第15話 決戦の日

 あかねは決戦の日、ジャケットときちんとした形のロングスカートに身を包んだ。紺と白を基調とし、ポイントとして薄い緑のスカーフをあしらって誰からも嫌われにくい服装に仕上げる。


 ……これが単純に、西園寺さいおんじ家への挨拶であればどれだけ良かったか、ともちらっと思う。が、今は全面戦争への気力をみなぎらせる時だと考え直した。


植草うえくさ。朝食はお肉たっぷりにしてね」

「かしこまりました。血の気を増やしませんと」

「お嬢様、あまり満腹になるとかえって眠気が出ますから、ほどほどに」


 蒲田かわたも植草も、一旦覚悟が決まるとてきぱきしたものだ。あの時の唖然とした蒲田と植草の顔を思い出しながら、茜は笑った。


 そうしているうちに羊肉のステーキとパン、それに豆のスープが運ばれてきて、食卓の上が華やかになった。茜はしばらくひたすら口を動かして、栄養分を体にとりこむ。


 次に口を開いた時には、茜は実にすっきりとした気分になっていた。


「さ、出かけてくるわ」

「……お嬢様、行ってらっしゃいませ」


 蒲田の真摯な声を植草と共に聞きながら、茜は食堂を出た。


 合流した植草と一緒に車で西園寺家まで乗り付けると、年配の執事が綺麗な礼で出迎えてくれた。


わたる様からうかがっております。こちらへどうぞ」


 茜と植草は、母屋の最深部まで案内された。隣には西園寺夫妻の寝室もあるという、個人的に付き合いのある人間しか通されない応接室だと執事は言った。


 白い家具と青いカーテンが印象的な部屋であったが、広さは十数畳程度でそう大きくはない。しかし並ぶ調度品は超一流で、かなり贅沢な趣味の人間が選んだ物だと知れた。


 そこにはすでに緊張した面持ちの西園寺が、スーツに身を包んで待っていた。グレーの上品な生地だったが、彼の膝辺りで握り締められて要らぬ皺ができている。


神月こうづきさん……」

「今日はお母様も同席されるの?」

「はい。父が仕事ですので、大刀自──僕の祖母と、母が来るそうです。女ばかりで、神月さんにはちょっと居心地が悪いかもしれませんが」

「構わないわよ。急に声をかけて、それだけ集まってもらえるとは思わなかった」


 茜が背筋を伸ばして扉を見つめていると、そのノブがようやく動いた。そしてしずしずと、中年の女性が入ってくる。それは千春でも、まだ見ぬ大刀自でもなかった。


「渉様。大刀自が少しお話があるそうでございます。申し訳ありませんが、こちらへいらしていただけませんか?」


 使用人らしい女性に言われて、西園寺は詫びながら部屋を出て行った。扉が閉まった後、植草が軽く息を吐く。


「お嬢様がおっしゃっていた通りの展開になりそうですね」

「そうね。早く来ればいいけど」


 扉が開く音がして、部屋に千春ちはるが入ってきた。今日は洋装で、足首まであるシックな黒のロングドレスに身を包んでいる。


 千春は茜たちを見て、わざとらしく口角をあげてみせた。


「改めて……西園寺家へようこそ」

「嘘をつくのはやめましょう。歓迎するつもりはないですよね?」


 茜が言うと、千春の眉間にわずかに皺が寄った。


「そうでしょうね、なにせ私を車で轢こうとしたくらいですから。警察は問題の車両をまだ見つけていませんが、この家を隅々まで探せば見つかるのではないでしょうか」

「……なんのこと?」


 あくまで無視しようとする千春に向かって、茜は体を前に倒して距離をつめた。


「それに、うちの醜聞を明らかにし、真相をつかもうとした相手を排除していった。内部の人間を買収し、お父様まで亡き者にしようとした。これは全てあなたの罪ですよ、千春さん。──いえ、違いますね。千春さんにそっくりな誰かさん」


