レベル70

 超越種。

 LWOのなかでNPCとの会話やクエストのみでその存在が確認されているモンスター。その殆どが出現条件不明。モンスターの中でも絶対的な強さを持ち、一定時間たてばリポップするモンスターとは違い、超越種はこの世界で一体ずつしか存在しないと言われている。存在が確認されている数は六体。

 その六体をプレイヤーは畏怖の念を込めて《六王(むおう)》と呼ばれ、発売されて一年、いまだ誰一人として倒したものがいない。

 俺は直接この目で、この体で、体験したが確かにとんでもなく理不尽なまでの強さであることは実感した。

 そしてスレイプニヒルと出会った日から1か月という時間が経とうとしていた。



 

 鬼気迫る、とでも形容したくなるような戦いだった。

 レベル69インスタントダンジョンボスである悪魔種、《ゴルゴラン三世》は二足歩行で肉食獣のような顔に浅黒い肌にはトラのような模様、ねじ曲がった二本の角が頭から生えており、背中には蝙蝠のような羽、下半身は漆黒の体毛に覆われている。体躯は三メートルも満たないがそれは彼が猫背であり、また発達した上半身は近接攻撃が得意なのだと知らしめていた。

 妖しく振りかざす鉤爪を見ている俺の背中すら冷たくなるような彼女はギリギリの間合いで躱す。

 味方DPS一体に対し指定連続攻撃である《ラスティクロウ》。掲示板ではDPS殺しともいえる5回連続で繰り出される鉤爪による連撃を回避に成功すると大きな後隙ができたので、その隙を見逃さず、全員で全力の魔法、そして武器スキルを叩き込む。

 侍である彼女の放った技は侍の武器ウェポンスキルの中でも最初に覚える単発水平切り《辻風》。接近した相手に腰の回転を軸にし放つシンプルな技だが、剣筋が全く見えない。明らかに発動後のシステムによる補助があると言え、あの速度はプレイヤー自身の運動能力による速度がブーストしている。

 他のプレイヤーや敵モンスターが同じ技を使うのを何度も見ている俺の眼でも、武器ウェポンスキル発動特有のライトエフェクトが描く線の軌跡しか捉えることができなかった。

 侍である、キサラギはそのまま《辻風》から《乱れ猪鹿蝶》で終わる、侍の最大攻撃力コンボに順調に繋げていく。

 悪魔種であるゴルゴラン三世の態勢が整うとタンクであるレドブルに再び敵視を取り、真ん中にボス、北にレドブル、南に俺とキサラギ、そしてもう一人のDPSであるシノビのアルファがボスの背中に配置するような構図でレドブルが敵視を取っている間に攻撃を続ける。

 俺はパーティー全体のHP管理をしつつ、ボスについているデバフの一つである継続ダメージの更新をしつつ相手の予備動作を見逃さないように注視する。

 そしてボスの体力が10パーセントを切ったところで遺跡群のフィールドを揺るがす咆哮をあげた。

 どのボスでも共通である、ギミック変更の合図だ。

 中央にいたボスがその巨体を揺らしながらフィールドの端に移動すると両の手を地面において四足歩行になると無数に生えた鋭い牙を見せるように口を開けると緋色のエネルギーが口に収束していく。


「ブレス準備ッ!!!」


 近接型だと思い込んでいた。

 全員の虚を突くような攻撃にすぐさま号令を上げ中央に寄るように俺は指示を出した。

 魔導書を広げて全員に《鼓舞激励》と呼ばれる魔法を発動させ、継続回復と速度上昇のバフを付与。すぐさまレドブルを先頭にフィールドの中心に集まると声を掛け合う。


「ディバインベールの準備OK!」

「おそらく予測線がないから全体強攻撃は間違いないが念のためバリアを多めに張るぞ」

「了解」


 ここはタンクとヒーラーの見せ場だ。

 タンクであるレドブルが半身で中腰に構え、片手直剣を後ろに突きし、盾を前に構えてウェポンスキルを発動させる。


「ディバインベールっ!!」


 発動と同時に自身の後方扇範囲に被ダメージを軽減するシールドを生成し、後方の味方に対しては被ダメージを2割カットするナイトジョブの重要なスキルだ。自身もダメージ軽減が入るためボスの大技にはよく使われるスキルだ。レドブルの背中から蒼い羽のようなエフェクトが出ると大きく後方に伸びていく。

