第18話『二社目と三社目』

 二社目は駅構内の売店・コンビニエンスストアだった。

 普通のコンビニや売店ではなく、駅構内のためかなりの多忙を極めた。

 私が販売に挑戦した理由は、三社目と同じだが、対人スキルを向上させるためだ。それでも代わる代わるお客さんが来るため、あまり向上したようには思わなかった。

 二社目で覚えている一番印象的な事は、帰り道のホームで親子連れと話した事だ。私がベンチに座っていると、男の子がやってきて隣に座った。

 続いてお母さんがやってきて、通る電車を男の子が指差してその名前を呼んだ。私は男の子に電車がすきなのかと尋ねると、男の子は元気よく「うんっ」と返事をした。

 それで男の子と暫く電車の話、男の子が一方的に電車の話をするのを私は聞いていた。その最後、私が帰りの電車に乗ると、男の子とお母さんが手を振ってくれた。

 それがなんだか嬉しくて、私は男の子に「またね。未来の車掌さん」という言葉を言った。

 その光景は今も真新しく瞼の裏に焼き付いている。なんだか嬉しかった事だった。

 三社目は、もう少し一対一の対人スキルを向上させたくて、不動産の仕事に就いた。その仕事に就くまでにも時間は掛かったが、それでも念願の正社員になれた思い出深いお仕事だ。

 三社目はかつて人気だった吉祥寺の賃貸不動産のお店で働いていた。

 入社後はベテランの先輩達に着いて行ってどういう仕事をするのかを勉強する、いわば研修期間兼試用期間があった。

 専ら先輩達が忙しい土日は、私はインターネットの不動産サイトにアクセスして新着情報や契約が決まった物件の削除依頼に走っていた。

 平日は比較的人が少ないため、物件の撮影やリハーサル練習をするなど、割と楽しく過ごしていた。週末が近くなると、車の洗車なども行っていた。

 店長は女性の方で、いわゆるキャリアウーマンだった。その店長さんには若い事もあってか可愛がられていたのも良い思い出で、先輩達にも好かれていたように思う。

 一ヶ月後には、ノルマはないけれど契約を一件、二件取る事が目標となった。いわゆる営業デビューだ。

 実際に一人でお客さんを案内したり、物件紹介も一人で行っていたりした。成約に至った際には、全員から祝福されたのを覚えている。吉祥寺という激戦区だけあって、営業間の連携はもちろん仲間意識は強かった。

 他のお店に取られるくらいなら、お店の誰かが取れば良いというのが店長の方針だったのだ。

 私は二ヶ月目に二件成約を取れた。そして三か月目はノルマを設けて行った。

 さすがに、その頃には私にも多少の競争意識はあった。先輩達のような競争意識の中の余裕というものはなかった。

 必死になってノルマを達成した翌月――私は月末に退社する。

 最初は社員旅行に行けなかったのが始まりだった。店長に風邪でも良いから来たら良かったのにと文句を言われたが、後に分かる事は風邪ではなかったのだ。

 双極性障害。いわゆる躁鬱病を発症した。ノルマ達成のために昼夜問わず働いていたのが祟ったのだ。

 否、後に分かる事でそれはこの時始まった事ではなかった。

 この時インフルエンザと肺炎にも掛かり、自力で病院にも行けず、やがて朝も起きられなくなったり眠れなくなったりで、仕事を断念するしかなかった。

 それでも退社後の二ヶ月後ぐらいには、また働き始めたのだが、仕事を辞める癖が着いてしまった。

 正確には、働いて体調不良、退社して回復、そしてまた働く事を繰り返したのだ。

 それが約七年。

 何も実らず、何も出来ずという私が何もしていなかったに等しい期間だった。

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