第44話 遠足のしおり

 彼にどうしたのかなんて、わかるわけがありません。

 自分は実際にパンが見ている夢にしかすぎないなんて、それこそ夢にも思っていませんし、ある程度菌が繁殖し、パンが焼かれるのと同時に消えてしまう存在だということなど、知る由もないのです。

 パンは夢を(色んな羊飼いa、b、cを)山ほど飼い、それがときどき一つにまとまろうとしたり、また別れて好き勝手やるのです。

 互いに同じ自分でありながら、他人めいていて、どうしようもない居心地の悪さを感じるでしょう。

 基礎となる〈羊飼いa〉を守るために始められたその増殖は、ある日突然どれが基礎であるか、わからなくなり、どうでもよくなってしまうのです。

 娼婦の膝で泣きながら「世界を変えたい」と叫ぶのは、世の中にあふれた景色です。

 この羊飼いのごとく、めいめい(あるいはメェメェと)理想はあるのでしょう。

 ですが、彼が(いえ、人はみな?)本当に達成したいのは、せいぜい「好きな女の子に賢いと思われたい」という程度のことなのです。

 うまくいけば「えらーい」くらいは言ってもらえるかもしれませんが、女の子たちは必要に応じ、いえ、不必要でも「すごーい」くらいは言いますし、内心すごかろうとすごくなかろうと、どうでもいいと思っています。

 人はときに、自尊心に縛られるあまり大局を見失いがちなのです。

 何か虚構の、それも都合よく格好いい(あるいは、都合よく恰好悪い)自分を、〈私〉本体の解体により、作り出してしまうのです。

 ときに、使い捨ての自分さえ、作ってしまいます。

 無駄遣いを防ぐためにも、

 一つ一つ確認し、正しく〈私〉の解体をしましょう。

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