第33話 a-6《唯一、物語らしい物語(文脈のゆくえ)》

 あたしは今、サルを待ち伏せしています。

 屋上の、用務員用の倉庫。

 打ちっぱなしのコンクリートに、所狭しと掃除用具が詰め込まれています。

 少しヤニ臭くはありますが、居心地は悪くありません。

 なんといっても、窓からの景色がいい。

 地平線の手前、川に跨る高架橋まで、ずっとずっと続くホテル街。

 この施設は、広大なホテル街のど真ん中の、山の頂上にあるのです。

 三六〇度ホテル街というのは壮観です。

 けばけばしいピンクと紫と水色、蛍光イエローのネオンが混ざり、八月三一日の蒸れた熱気で滲んで、むなしくって、温かくて、涙が出ます。

 朝焼けの頃、朝日で建物の輪郭がぼやけている風景なんか、もし宇宙に海があるなら、こんな風だろうと思います。

 建物の一つ一つで、あるカップルは営み、抱き合って、テレビゲームをして、税金の話をし、夢を語らい、爪を切り、子どもの頃の話を、しているのかもしれません。

 そしてまた、夢を見ます。

 ……その夢は、一つきりでしょうか?

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