第二話

 急速な技術発展により、人類は完全な仮想空間を確立し、ゲーム市場はフルダイブ型VRゲームが主流となっていた。

 フルダイブとはその名の通り前時代のコントローラーやモーションセンサーなどといったインターフェイスが必要とせず、仮想の五感情報を与えられ、脳から体に向けて出力される命令を遮断、回収し、現実ではまるで眠っているかのように仮想空間でゲームを楽しむことができるのだ。

 そしてそのゲームハードとして最も売れたのが『トリガー』と呼ばれるヘルメット型のVR機器だ。

 頭をすっぽり覆うように設計された流線的なフォルムにカスタマイズ可能なパーツも取り揃えた先進的デザインも相まって国内問わず、全世界で爆発的に売れ、このトリガーを基準に今のVRゲームは発売されている。

 全方位スクリーンなどものともしない、リアリティは多くのゲームマニアを熱狂させ社会化現象が起きるほどだった。

 南雲藤二なぐもとうじもそのVRの世界に魅了された人物の一人で、トリガーと一緒に買った単純なレーシングゲームの世界に飽きることなく潜り続けた。ある日、家族に無理やり掘り起こされたときにはすでに、外の景色は真っ暗になっており驚いたものだ。

 大学の進学と共に親元を離れ、従兄弟が経営するマンションにお世話になっており、自由気ままな大学生活ではなく、ゲーム生活が始まったのだった。

 講義がないときは一日中ゲーム。あってもすぐに帰ってきてゲーム。酷いときは講義から帰ってきた夕方から起動して次の日の講義の時間ギリギリまでやるという廃人ぷっりにはゲームで知り合った友人もドン引きするレベルだった。

 もちろんゲームをする時間が多くなればやるゲームも増えるわけだがそこで知り合ったネッ友に誘われて神ゲーとも呼ばれるロストワールド・オンラインを購入し、レクチャーされていた。

 

「うごぉ!?」


 都市国家ティターンに隣接するルンヤ平原。慣れない詠唱ジョブのせいで巨体の割には意外と俊敏なワイルドボアと呼ばれるイノシシと酷似したモンスターの強烈な突進を喰らって吹き飛ばされるプレイヤーを見て、レクチャーしていた人物は思わず腹を抱えて笑っていた。


「はははっ!おいおい、大丈夫かよ?やっぱり詠唱ジョブより近接DPSのほうが向いてるんじゃないか?トウジ」

「っててて……いやたまには趣向を凝らして慣れない職業をやってみるもんさ、レドブル」


 よっこらせと、おっさん臭い掛け声で起き上がると目の前に再び突進準備をするワイルドボアを見据えながら武器の魔導書を広げる。

 

「いや〜、どのゲームでもアタッカーで派手に暴れていたトウジ君がヒーラーとはねえ……頭でも打ったのか?」


 毒を吐くこのイケメンはレドブル。白銀のフルプレートアーマーに身を包んでおり、俺のような簡素な皮鎧で身を包んだ初心者とは違うのだと一目でわかる。

 見た目にもこだわっており、プラチナブロンドのセンターパートに丹青の整った顔、長身ながらも細く引き締まった体という女性の理想が詰まったかのようなアバターはどのゲームでも共通で、俺のような黒髪平凡な初期アバターでプレイする輩と比べるとアバターへの愛は天と地ほどの差だ。

 ちなみに出会ったのは1年半前で、配信者でもあるレドブルが格ゲーの対戦配信中に俺が乱入し、天狗になったレドブルを完膚なきまでに叩きのめしたところから繋がりが始まる。

 何回か対戦を続けるうちに打ち解け、今では友として一緒にゲームをやる仲になった。

 そして現在、他ゲームではスライムと同レベルの相手に苦戦をして子馬鹿されている。

 

「スキルの発動条件はさっきも言った通り、思考補助による感覚だ。従来のVRゲームのようなモーションを起こしてシステムが自動的に発動するものとは違うんだ。お前のイメージしたものが現実になるんだ」