 茜が平然とした顔で言い放ったのに比べ、千春と名乗った女は大きく表情を歪めた。それだけで、茜は自分の推測が正しかったことを確信する。


「説明しましょう。あなたは何故か知りませんが、西園寺くんに近付いた私を『邪魔な奴』と思った。そして最初は手間の少ない手段を使った。本当の母親である千春さんの名前を騙って、おためごかしで諦めさせようとしたんでしょう」


 しかし茜が引かなかったのを見るやいなや、神月家そのものを崩壊させにかかった。その手際の良さや動かせる人間の数からして、この女は西園寺の血縁の誰かなのは間違いない。おそらく千春の姉妹か、それに近い親戚だ。


「あなたはその後の攻撃では、常に人の影に隠れて証拠をつかませなかった。ですが、最初に私に会った時だけミスを犯していました」


 調べた結果分かったことだが……本物の千春は、和装で出歩くことが多い。だから真似をしたのだろうが、この女は着物に詳しくなかった。季節外れの柄が入った着物を着て現れるという、今まで公式の場で千春がしてこなかった間違いをしたのはそのためだ。


「誰ですか? あなたは」

「……茜さん。あなたが何を言っているか、さっぱり分からないわ」


 苦戦している気配を出しつつも、千春もどきは崩れない。茜に決定的な証拠がないと見抜いているからだ。


 今、陸斗りくとが人脈を駆使し「この人は千春ではない」という証拠を探してくれている。そして、本物の千春に連絡を取ろうとしてくれている。植草の携帯に朗報が届くまでは必ず、茜がここで足止めをしなければならない。


 茜がちらりと見た植草は複雑そうな顔だ。また携帯を見て、少し肩を落としている。必要な情報が集まっていないのだ。


「渉もいなくなったし、そんなわけの分からないことを言うのなら帰ってちょうだい。くれぐれも、外で言いふらさないでね」


 千春を演じている女が扉に歩み寄った。すると、彼女が触れる前に扉が静かに開いていく。そして、廊下に誰かが立っているのが見えた。


千秋ちあき、もうやめなさい。あなたの魂胆は全てお見通しよ」


 不意に声をかけられて、茜は驚いた。顔を向けた先には、目の前の女を写し取ったような人間がいる。彼女の着物は上品な藤柄──四月から五月の「春」を現す着物だ。偽物が着ていたのは萩と鹿、秋の紋章だったのはそういうことか。


 ならば、この女性こそが。


「立ち聞きをお許しください。わたくしが本物の西園寺千春でございます。双子の妹、千秋が余計なことをしまして、誠に申し訳ございませんでした」


 彼女の声音には、凜と一本筋が通っていて美しい。


 茜はまじまじと「千春」だった女を見た。今まで違和感を抱かせないよう上手く化けていたが、実際に本物と並んでみると違うのがよく分かる。


 顔立ちが全く同じなだけに、まとうオーラ、表情の明るさ、立ち振る舞いに現れる自信の差が際立つのが、かえって強く哀れさを感じさせた。


 その余裕をもったまま、千春は妹を見て苦笑する。


「千秋、何度もくだらないことはやめなさいと言ったのに、また性懲りもなく」

「姉さんは黙ってて」

「あなたに犯罪なんて手に余るのよ。着物のこともそう。別で借りることもせず、『秋』の紋様が入った自分のものをそのまま着たのね。それに、一旦私に知られてしまえば破綻する計画じゃない。いつもそう。とてもできそうもないことに手を出して失敗するのよね……」

「あんたがそれを言うの……!」


 千春に地雷を踏み抜かれたらしく、千秋が憎しみのこもった顔で吐き捨てた。


「そもそも……あんたがさんざん、同じ顔で私を踏みにじってきたんじゃないの。欲しかった物は全て先に手に入れて、いつもみんなに守られて。私は勝手でも無茶でもしないと、誰にも見てもらえなかったのに!」


 その不満が真の動機なのだ、と茜は悟った。完璧超人の姉に押されてまともな居場所がなく、歪んだ不満を押し殺さなければ生きてこられなかった女の人生は、確かに哀れなものではある。


