第5話 妹について語る

 見回り任務は正直、退屈だ。


 基本的に決められたルートを回るだけで、別に俺じゃなくても務める任務。


 いつもなら、眠くなるのだが、今日は違う。


「今日は世界が美しく見える」


 ルンルンにステップしながら、見回りをする俺の姿に周りのみんなが釘付けになる。


 突き刺さる痛い視線は気になるが、そんなことはどうでもいいと投げ捨てられるほど、俺は今、幸せの中にいる。


 そんな感覚が脳に染み渡る。


「ふぅ、いや…………夢みたい」


「何をしているんだね、ウル」


 後ろから聞こえてくる声、パッと振り向くと眼鏡をかけた騎士が眼鏡をクイっとして立っていた。


「…………げっ」


「げっとはなんだ、失礼な」


「す、すいません、ジェルマン副団長」


 ジェルマン・ネルロー、宮廷騎士団、副団長を務める魔法師。誰にでも平等に厳しく、団長にすら厳しい言葉を平然と言う完璧主義者。


 今のところ俺の中で、一番苦手な人だ。


「随分と浮かれているみたいだな」


「え、まぁ…………」


「いいことでもあったのか?」


「え、ええ今日は早く帰っていいと団長から言われたので」


「なるほど、大体予想がつく。妹のアリシャと関係しているな」


「うぅそうですけど」


 どうして、ジェルマンさんが話しかけてきたのかわらかない。けど下手に聞くと何言われるかわからない。


 ここは受け身に徹するのが正解だな、うん。


「兄弟水入らずで過ごすのもたまにはいいものだ。そこでウルに一つ相談があるんだ」


「お、俺に相談ですか?」


 息を吸って呼吸を整えるジェルマンさんの姿は少しためらっているように見えた。


 何度息を吸って吐いてを繰り返し、覚悟を決めたかのように口にした。


「い、妹の誕生日プレゼントは何にすればいいと思う?」


 その言葉に俺は目を光らせた。


「…………ここは語りますか?」


 ウルから感じる雰囲気にジェルマンはもしかしてっ!っと思い、メガネを光らせた。


「語ろうじゃないか」


 俺と同じでジェルマンさんにも妹がいるらしい。


 そして、どのような誕生日プレゼントを渡せばいいかわからず俺に相談に来たようだ。


 俺はこころよく相談に乗ることにし、ジェルマンさんと妹の誕生日プレゼントについて語り合った。


「やはり、いくら家族とはいえ、ネックレスなどの装飾品は避けるべきですね」


「それはなぜだ?」


「ネックレスや指輪とかの装飾品は、兄妹の間ではなく、やはり異性からのプレゼントのイメージがあるからです。下手をすれば、嫌われかねません」


「嫌われるのは困るな、メモメモ」


「やはり、兄妹ということもあり、おいしいご飯に連れていくとか、もしくは日常生活で使うものがいいと俺は思います。去年、アリシャに誕生日プレゼントで香水をプレゼントしたんですけど、すごく喜んでくれたんです。兄さん、ありがとう!大好きって!!って」