 言うは易く行うは難し。まさにその通りで従来のVRゲームに搭載されていたモーションを固定してシステムがそれを感知し、スキルを発動する方法とは全く違うシステムを採用したこのゲームは、俺にとっては初めて体験だった。

 そして慣れないジョブなことも相まってレベル1の雑魚モンスターに苦戦していたのだ。


「イメージ......イメージ......」


 呪文のように繰り返し呟くと、魔導書を胸のあたりに持ち上げ、本に右手をかざして、ワイルドボアに標準を合わせる。

 俺のHPは不発被弾などを繰り返したせいか半分ほど減っていた。別に死んでも近くのティターンにリスポーンするだけだが、もう一度この場所にやってくるまでの労力が勿体ない。

 さっさと戦闘システムのコツを掴んでこの世界を楽しみたいのだ。


「固くなるな、何事もリラックスだ。お前の持ってるスキルをただ思えばシステムがそれに応えてくれる」 


 設定されたボイスもねっとりとしたイケボで思わず笑いそうになるが笑いを堪え、 すぅーふぅーと深呼吸した。足を肩幅まで開き、敵を見据え、攻撃の意志を示す。

 すると今度は魔導書が暖かいオレンジ色に輝き、すぐさま詠唱を唱えた。


「......ッ!ストーン!」


 十分な声量とともに、今までと打って変わって自身の真正面にバスケットボールサイズの石の塊が形成され射出。淡い黄色のオーラを纏い、こちらに突進していたワイルドボアの眉間に吸い込まれた学者初期魔法の《ストーン》が鈍い音をたて、こちらも半分だったワイルドボアのHPを吹き飛ばした。

 甲高い断末魔と共にポリゴンの欠片となってワイルドボアは砕け散った。


「おお......こんな感じか」


 初陣を終えた俺の目の前には水色の加算経験値の数字が表示されレベルが1から2レベルへと上がった。

 

「初陣おめでとう。……まあこいつに手こずるようじゃオレの撮影班になるのは夢のまた夢だな」

「いつ撮影班にさせてくださいって言ったよ。お前だろ誘ってきたのは」


 お互い茶化しあい、戦闘面での楽しさを分かち合う。

 レドブルは俺よりも10か月先にこのゲームを始めていることなだけあって経験、知識だけなら先輩ともいえる。

 俺も従来のVRゲームでは味わえない初の戦闘システムで敵を粉砕する爽快感を感じた。

 先ほどの感覚を忘れないためにも平原にいるモンスターを片っ端に魔法を発動させ、経験値を得ていった。


「もうこんな時間か。見ろよ、最高の景色だろ?」

「ん?おおぉ……」


 小高い丘の上からその景色が目に飛び込んだ。

 巨大な湖の上に浮かぶ都市国家ティターンは古城を中心とし、城壁に囲まれた市街地はすべて白色の花崗岩で精緻に造り込まれ、ふんだんに植えられた木々の緑のコントラストが調和を生み出している。

 そして外周部から差し込む夕日が水面を輝かせ一枚の絵として俺たちの眼下に現れた。

 あまりの美しさにしばし、魔法の練習をやめて見惚れていた。

 

「たびたびこのゲームがゲームじゃないと感じる瞬間があるんだ。今もそうだが現実よりこっちが本当の自分じゃないかって思うほどにな」

「そうは言うけど別に魂がゲームに吸い込まれたわけじゃないだろ。《トリガー》が俺達の脳に情報を流し込んで代わりに見たり聞いたりしているわけだからよ」


 俺が肩をすくめながら言うと、呆れたようにレドブルはため息をつく。


「わかってねえな。現実的な思考は時に女の子をがっかりさせるぞ、トウジ」

「まず俺にそんな縁はねえよ」

「それもそうか!」


 大笑いするレドブルに魔法をぶつけてやろうかと思ったがパーティメンバーであるため攻撃ができないことを思い出し、あきらめた。

 このVRMMORPG——《ロストワールド・オンライン》は一度失楽し復活した稀有なゲームだ。

 もとはヴァルハラ・オンラインと呼ばれる前作があったのだがこれが良くも悪くも伝説となっており、二年前に出たゲームで当時のハイスペックVR機器ですら起動するのに1分間の時間がかかり、メニューや体を上下に動かすのにも三秒かかって死ぬほど動作が重く、装備を変えるのすら分単位で時間がかかるといった欠陥品が出来上がっていた。