 そう思っていると、いつの間にか千春が顔を寄せてきていた。


「茜さん。妹に同情しているというのなら、おやめなさい。そんな気遣いは無駄というものです。その子は、周囲の信頼を何度も裏切ってきました。単なる無茶でなく、法を犯してもめ事を起こしたことさえあります」


 千春は厳しい視線を千秋に向けた。


「逆恨みは結構。ですが、甥に横恋慕に近い感情を抱き、あまつさえ障害になりそうだと思った女性を強制的に排除することなど、許されることではありません。それがやっていいことか悪いことすら判断できない人間が、責任ある立場につく資格がないのです。何か言い訳がありますか?」

「よ、横恋慕なんて言いがかりを!」


 気色ばむ千秋の目の前で、西園寺が母親の陰から出てきた。そして耳元で小さくささやく。


「息子が拒んだのにしつこく観劇に誘い、ずっとその間手をこねくり回していたそうですね。そして疲れたと言って、『ご休憩』に誘ったとか。あなたには貞操観念と常識がないのですか?」


 肝心なところは濁されたが、その場の雰囲気が最悪なものまで一気に落ち込んだ。今まで真偽をつかみかねていた西園寺の使用人たちも、嫌悪感で顔を歪めている。


「息子への接触は、これっきりにしていただきます。これはお願いではなく、命令です」

「誰の権限でそんなこと!」

「千春が言っても納得しないか。じゃあ、あたしの権限だ」


 小柄な老婆が姿を現した。髪は真っ白になっているが、腰は伸びている。肌にも艶があって滑らかで、実年齢がいくつであれそれより若く見えた。


「おばあさま!」


 西園寺が叫ぶ。すると、この人がまだ強大な権力を所持しているという大刀自か。


 茜の予測が正しいことは、周囲の人間がさっと老婆に道を譲ったことからすぐに分かった。千春ですら一歩引いている。きっとさりげなく千秋を諭し、罪を認めさせるのだろうと茜は期待した。


「義母様、私は──」

「うるさいんだよ、変態。その汚い足を二度とこの敷地に踏み入れるんじゃない、分かったね」


 大刀自は、さりげなくどころかギロチン並みのばっさり感で千秋を切り捨てた。


 こうまで言われると、右往左往し始めた千秋に手を貸そうとする者は誰もいなかった。何もかも失い、血の気の引いた顔をして扉の方へ向かう彼女を、茜は追いかける。


「おっと失礼。気をつけたまえ」

「なんですって──」


 ぶつかった男に声を荒げようとしたのか、千秋が身構える。しかし次の瞬間、狼狽のあまりその構えを解いてしまった。


「いかんね。そんな綺麗なドレスを着ているのに、拳など振り上げては」


 茜もその人物を見て、目を見開く。そして思わず声をあげてしまった。


「お、お父様!?」


 茜の目の前には、血色つややかな徳三とくぞうの姿があった。ちゃんと二本の足で立っているし、なんなら少し太ったようにも見える。完全に彼の存在を失念していた茜は、何も言えず口をぱくぱくさせることしかできなかった。


「茜。すごい顔になってるよ」

「それはなるでしょう、感情グチャグチャよ、今!! お父様、まだ面会謝絶の重体ではなかったのですか!?」

「薬の過剰投与で具合が悪かっただけだからね。みんなに看病してもらって、体内から成分が抜けたら回復したよ。今は誰が見ても健康体さ」


 徳三はそう言って、さっさと視線を千秋にうつした。


「……君が黒幕とやらか。今回の件は神月家にも落ち度があったことは認めよう。だが私を薬殺しようとし、娘まで轢き殺そうとしたと言うじゃないか。その落とし前は、きっちりつけさせてもらうぞ」


