第6話(4)料理屋にて

「……」


 楽土がむすっとした状態で座っている。


「そんな顔をしないで、楽土さん」


 藤花が声をかける。


「………」


「……もしかして、怒っています?」


「……それは誰だって怒りますよ」


 楽土が口を開く。


「結果的に走ることが出来たから良かったじゃありませんか」


「なにが良いんですか!」


「剛脚を試すことが出来ましたから。ねえ?」


 藤花は隣に座る技師に声をかける。


「ああ、良い試験になりましたよ」


 技師が頷く。


「こちらの許可なく、勝手に試さないで下さい!」


「う~ん……」


「それは……」


 藤花と技師が揃って腕を組み、首を捻る。


「なんで首を捻るんですか!」


「抜き打ちでないと意味があまりありませんから」


「……と、技師さんはおっしゃっております」


「聞こえていますよ」


「いや、少々専門的なお話かなと……」


「おっしゃっている意味もちゃんと理解していますから」


 楽土が冷ややかな視線を藤花に向ける。


「あら、そうですか」


「何故に抜き打ちでないと意味がないのですか?」


 楽土が技師に尋ねる。


「咄嗟の状況でも対応出来るか、可動するのかというのを見たかったので」


「ふむ……」


 技師の説明に楽土が頷く。


「見たところ……とりあえずは問題なさそうですね」


「問題ない?」


「ええ」


「それは何より……」


 藤花がうんうんと頷く。


「問題あるでしょう……!」


「え?」


「ええ?」


 楽土の言葉に技師と藤花が揃って首を傾げる。


「こちらがえ?ですよ……」


「何か問題が?」


「大柄な男が走る馬二頭に苦も無くついていったのですよ?」


「それが何か?」


「目立って目立ってしょうがないでしょう!」


「そうですかね?」


「そうですよ」


「大丈夫だと思いますよ」


「何を根拠にそんなことを?」


「だって……ねえ?」


「うん……」


 藤花と技師が頷き合う。


「そちらだけで分かり合わないで下さい」


「ん?」


「ん?じゃなくて、説明を求めます」


「……人って案外気にしないものですよ」


「そ、そうでしょうか?」


「いや、そういうものです」


 技師が頷く。楽土が戸惑う。


「ええ……」


「世の中、皆、それぞれ懸命なわけですから、他の事をあまり気にしてもいられません」


「と、おっしゃっています」


「だから、聞こえています……」


「かくいう私も一度からくりのことに夢中になると、他事はほとんど一切、目に入らなくなってしまいますから……」


「それはなんとなくですが分かるような気がします……」


 楽土が自らの体を抑えながら、何故か恥ずかしそうに呟く。藤花が微笑む。


「どうやらご理解頂けたようで……」


「それでも目についてしまったのではないですか?」


「それはそれで……」


「良いのですか⁉」


「まあまあ……」


「また刺客が差し向けられたら……」


「その時はその時です」


「そんな……」


「それよりご飯を食べましょう。ちょうど来たようです」


 藤花たちのもとに料理が届く。楽土が尋ねる。


「これは……魚の煮物ですか?」


「鯉の煮物です」


「鯉⁉」


「ええ、このあたりでは、鯉の養殖が盛んだそうなので」


「鯉を食べるとは……」


「唐の国では、薬魚として食べられてきたそうですよ。健康に良いそうです」


「ほう……」


「ありがたくいただきましょう。滅多に食べられるものではありませんから」


「は、はい……! お、美味しい……」


「柔らかい、骨まで食べられる……」


 楽土と技師がそれぞれほっぺたを抑えながらうっとりとする。


「……で?」


 楽土たちが舌鼓を打っている中、藤花が自らと背中合わせに座る、小柄な男に尋ねる。


「……このまま北上して問題ないですよ」


「私のお目当ては?」


「基本、お城からは動かないようですね」


「そう……なにか動きがあったら知らせて頂戴」


「へい……」


「ああ、ついでにこれを……」


 藤花が小さく折りたたんだ紙を渡す。男が紙に書かれた内容を確認する。


「これは……」


「念のために用意しておいてくれる?」


「お安い御用です」


「いつも悪いわね」


「なんのなんの。姉さんには爺様の代から世話になっておりますので……」


「余計なことは言わない」


「これは失礼しました……それでは……」


 男が席を立つ。楽土たちがそれに気づきそうになったので、藤花が声を上げる。


「そうだ! ……次は逆立ち歩きを試してみましょうか?」


「本当に目立ちますって!」


 藤花の言葉に楽土が困惑する。

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