第11話(3)広瀬川にて

「し、死ぬかと思った……」


 技師が牛からくりから降りて、いかだの上に大の字になって寝転がる。


「案外死んでいるかもしれないよねえ……」


「怖いことを言うなって」


 藤花の言葉に技師は顔だけ起こして反応する。


「三途の川とか言っていたじゃないの」


「あれは気の迷いだ」


「気の迷いねえ……」


「というか、こういうものを用意しておいたのなら、ちゃんと言っておいてくれ」


 技師がいかだをぽんぽんと叩く。


「ああ、どこから話が漏れるか分からないからね。黙っておいた」


「そんな……」


「敵を欺くにはまず味方から……とも言うじゃないの……」


「欺かれる身にもなってくれよ……」


「いや……」


 からくり牛から降りて、いかだに腰を下ろした楽土が口を開く。


「うん?」


 藤花が楽土に視線を向ける。


「言うのをすっかり忘れていただけなのではないですか?」


「!」


「ああ、それはあり得るな……」


 技師が頷く。


「な、なんでそんなことを……」


「だって藤花さんですし」


「だな」


 楽土の言葉に技師が再度頷く。


「……そう、忘れていたよ」


 藤花が自らの後頭部を片手で抑え、笑顔でペロっと舌を出す。楽土が頭を抑える。


「忘れないでくださいよ……」


「というか無理するなよ……」


「む、無理するなって何さ⁉」


 藤花が技師の言葉に反応する。


「色々な意味でだよ」


「色々な意味って⁉」


「まあ、それは良いけどさ……」


「良くない!」


「まあまあ……」


 楽土が藤花をなだめる。


「ふん……大体ねえ、アンタたちもおかしいのよ?」


「ええ?」


「なにが?」


 楽土と技師が首を傾げる。


「城に突入する段になって、脱出する方法を一切聞いてこないって言うのも……!」


「ま、まあ、そう言われると……」


 楽土が後頭部をポリポリと掻く。


「聞く暇もないって感じだったじゃないか……」


 技師が半身を起こして呟く。


「とにかく……そういう意味ではおあいこだよ、おあいこ」


 藤花が腕を組みながらうんうんと頷く。


「おあいこって……」


 技師が苦笑する。


「そういえば……」


「ん?」


 藤花は楽土の方に視線を向ける。


「国境の店で、何か男性と背中合わせで話をしていませんでしたか?」


「覚えていませんね……」


 藤花が首を傾げる。


「いやいや、鯉を食べたあの店ですよ」


「あ~なんかあったかもな……」


 技師も思い出したように頷く。


「……」


「あれはなんだったのですか?」


 楽土が問う。


「なかなか目ざといですね……」


 藤花が感心したように呟く。


「気にはなっていたのです」


「ふむ……」


「このいかだを手配したのもあの方ですね?」


「ええ、そうです」


「何者ですか?」


「主に情報屋ですが……基本的にはなんでも屋です」


「なんでも屋?」


「色々と顔がきく者なので、手伝いをしてもらっているのです」


「そういう方が……」


「日ノ本中におりますよ」


 藤花が両手を広げる。


「日ノ本中に?」


「ええ、私だけでは任を果たすのはなかなか難しいですからね……」


「なるほど……」


 楽土が腕を組んで深々と頷く。


「……これからどうするんだ?」


「選択肢はふたつあるよ」


 技師の問いに藤花が答える。


「ふたつ?」


「ええ」


「ひとつだけだと思ったけど」


「なんだと思った?」


「逃げの一辺倒だろ?」


「そうだね。幸いにも川の流れが今日は一段と速いようだ……」


 藤花が広瀬川の流れを見ながら呟く。


「どこかで降りる?」


「陸に上がると面倒だね。城から早馬を飛ばして、沿岸を警戒している可能性が極めて高い」


 技師の言葉に藤花は首を左右に振る。


「それじゃあ……」


「このまま海に出るのが一番かなっと」


「船を用意しているのですか?」


 楽土が問う。藤花が首を縦に振る。


「はい、ここから北の方にですけどね……」


「それに乗ってどうするのですか?」


「うむ……とりあえずは江戸の方に戻ることになりますかね……」


「本当に仕切り直しですね……」


「そうですね……」


「……もうひとつの選択肢は?」


「それは……!」


「はははっ! 追いついたぜ!」


 大きな一本の丸太に乗った大樹が川を下ってきた。


「ここで片を付ける……!」


 藤花が大樹の方を向いて、身構える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る