 徳三の全身から、普段は全く見せない殺気が噴き上がった。それにあてられた千秋は、今度こそ完全に腰をぬかしてしゃがみこむ。


 終わったのか、と息をこぼし、そのすぐ後に茜は我に返った。


「その女だけでなく、手勢も捕まえないと……」


 それを聞いた千春が笑った。


「まだ皆、何が起こったか分かっていませんよ。万一逃げ出した者がいても、玄関に到達する前に捕まっているでしょう」


 千春の横で、大刀自がため息をついた。


「現状に不満を抱く者は、当家にもたくさんいたようだね。そういう者が千秋に抜擢されて感激し、体よく使われていたんだろ」

「義母様。彼らも妹も子供ではありませんから、しかるべき処罰を受けるでしょう。後は私にお任せください」

「何から何まで、ありがとうございます……」


 頭を下げる茜に、老婆は向き直った。


「そう言われちゃ、立場がないのはこちらの方さ。身内が起こした事件の責任はとらなきゃいけない。誰があんたらの会社について暴露したかも調べておくよ。実体より、だいぶ悪辣に言われてるかもしれないからね」


 さすが大刀自と呼ばれるだけあって、しっかりした老婆であった。二人も救世主が現れてくれたのなら会社も安心だ、と茜は胸をなでおろす。


「よろしくお願いします」


 徳三も二人に頭を下げてから、茜に向き直った。


「いや、茜にも知らせず勝手に悪かったね。実際のところを知ったら、お前や陸斗からその女にバレはしないかと思ったもんで。蒲田は反対してたんだが」


 茜は言葉を失った。今朝の、いや今までの蒲田からは、そんな素振りは少しも感じられなかったのだが。……やはり、あの執事はたいした狸なのである。


「仕方無かったとはいえ、心配かけてすまなかった。お前が無事でいてくれて嬉しいよ」


 珍しく殊勝に詫びてくる徳三を見て、茜はしばらく放心していた。水沢みずさわと違ってどうこうしようという気は起こらないが、その代わりどう言ったらいいのかも分からない。しょうがないので徳三の背中を何度もはたいてやった。


「……それにしても、病室にいきなり、今後の行動を指示する手紙が届いたときは驚きましたよ。あれも大刀自様のご指示で?」

「暇を持て余した老人には、いいリハビリだったよ。役に立てて良かった。今の『いんたーねっと』やらだと、情報を読まれる可能性があるからね」


 くるくると大きな瞳を動かす大刀自は本当に楽しそうに言った。


「ちなみに義母様に頼んだのは私です」


 見ると千春が小さくVサインをしている。


「母さんは相変わらず手回しがいいね……全部計算なの?」


 事情をすっかり聞いた西園寺が、ひとり呆れていた。


「そんなことはないわよ。助けてあげたいと思うと、勝手に体が動いちゃうの。今回は腕の振るい場所がなくてちょっと残念だったわ」

「さすが文武両道と名高い千春様ですな」

「あら、もっと言ってちょうだい」


 徳三に褒められて千春は嬉しそうに笑った。天使のように謙虚で大人しそうに見える外見だが、その実は良い性格をしている。なるほど、西園寺が茜と相性が良さそうと言うのも分かった。


「あなたたちも入ってらっしゃいな」


 千春が言うと、半開きになっていた扉がわずかに動いた。隙間から室内を覗きこんでいたであろう誰かが入ってくる。その姿を見て、茜は息をのんだ。


「生きていたんですか……」


 思わず茜はつぶやく。背の高い男は、間違いなく一橋だ《ひとつばし》った。そして彼の後に続くのは、肩を落とし、体をできるだけ縮めようとしている水沢だ。徳三に続き、一橋が生きていたことで、茜の体にどっと安堵がわき上がってくる。


「え、生きてるよ勿論。どうしてそんなに不安そうな顔なんだ?」


 一橋がうろたえるので、茜は口をつぐんだ。どうやら、水沢の言った言葉は真っ赤な嘘だったらしい。それをまともに受け取っていたと、この場の誰にも気付かれたくなかったのだ。


