じ道を目指す者同士ではあるものの、必ずしも思想や性格が合う訳では決して無い。



「おいクリフ、まだ掃除終わってないのかよ」

「…ご、ごめん。ちょっとゴードン司祭に呼び出されていて…」

「あぁ? また何かやらかしたのかよ!? …本当に何をやらせてもダメな奴だな、お前は」



 大聖堂や宿舎の清掃は当番制であったが、クリフは毎日の様に同僚から清掃を押し付けられていた。



「剣術もダメで法力も無し、失敗ばかりで司祭に呼び出される、まるでいい所無しじゃねえか?」

「父親が偉大過ぎると、子供は無能ってケースだな」



 クリフは目の前の同僚2人に罵詈雑言を浴びせられるが、下を向いて何も言い返せないでいた。



「…おい聞いてるのかよクリフ?」

「何か言い返してみろよ。あぁ!?」


 同僚の1人はクリフの胸倉を掴み、もう1人は彼の頭を宿舎の壁にグリグリと押し付けた。



「──そこの2人、やめなさいっ!」


 クリフの胸倉を掴んでいた男の顔スレスレに、木刀の凄まじい太刀が飛んで来た。

 青褪めた男が太刀が飛んで来た方向を見ると、鬼の形相をしたルリアの姿があった。



「…き、貴様、危ないじゃないか!神聖なる司祭の宿舎で暴力か!?」

「聞いて呆れるわね。あんた達のそれは暴力じゃないのかしら?」



 睨みをきかせるルリアに対し、1人の司祭見習い何かを思い出したように口を半開きにさせた。



「…ひょっとしてお前が、聖騎士候補生の女主席か?」

「あら、よくご存じなのね」

「おい、ちょっと待てお前ら、聖騎士候補生の首席はこの天才アレス様だぞ? 勘違いしてねぇか?」



 アレスは親指を自分に向けて自慢気にアピールするが、男2人はそんなアレスは視界に入らず、鬼の形相のルリアに恐怖している。



「いるのよね。あんたらみたいに、弱い立場の人間にだけ強いタイプって」

「…な、なんだと貴様、口を慎め!」

「まぁまぁ、みんな落ち着けって…」



 また口論が続きそうになり、見かねたアレスが両者をなだめようとした。しかし誰もアレスの言葉は耳に入らなかった。




──すると突然、宿舎の談話室の扉が開き、中からただならぬ雰囲気を持った、中年の男が姿を現した。


 

 その男の髪はどす黒く、肩に付くほどに伸びきっている。前髪も無駄に長くその隙間から見える顔色はやや青白い。

 そして右手には長年使い込まれたであろう木製の長杖が握られていた。


 大神殿に仕える司祭ゴードン。

 その不気味な怪しい風貌からは、司祭というより「黒魔術士」というイメージがぴったりだった。



「小僧ども、騒々しいぞ」

「す、すみません、ゴードン司祭。実はクリフの奴が、最近掃除を怠けていまして…」

 


 司祭ゴードンは、クリフの顔を見ると大きな溜息をついた。


「…クリフよ。お前には司祭の才能は皆無であり、この神殿に仕えるのは全くの無意味。早急に出ていけ」



 司祭ゴードンは、司祭見習いに至高神や法力の使い方を教え導く立場の人間である。そんな人間からの言葉にクリフは愕然とし、その場から逃げるように走り出してしまった。



「…おいクリフ、待てよ!」


 アレスもすぐに走り出し、幼馴染みの親友を追いかけた。

 一方ルリアは再び鬼の形相に戻り、何を思ったのか持っていた木刀を大きく振りかぶると、司祭ゴードンの尻に思いっきりそれを打ち付けたのだった。



「…ぐあぁーっ!!この小娘、何をする!」

「ゴ、ゴードン司祭! 大丈夫でありますか!?」

「衛兵! 誰かおらぬか!その小娘を捕まえよ!」



 宿舎にいた衛兵である聖騎士達が姿を現すと、流石のルリアも焦り出し疾風のごとくその場を走り去っていったのだった。



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