断たれた繋がりとその糸先

「この駅前の人通りが少ない所はここに書いたので全部だ」

「……なんでこんなこと知ってるの?」

「駅前常連だからな、俺」


「この駅にはなさそうだな、次は家からの最寄駅か」

「ついてくるの……?」

「当たり前だろ、これ返してやんねーぞ」


「……学校と家、どちらの最寄駅周辺も探してみたけどなかったわね」

「じゃあ明日はアンタの家周辺だな、あとこれ」

 そう言って乱暴に差し出されたのは日記帳。

「……あ、ありがとう」

「集合場所は連絡するから。じゃあ俺帰るわ」

 そう言って鋼条は学校の最寄駅から家の最寄駅の方面とは逆方面のホームに入った。どうしてわざわざここまで来たのだろう。



 とりあえず、今日のことをレオンに報告しよう。と言っても、学校と駅周辺にはなかったということしか伝えることは無いのだが。

『こんばんは、学校と駅周辺にはなかったよ』

 八時を結構過ぎてしまったが、レオンはまだ書き込んでいなかった。きっとレオンも探しているのだろう。そう思い放置していても返事が返ってくることはない。何かあったのだろうかと不安になりながらも眠ることにした。


 翌朝、レオンからの返事は日記帳に飛び散った赤黒い液体以外が返ってくることはなかった。




「早いな」

「地元なので。裏道くらいマスターしてるのよ」

 鋼条に五分で来いとカフェの場所を送り付けられ急いで家を出るはめになった。

「十分位かかると思ったんだがな。……何があった? いつにも増して暗いぞ」

 何か。日記帳のことだろうか。今晩、結局レオンが書き込むことはなかった。赤黒い液体が飛び散っていたが、まさか血だったりしないだろうか。

「話したくないなら別に話さなくていい。興味もないしな」

 最後の一言は余計だと思いつつも、それがなんだか嬉しかった。

「さて、俺からひとつ話がある」

 関わりの薄い私でも真剣な話だと分かるほど硬い表情で私だけを見据える鋼条に思わず気圧されてしまう。

「まず、俺はこの世界の住民ではない。お前もよく知る世界の住民だ」

 突然の衝撃発言に思わず固まる。お前もよく知る世界の住民、つまり。

「そう、お前の友人レオン・リッターやその兄アデル・リッターのいる世界の住民だ。五年前に勇者の帰還に巻き込まれてこの世界に来た」

 勇者の帰還に巻き込まれて。私たちの仮説が正しければ、勇者は。

「分かってるだろうが勇者はお前の兄。あいつらが会ってくれれば俺もすぐに帰れたんだがな……俺は魔法の扉の場所を知らないんだよ」

「だから私に協力して見つけようとしてる、と?」

「その通り。因みにお前の部屋に何度かいた茶トラ猫は俺だ。俺は猫の獣人なんでね」

「それで会話を堂々と見てたってわけね、最悪」

「で、ひとつお前に頼みがある。お前の兄を呼んで捜索と世界の移動に同行させろ。理由は単純、扉の先に何があるか分からないからだ」

「扉の先?」

「あちらの世界には魔法を使う獣やモンスターがうじゃうじゃいる。俺は戦えない、お前はあちらに渡らないと分からないがそんな不確定要素に期待するのはやめた方がいい。そこで勇者だったお前の兄だ」

 成程、そういうことか。でも、私が連絡したところで出てくれるだろうか。最近兄は音通不信なのだ。

「電話番号さえ教えてくれたら俺が何とかする」

「……兄さんの電話番号はこれ。何とかするってどうするの?」

「ちょっと待ってろ、すぐ終わらせる。……もしもし、ケント・ウスライか? ……五年前のツケを払う時が来たぞ。場所はお前の家の近くの喫茶店だ、すぐに来い。ああ、無視すれば妹の命はない。……これですぐ来るだろ」

 ケント・ウスライ。あちらの世界の名前の法則はやはり英語に近いようだ。そして物騒な単語がスラッと耳に入ってきたが気の所為だろうか。

「勝手に私を人質にしないでほしいんですけど」

「これが一番手っ取り早いから仕方ない。紅茶と珈琲どっちがいい? 奢ってやるよ」

「珈琲。……そういえば、貴方口調大分変わったわね」

「まあな。こっちの方が硬派な感じでいいだろ?」

「……まあ、私は今の方が好みよ。貴方に想いを寄せる人達がどう思うかは別だけどね」

 以前までの鋼条は軟派な感じだったのだが、本人は硬派な方が好みなのだろうか。

「そういえば、鋼条 閃也っていうのは偽名?」

「ああ、俺の名前はフラッシュだ。別に今まで通りでいいぞ」

 フラッシュ。だから閃也か。

「安直だね」

「うるさいな、其の儘使わなかっただけ偉いだろ」

 先程店員が持ってきた珈琲に口をつけると、なんだかいつもより苦い味がした。今の気持ちが味覚に影響しているのだろうか? 軽口を叩きながらもレオンのことが心配でならない。私が可笑しいだけなのだろうか、重いのだろうか。

 そんな暗い不安に心を呑み込まれながら、兄の到着をただ待っている。

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