 そして俺もバリアヒーラーとしての役目を全うする。


「土気高揚、フェイイルミーネション、破魔の陣」


 自信を中心に柔らかな緑黄のエフェクトと召喚したフェアリーがパーティー全体を覆うように飛び、その鱗粉が体に触れて薄い粘膜のように黄色の保護膜が体を覆う。そして最後に無数の正六角形で構築されたドーム型のバリアが張られた。

 パーティー全体のバリアと継続回復、被魔法ダメージカット、最後にHP回復とさらにダメージカットのバフのハッピーセットだ。

 最大の準備ができたところでボスの攻撃準備が整い大技を放った。


「ごがあああああっ!!」


 咆哮と共に放たれた光線は雷のエフェクトを纏ってフィールドの中央に放たれると地面に着弾。レドブルの足元より前で真っ白な光が一瞬見えたのちに爆散。轟音がフィールドを揺らし、あたり一面に余波が伝わる。

 ボスが土煙が舞う中心に視線をしばらく向け、息切れをするゴルゴラン三世の不気味な黄色の瞳には動揺が見えていた。


「ふんっ!」


 土煙の中からレドブルが飛び出し、ボスの脚めがけてナイト武器スキル《シールドラッシュ》を発動させた。盾で相手に突進するというシンプルな技だが注意をそらすのには十分な役割だった。

 俺もレドブルに続くように《連環》と呼ばれるアビリティをボスに付与させ、アルファに《秘策》を付与させた時点で声を荒げた。


「エクセプショナルっ!」

「準備オーケーでござる!」


 土煙がはれて見えたのは印を高速で結ぶアルファだった。周囲には幾重にも重なった印の魔方陣が浮かび上がり、最後の印を結び終え、両手を地面に置くと印が大きく展開。


「口寄せの術ッ!白面金毛九尾ッ!!!」


 大きな煙と共に九尾の狐が登場し、顔は白く、金色の毛並みに覆われた幻獣が姿を現し、ボスに向けて口を大きく開けた。


「いけけええええっ!!」


 エネルギが収束し、巨大な火球がボスに放たれた。

 本来なら残り10パーセントの敵を屠れるほどエクセプショナルの威力は出ないが、一定条件化でのみダメージを増加させる方法がある。

 それがアルファに付与した《秘策》。効果は付与した相手の一定時間バフを受け付けない代わりに次の攻撃が必ずクリティカルになるというものとボスに付与させた《連環》は相手の防御力を数秒間10パーセントダウンさせるものだ。

 そしてクリティカル発生時は元の攻撃の倍となる威力となり、そこに防御力が10パーセントダウンした相手の装甲ではこの強力無比なエクセプショナルという必殺技をぶつければ小学生でもわかる通り、耐えれないということだ。


「あばよ、またやろうぜ」

「ごあああああああああああ!!!」


 最後にそう一言告げたのちにボスの巨体を覆いつくさんばかりの特大火球がボスに直撃に爆散。焼き焦げた匂いと共にボスの体は地面に倒れ、ゴルゴラン三世はポリゴンの欠片となって霧散した。

 経験値が一定の数値を達し、レベルアップの音が鳴りひびく。視界の端にはドロップ品とギルがアイテムボックスに入っていく。ようやく、レベルの上限に達したことに大きく息を吐いて、空を仰いだ。

 

「やったああああ討伐完了でござる!」 

「ふう……つかれたな」

「……」


 フィールドの中央に集まるパーティメンバーに近寄る。

 エクセプショナルを撃ててテンションが高いアルファに疲れた様子のレドブル。キサラギは刀を鞘に納め深呼吸をし、どこか不満げな態度で腕を組んでいた。


「おつかれ~まあ余裕だったな」


 そう言って声をかけるとアルファ興奮気味で、

 

