第11話『自殺』

 夏前の誕生日の夜。

 私は母と姉と共に通常の誕生日を過ごした。それぞれが好きなケーキを買いに行って、誕生日の日にピザを頼んで食べた。

 その深夜に私は事を起こした。家族が寝静まり、世界の大多数の人も寝静まった深夜だ。

 日付が変わるのを、私は台所の前で待っていた。十一歳になってしまったという思いを抱えながら、私は日付が変わろうとしているのを眺めていた。

 私は不登校になってからずっと考えていた。

 あの時どうすれば良かったのか。あの時誰に言えば良かったのか。あの時、何を変えていたら良かったのか。

 そして鬱々とした思いを抱えて、十一歳を迎えたその日。私は考えていた。

 これが最善なのか。それとも本当に自分はただの馬鹿なのか。

 そんな事を思っているうちに、時計の秒針が十二を回り、新たな一日がやってきた。それを見て私は台所から包丁を持ち出した。

 死ぬ時人は何を考えるのか。その答えを知りたければ、教えよう。

 それはその人自身による。

 これが答えであり、私の場合は母と姉に謝っていた。

 ごめんなさい――と。

 しかし、私の閉鎖的な世界を開く方法はそれしかなかった。思い詰めてとか、死にたくてとかと言うよりも、私の場合は死ぬ事で自分を楽にしてあげたいと思った。

 今度はちゃんと女の子の体で生まれて、今度はちゃんと頭の良い子で、ちゃんと人に相談できる人――。

 そんな人に生まれ変わろうとして、私は包丁を自分の胸を貫く勢いで振り下ろした。

 しかし、これを書いている通り、私は出来なかった。何度も何度も振り下ろしたが、出来なかった。心無い人はそれで良かったと言うだろう。そんな事をしてはいけないとか。死ななくて正解とか。

 だとしたら、その心無い人達はあの日の私を見てなんと言うのだろう。同じ事を言うのだろうか。

 包丁を手にして泣き崩れる私を見て、悔しさで自分の腕を叩き続ける私を見て――。

 私は一頻り泣き終えて外に出た。静寂に包まれ、蝉がたまにジィッと鳴いていた。満月が綺麗で、私はそれを見ながらまた涙した。

 それは綺麗だったからとか、生きていた事を噛み締めてとかいう美談ではない。ただ只管に悔しくて泣いていた。私は死ぬ事すら出来ないのかと。自分の手で自分の命を終わらせる事も出来ない矮小で脆弱な人間だという事を思い知った。

 そうして部屋に戻り、私は布団の中でまた考えていた。

 朝がやってきて気付いたら死んでいないかと。朝になったら急に死ねるようになっていないかと。

 そんな事を思っているうちに、私は眠っていた。

 それが泣き疲れてなのか、自殺未遂に終わったからなのか、それ以上の労力をしたからなのかは定かではないが、私は気付いたら寝ていた。

 よくドラマや映画で自殺しようとして一日中泣き続けるとか、未遂に終わって彷徨うとかあるが、死ぬ事に全力だった人間が、全力を使い果たした人間がそこまで出来るエネルギーはないと思う。

 大抵疲れてしまうのだ。死ぬのにだってエネルギーは要る。それがここで私が学んだ一つの事だ。

 そして翌朝以降、私の中で異常事態が発生する。それは今も発生し続けている事だ。

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