「……いえ、なんでも。水沢とあなたの姿が見えないもので、何かあったのかと思っていました」


 茜が言うと、一橋はバツが悪いのを誤魔化すように頭をかいた。


「ま、確かにちょっとやりすぎましたね」

「あなたのせいではありませんよ。千秋に寝返ろうとして、コソコソしていたその男が悪いのです。大人しくしていればいいものを」


 千春が柔らかな笑みを崩さないまま言う。


 徳三と千春も、モラルなんて知ったこっちゃない水沢には警戒していたと言う。案の定、報酬に目がくらんで千秋側に情報を渡そうとしていたため、先手をうったのだそうだ。


「分かっていましたけど清々しいクズですね」


 茜は端的な感想を口にした。


「欲望に正直と言って下さい」


 とりあえず反論してくる水沢を、茜は冷ややかにじーっと見つめる。


「じゃあ、あの時の言葉はなんだったんですか」

「一人で落とされる海の中って暗くて冷たくて痛いんですよ。僕は身をもって知っています」


 やった側の脅しではなく、やられた側の感想だったわけか。まともに受け取って損した、と茜はため息をついた。


「しかしねえ、あれはやり過ぎでしたよ」

「お前が裏切ってたのが悪い」


 澄ました顔で言う一橋に、水沢は口をすぼめた。


「それはすみませんって謝ったでしょ。詫びの言葉も聞いてもらえず、襲いかかられて海に落とされるなんて思ってませんでした」

「へえ、自業自得のせいに偉そうに言うじゃないか。どこをのぞき見しようとしていたか、ここで具体的にバラしてもいいんだぞ」


 一橋がピリピリした口調で言う。茜はその小言を聞いた水沢が文句も言わずしゅんとしているという、珍しい光景を見ていた。


「また面白いものが見られたよ」


 めったに外に出ないという大刀自──豊美とよみというらしい──は、このやりとりでも体を揺すって面白そうに笑った。


 それから徳三と千春、豊美でなにやら話が始まった。その間に水沢は逃げようとして今度こそ捕まり、茜は一橋に重ねて礼を言った。


 そして茜は植草と一緒に、帰ったら蒲田に何と言ってやるかを考える。そうこうしている間に、しばらく時間が過ぎていた。


「ちょっと、あんた」


 話し終えた豊美が改めてこちらを見ているのに気付き、茜は顔を上げた。


「はい、なんでしょう」

「あんたらといると面白いや。このまま適当な面子集めて、本当に孫と式をあげちゃどうだい。とりあえずうちの中庭でやって、ちゃんとしたのは後日に……」

「えええええ!?」


 豊美が手際よく式次第まで作り出すので、茜はあわてて声を上げた。反対に西園寺はどう言ったらいいか、迷っている様子だった。


「待って下さい。それはこの計画のための建前で──」

「おや、そうかね。うちの孫は、ずいぶん嬉しそうだったけどねえ」

「おばあさま!」


 西園寺も我に返って叫ぶ。徳三は完全に話の流れについていけず、血圧が上がっていそうな真っ赤な顔で拳を握っていた。植草が横でいたたまれない顔をしているのが見える。


「とにかく、話を進めるのをやめてください!」

「そうかい? つまらないねえ。こちらはまだまだ体は丈夫だから、気長に待つとしようか」


 豊美はさらに高い声で笑うと、家の奥へ消えていった。西園寺はその姿を見送って、大きくため息をつく。


「すみません、祖母は本当に言いたい放題で。初めて話す人でも容赦ないんですよ。後で母に釘を刺してもらいますから」


 まだワナワナしている徳三の横で、西園寺は少し、赤い顔をしている。側に居る茜の心も、ほんのり温まってきた。恋愛感情を期待してもいいのだろうか──茜はそんな風に、楽観的に考えてしまった。自意識過剰だろうか。西園寺に聞いてみたい。だが、それを今することはできない。


「茜、状況はどうなってる。茜!!」


 今まですっかり放っておいた陸斗が、話したくて通話口でうずうずしている様子だったからだ。……肝心なことは、また二人になった時にゆっくり話そう。茜は、ため息をつきながらそう決めた。

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