「やっぱり拙者のエクセプショナルは最高でござるな!派手なエフェクトがたまらんでござる!」

「あーはいはい、そうですね。狐かわいいー」

 

 適当に話を流して対処する。彼女の名前はアルファ。

 やせ型、いや小柄か。装備はシノビをモチーフとした和風なイメージである。俗にいう忍び装束とは程遠いがアニメのような少し肌の露出が多いものとなっている。頭巾ではなく狐のお面にショートパッツンの黒髪、鎖帷子のような上半身に手甲は簡素なもので、袴はやや下に向かって広がっており膝のあたりでキュッと閉じている。二対の小刀はそれぞれ、シンプルなデザインとなっているが如何せんシノビのくせに白とピンクといった派手な色合いがこのアルファのロールプレイスタイルだ。

『シノビなのに忍ばないのが拙者のスタイルでござるっ!』とあった日のことを思い出す。

 またMMORPG特有の顔面偏差値の高さは健在で、お目目パッチリの小ぶりだが鼻筋も通った顔に発色の良い唇は元気いっぱい少女といった印象である。

 そんなアルファであるが戦闘面でのプレイヤースキルは高く、このゲーム内において接近戦ではこいつと肩を並べられるのは手で数えるほどしかいない。


「エクセプショナル撃ちたかった」

「あーその……侍のエクセプショナルは特殊だからさ、ほらまた今度お願いしたいな!ね!キサラギさん!」


 少し拗ねた様子でぼそりとつぶやくキサラギに慰めのフォローを急いで入れた。

 彼女の名前はキサラギ。LWO内では知らぬ者はほとんどいないであろう有名人である。

 職業は侍、体躯は俺と同じくらいの170センチ前後だが服装はファンタジー感あふれるこのゲームとは少しかけ離れた近未来的な格好をしており、上半身はぴっちりとした機械的な体に、顔はバイザーで目は隠れており、長めの髪に白髪のポニーテル。細いリボンで結ばれ、腰携えた漆黒の刀。控えめな柄の入った袴から見える機械じみたヒールはどこか近未来を感じさせる。全体的に黒と白で統一されており、ワンポイントの赤色である腰の帯が目立っていた。

 有名人でもある彼女はこのゲーム内においてのPVPと呼ばれる対人戦において発売されて一年間、数多のプレイヤーの頂点に君臨する最強プレイヤーだ。またアルファと接近戦で肩を並べられる数少ない人物でもある。

 元々PVPは血の気の多い奴らや、ガチ勢などが跋扈する中で成績を収めているため、当然,剣技のほうも半端ではなく、彼女につけられた《剣聖》という異名は伊達じゃない。

 本当になんでうちのパーティーに来てくれたのが不思議なくらいだ。装備もPVP報酬でゲットしたモノらしいが俺には正直扱いに困っている。機嫌を損なわれないよう細心の注意を払っている。


「ところでどうだ。レベルは上がったのか」

「ああ、ようやくレベルが70になったよ」

「おお、やっとか。お疲れさん」


 レドブルがこちらにやってきてハイタッチを求めていたので手を上げ、軽くたたく。


「全員が付き合ってくれたおかげだ。1人だったらもっと時間がかかっていた」

「友達少ないもんなお前」

「うるせえ」


 からかうレドブルの小腹を小突き、先ほどレベルアップ時に出てきた見慣れぬ通知を無視し、そのまま全員でインスタントダンジョンの出口が光り輝いており、魔力の本流に身を任せると最初に入ってきた暗い森に戻ってきた。

 天気は晴れと地図を広げた際に出てはいるが森は暗く、夕暮れ時なのではないかと疑ってしまう。うっそうと生い茂るくらい森を貫いて一本の小路が伸びており地図ではヴィークル不可となっている。

 ヴィークルとはLWOにおいての移動手段の一つであり、陸路で移動する際は必ずと言っても使う便利アイテムだ。それが使えないためここにはあまり来たくなかったが68から70までのレベリングはここが最高経験値効率のため来るしかなかった。


