Case1 全国爆破予告事件

第1話 平成三十五年九月八日金曜日


 平成三十五年九月八日金曜日。

 接近する台風十三号の影響で、この時期としては涼しい朝だったが、テレビの天気予報では、この台風が去った後にまた気温が上がると言っていた。

 今年はまだまだ、残暑が続く。


 そんなこの日の午前9時、警視庁の管轄内の某大学に「本日、午後12時に大学を爆発する」と公衆電話から電話があった。

 通報を受けた所轄の警察官と大学の警備員、職員らでキャンパス内を捜査したところ、キャンパス内にある食堂のテーブルの真上の天井から吊るされた照明に取り付けられた、時限式爆弾が発見される。

 すぐに警視庁警備部から派遣された防護服を着た爆発物対策部隊————いわゆる爆発物処理班の兜森かぶともりけい巡査部長は同僚の脇田わきた警部補と共に撤去作業に入った。

 本来なら脚立の上に乗って作業をするべきなのだが、この食堂のテーブルは床に固定されている。

 仕方がなく、兜森は防護服のままテーブルの上に立ち作業をしていた。


「まったく……これで何件目だ?」

「多いですよね、このタイプの爆弾。去年の年末ごろからでしたっけ? 犯人は真日本人教しんにっぽんじんきょうのやつじゃないかって噂もありますし」

「バーカ。あいつらがわざわざ爆弾なんて用意するかよ。こんなもの作らなくても、を使えばテロなんていくらでも起こせるだろうが……」


 実は去年の年末————正確には、クリスマスイブから、同じような爆弾事件が多発してる。

 その多くは予告のみで終わっているが、いくつかは実際にこうして時限爆弾が仕掛けられていた。

 どれも映画やドラマに出てくるような、昭和の時代からある典型的なタイマー付きの爆弾。

 ネットで探せば、作り方なんて簡単にわかる。

 解体法も、同じく書かれている古い物だ。


「あー……またこのタイプか。まったく、どうしていつも赤と青の導線なんでしょうかね。たまには他の色も切らせろよ。まったく芸がない」


 ぶつくさと文句を言いながら、爆弾の形状を見て直ぐに手際よく赤い導線を切った兜森。

 タイマーは残り5分6秒でピタリと止まっている。


「まぁ、そう言うなよ。まだ簡単なだけありがたいだろ? 先月、沖縄で起きた爆発事件……あれなんて、念のため液体窒素も使った上で解体したのにタイマーが止まらなくて……結局爆発はしなかったけど、現場じゃぁかなりパニックになっていたらしいぞ」

「そうっすね。ネットでかなり叩かれてるの見ました」


 沖縄の事件では、爆弾が爆発することはなかったが、液体窒素で冷却してもセットされていたタイマーが停止せず、作業に当たっていた新人の機動隊員がパニックを起こしてしまった。

 その様子を、規制線の向こうから撮影していた市民たちも同じようにパニックを起こして逃げたため、現場は大混乱。

 転んで怪我をした人も大勢いた。

 しかも、その動画がネットに上がって、拡散。

『情けない』『こんなんじゃ、日本は終わりだ』『恥ずかしい。しっかりしろ』などなど……相当な批判を受け、噂によると彼は耐えきれずに警察をやめたらしい。


「よし、タイマーも止まったし、あとはこのままサクッと回収して————」


 タイマーがちゃんと止まっているのを二人で確認し、回収しようとしたその時だった。


 ————ピッ


 一度止まったタイマーがー、なぜか再び動き出す。


「え……なんだこれ!?」

「た、退避!! 全員退避!!」


 5分6秒と表示されていたタイマーは、それまでしっかりと正確に時を刻んでいたのに、とてつもない速さで動き出す。

 そのことに気づいた時には、残り3分21秒。

 こうなってはどうしようもないと、脇田警部がそう叫んで、二人はとにかく爆弾から逃げようと駆け出した。


 だが、実際には3分も残されているはずもなく————

 テーブルから飛び降りた兜森が振り返ると、残り一秒。


(もう無理だ。俺は、死ぬのか————!? 嫌だ。死にたくない)


 大きな爆発音が、キャンパス内に響き渡る。


 爆風で窓ガラスが割れ、天井が崩れ、燃えた火の粉が天井から降ってくる。

 人命に関わるほどの威力があるはずだった。

 普通なら。


「……え?」


 しかし、降ってきたのは透明な水。

 まるでバケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨が一瞬だけ降ったように、食堂内は水浸しになった。

 確かに爆発したはずの爆発物は、すべて、透明な水になった。



「なんだ、これ……」



 これが、兜森のが目覚めた瞬間である。






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