 もちろん、家庭用で発売されていた《トリガー》では起動することもできずに落ちるというゲーム界隈では伝説となっていた。

 サービス終了と同時にゲーム内でも世界が滅んで終了と粋な計らいを最後してくれたが発売して3か月でサービス終了はこの先も聞くことはないだろう。

 そして同じ会社が一年後にその続編として繰り出したのがこの《ロストワールド・オンライン》なのだ。

 前作とは売って違い、起動ができるというだけで感嘆する者もいれば、美麗なグラフィック、戦闘システムに魅了された者達によって書かれた圧倒的な賛美のレビューはアンチレビューが流されるほどに埋め尽くされており、不死鳥の如く復活したゲームである。

 ゲームの舞台は、草原、森、町から村までもが存在し、その中心に聳え立つ《世界樹》で構築されている。また前作の北欧神話をメインとしたストーリ―から世界線を繋げており、崩壊したはずの世界がなぜ、ここまで自然豊かで肥沃な土地へとなったのかを探求する冒険となっている。

 ファンタジーMMOなことなだけあって《魔法》の要素もあり、職業(ジョブ)によって武器(うぇぽん)スキルという名の言わば必殺技のようなものがあり、フルダイブならではの己の体を実際にリアルで近い形で動かして戦うという最大限の体感できる。

 もちろん戦闘面だけでなく、木工や料理、鍛冶に裁縫、革細工といった生産系の職業もあり、素材を集める採集職業など多岐にわたり、広大なフィールドを冒険するでなく、文字通り《生活》をすることもできる。お金を溜めれば自分専用の家などを購入し、自由に模様替えし、畑や動物を手なずけて一緒に暮らすことも可能だ。

 もちろん最初はだれもが目を疑った。大失敗したゲームから何を学んだのか。また同じ過ちを繰り返すのかと。しかしそれは募集されたベータテスタープレイヤ—の発言ですべてが変わった。

 一か月のテスト期間は夢のようで現実との境がわからなくなるほど作りこまれた神ゲーであるとSNSを通して拡散され、発売当日の2032年一月三十日には長蛇の列が並ぶほどの大盛況で俺もニュースでその様子を見ていた。その時はまだはまっている別ゲーがあったため買わなかったがいざ買ってプレイすると売れた理由が納得のいくものだった。

 

「そんで、どうするよ。まだ続けるか?オレは動画編集でいったんログアウトしようと思っているが……」


 レドブルの切れ長の目元がちらっと右元を向いた。視界の端に表示されている時刻を確認したのだ。


「俺はもうちょっと戦闘システムを知りたいかな。お前の言っていた《予測線》ってのも気になるし、お前のレベルに早く追いつきたいからな」


 先に始めていることもあってレドブルのレベルは現段階での最高到達点であるレベル70。それに比べて俺はレベル2だ。

 一緒にプレイするにはレベルがあまりにもかけ離れているため、キャリーによるパワーレベリングも可能だがゲーマーとして他人に手伝ってもらうのは自分の楽しみが減るというものだ。

  

「そうか。ならエリアボスには手を出すなよ。マルチで討伐推奨な上に、デスペナルティでレベルが上がりにくくなるから今のうちは冒険者ギルドで発行された討伐手帳でレベリングが安全だから……って言ってもお前が言うこと聞くような奴じゃないのはオレもよく知っている。エリアボスと戦うと気は連絡しろよ。オレも一緒にいくから」


 忠告する相棒に手を振りながら適当に返事をする。


「あーはいはい、分かったから早く編集して来いよ」

「おま……まあいい、またあとでな」


 そう言うとレドブルの体はポリゴンの欠片となって世界から切断した。


「さてと」


 背伸びをして夕焼けに染まる湖と街を背後に草原へと走り出した。

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