第2話 百足山 秋五 Ⅰ

 204256……204256……


 秋五しゅうごは数十個の数字が書かれた掲示板を、鬼気迫る様子で見つめていた。そしてそのピンと張った糸が突として何者かに切られたかのように、目から生気が失われる。周りにいた人達はそんなことに構いもせず、掲示板の釘付けになっていたり、抱き合ったりしていた。


 秋五の見るその掲示板は、異様に胸を張り、構えていた。そこには番号のない人間を徹底的に蔑むかのような無慈悲さが感じられた。

 

 秋五は大学試験に落ちた。

 

 家庭の経済的な理由で、私立大学は受験していない。そして、なるべく考えたくはなかったが、後期試験も受ける必要が出てきた。


 だから、なんなのだ。申し込んだからと言って、必ずしも受けに行く必要は無い。それに、受かったとしても、そんな大学に行きたいとは到底思えないんだ。


 それが秋五の思いだった。それは、大学と夢に嫌われた秋五の心の中で堅いものになり、頭の中に居座っていた。


 そして、秋五のプライドが、後期試験の会場に行くことさえも許さないようになっていく。実際にテストを受けずに合格するという奇妙奇天烈なことが起こったとしても、通学手続きはしないと決めた。


 動かない。


 思い返せば、後期出願をしたのは、母親に「後期も受けろ!」と強く言われて秋五が折れたからだった。「ちゃんと受験したけど落ちた」とでも言っておけばいいと思っていた。


 自分の気持ちを尊重すること、そして親の感情を撫でること。この条件を満たすためには、「会場に行った風に装い、テストを受けない」。秋五はこれしか思い浮かばなかった。


 そして実際秋五は、後期試験当日、その周辺にある小洒落たカフェで小説を読んでいた。

 

 秋五は、不合格の覚悟はしていた。青春時代の貴重な時間をどれほど勉学に当てても、模試成績の判定はDのままであった。D判定の中でも、秋五の判定はもっとCに嫌われているような位置にあった。


 秋五は、模試成績がDであっても本番に覚醒して合格してしまうような例を学校の先生達から散々聞かされてきた。だから、先生達を信じて第一志望を貫いたわけだ。秋五にとって初めての「逆転合格」という文字が、たいした印が押されていない人生にしっかりと刻み込まれるはずだった。


 しかしそれは、儚く散った過去の夢となった。大体、受験番号が発行されたときから嫌な気はしていたのだ。


 204256

 

 シニゴロ……

 

 覚悟は出来ていたといっても、やはり実際に不合格という現実に足の裏をつけてしまうと、こみ上げてくるものがある。


 しばらく経った後、秋五は家族に連絡を入れた。そのときは既に、手の震えは止まっていた。

 

 ―――落ちました。ごめんなさい。

 

 それでもそっとポケットにスマホをしまうと、そのままトイレの個室に入り、秋五は自分しか知らない涙を流した。「逆転合格」が刻まれる為の空白は、「悔し涙」で埋められた。そして、それを嘲笑うかのごとく、ティロン、と軽快にスマホが鳴った。

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