「うう……ここ薄暗くて嫌でござる…」

「うるさい。黙って歩けエセ忍者」

「ちょ?!なんで拙者の時だけそんな冷たいでござるか!?トウジ殿の時は甘えているくせになんすかその態度!!」

「ばっ!!なな、な何言ってるんだお前は!」

「動揺しすぎでござる~このヘタレ侍~」

「このっ……!死に晒せええええっ!!!!」


 何やら後方が騒がしいが無視しておこう。

 

「なあ、あれ……」

「いや俺は何も聞こえない」

「あっはい」


 レドブルも恐らく止めなくていいのかと言いかけたが俺の言葉にすべてを察したのかすぐに押しとどまった。

 和気藹々?としながら俺たちは小路を歩き続ける。

 現在、俺たちは一つの目的をもってパーティ―を組んでいる。《六王》と呼ばれる超越種の一角である《スレイプニヒル》の討伐だ。

 といっても俺とレドブルは討伐をしたいだけだがキサラギさんは……なんで協力的か知らないが初めて会った時から協力的で何を考えてるかわからないが協力してくれるのであればその好意に乗っかるだけだね!。

 ちなみにアルファは本職である情報屋としてスレイプニヒルの情報を独占したがためである。超越種の情報はゲーム内通貨においてとんでもない価値があり、発生条件も含めてすべてが不明なクエストのためゲーム内通貨で億を超えるため金稼ぎが目的のアルファにとってまたとないチャンスであるため唯一超越種に繋がるクエスト、《ユニーククエスト》を持っているトウジに近づいてきたのが理由である。

 

「そういえばトウジ殿」

「どうしたエセ忍者」

「エセじゃないでござる!というか今から拠点に帰るなら拙者はこの森抜けたら一旦、拙者の拠点に帰って準備してくるでござる」


 エセ忍者ことアルファが申告。特に支障はないため了承し、そのまま歩き続ける。


「別にいいけどよ、帰ってなにすんだ?取引先……ああ、なるほど」

「そうそう今日はやっとあの商談があるでござる。内容はあとで教えるでござるねレドブル氏」

「ああ、頼む。あとで最終確認して俺もその内容の動画出す予定だから終わったら連絡してくれ」

「へへへっ……レドブル氏も悪ですのお」

「いやいやアルファ殿には負けますよ」

「「うへへへへへ」」


 こいつら最初あったときはくそ仲が悪かったのにいつの間にか仲良くなって今では二人そろって悪趣味な面で会話をしている。簡単にまとめると超越種の発生条件である内容をアルファが売ったのちにレドブルがそれを動画として本当に出てくるのかという検証動画を出すといった流れだ。

 情報提供者としてアルファは儲けるし、レドブルもは配信者として動画の再生数ともに登録者が増えるためお互いWINWINの関係であるため、しばらくはこの関係は続くそうだ。俺はただあいつを倒したいためどうでもいいが儲け話に足を掬われて失敗するのだけは勘弁してほしい。

 気づけば森の出口にたっており、目の前には草原から駆け抜けてきた風に思わず手を顔の前に出して覆う。


「では一旦拙者はこれで」


 アルファはアイテムボックスから取り出したのは長方形の手紙だ。ファンタジーでは珍しい形の瞬間転移アイテムとなっている。

 それを空中に掲げてアルファは叫んだ。


「転移。ティターン」


 吸い込まれるような音と共に、手の中にあった紙が空中に舞い、はかなく消えると同時にアルファの体は青黒い光に包まれて、周囲の背景に溶け込むように消滅していった。

 アルファが目の前で消えたを確認するとレドブルが一瞬、にやけたような表情が見え、

 

「それじゃオレは一旦ログアウトするからじゃあな」

「え、ちょま……」

「70になったんだからキサラギさんに装備更新でも手伝ってもらいな。んじゃまたな」

 

 トウジの目の前でレドブルもログアウトし、残された俺とキサラギさんだけが場に残り、周囲は小鳥のさえずりしか聞こえなくなった。

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