「なるほどな、メモメモ」


 俺とジェルマンさんは任務を忘れ、ただひたらすら妹へのプレゼントについて語り合い、気づけば、お昼時間が過ぎていた。


「ふん、参考になった。ありがとう、ウル」


「いえ、妹のことについてはいつでも聞いてください。力になります」


「うん、また困ったことがあったら相談する。では、しっかりと任務に励んでくれ」


 ジェルマンさんは満足げそうに後ろへ振り向き、ルンルンにステップしながら去っていった。


「まさか、ジェルマンさんとこんなに話が盛り上げるなんてな…………案外近くに同士がいるもんなんだな」


 話してみないとわからない一面があるっと言うがまさにその通り。さっきまでのジェルマンさんの印象は一瞬で消えてしまった。


 次は妹の魅力について語りたいものだ。


「って、そろそろ任務に戻らないと、また団長に怒られる」


 しっかりと見回りをこなし、夕方を迎えた。


 そろそろ宮廷騎士団のみんなが帰ってくる時間のころ、任務を終えた俺は訓練場で少しだけ素振りをしていた。


 今日一日、剣すら振るっていないのはさすがに騎士としてどうなのだろうかと思い、帰る前に訓練場に出向いたのだ。


「よし、こんなもんか」


 汗を拭きながら、片づけを始めた。


 なんやかんや、少し帰る時間が遅くなったが、前より圧倒的に早い。


「あ…………早くアリシャに会いたいな」


 そう声を漏らすと、聞き覚えのある野太い声が聞こえてきた。


「おっ、珍しいな、ウルが素振りなんてよ」


「ガレウス団長…………」


「なんだ、俺の影響でも受けたか?」


「なわけ、ただ今日は一度も剣を振るっていないので、帰る前に素振りをしていただけです」


「そうか、それは残念だ」


「それでは、俺は帰るので、お疲れ様でした」


「おうっ!しっかりと、妹と楽しく過ごせよ」


「当たり前です」


 っと漫勉な笑みを浮かべながら親指を立てる。


「お、おお」


 帰り道、最近よく聞くおいしいシュークリームのお店に立ち寄った。


 アリシャは甘いスイートが大好きだからな。きっと喜んでくれるはずっ!


「10個ください」


「あ、はいっ!少々お待ちください…………」


 久しぶりの早い帰り、昨日はアリシャの遊びの誘いも断ってしまったし、たっぷり遊ぶんだ。


「お待たせしました」


「ありがとうございます」


 俺は後ろへ振り向き、歩こうとすると、シュークリーム屋さんの店員に声を掛けられる。


「あ、あの!!」


「うん?」


「もしかして、宮廷騎士のウルさんですか?」


「そうですけど」


「あ、あの龍に襲われたとき、助けてくれてありがとうございましたっ!」


「あ、いえ、大したことはしてないので」


「それでも、お礼を言わさせてください。本当にありがとうございますっ!!」


 龍の討伐、たしか、まだ騎士になって半年も経っていなかったころだった。


 とある村の見回りをしてた時、突如、レットドラゴンと呼ばれる純血種の龍に遭遇した。


 その時は俺以外の騎士は酒におぼれてて戦力にもならず、結局、俺一人で倒すハメになった。


 そうか、あの村の人なのか、そんな偶然があるもんなんだな。


「本当に大したことはしてないよ。それに騎士なら守るのが当然の責務だろ?君もお仕事頑張ってね」


「はいっ!!これからもいつまでも応援してますからね、ウル様!!!」


「あ、様!?…………あ、うん」


 様付けなんて、我が家以外で初めてされたよ、ドキッとしたぁ。


 シュークリームを買った帰り道、俺は今までの騎士として歩んだ道を思い出していた。


 こうして、宮廷騎士団に加入できたのも、今思えば運がよかったとしか言いようがない。


 俺が騎士になったのは15歳のころ、そっから3年間で一気に実績を積み、宮廷騎士団にスカウトされた。


 龍の単独討伐に関しては周りがくそだったから、一人で倒すハメになっただけだし、王女様の暗殺の阻止なんて、気づけば、ついてきた実績だった。


 それに、七厄災の一人、愛の聖女メシルに関しては、退けたというよりただ話し合いで解決しただけ。


 実績だけ見るとすごいかもしれないが、実際は大したことを俺はしていない。


「…………まぁ、運がいいことも実力の一つか」


 この実績のおかげで、アリシャのいじめもほぼなくなり、安定した生活ができている。


 だけど、この現状に甘えてはだめだ。


 もっと、もっと、もっと、もっと、頑張らないと。


 我が家に到着すると、俺は足を止めた。


「…………うん?」


 思わず、首を傾げた。


 いつもなら、アリシャが扉を開けて飛び込んでくるのに、その気配がない。


「とりあえず、入るか」


 俺は玄関の扉を開けた。

 

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