第3話 夜会

 控室に戻るとドロシーが待ち構えていた。夜会に向けての着替えとヘアメイクのやり直しだ。ドロシーは私のウエディングドレスを脱がしながら、私の耳元で囁いた。


「お嬢様、ランスロット様の様子が変ですね」


 私はこくんと頷く。


「やっぱりドロシーもそう思う? さっきなんかソフィアやエレノアにめっちゃ長く挨拶してるの。多分この5年で私に話した言葉より多いわ」


 ドロシーもうんうんと頷く。夜会用のドレスはスカート部分がふんわりしている。ダンスでターンをすると綺麗に流れる素材だろう。


 そしてドロシーは私の結い上げた髪を一旦ほどき、ブラッシングしながら話しだす。


「お式の前も参列客と普通に話てたんですよ。あれは絶対無口じゃありません。お嬢様限定で無口なんですよ」


 なんで私限定で無口なのだろう。嫌いなら結婚なんて断ればいいじゃない。あっちは公爵こっちは侯爵。こっちからは余程のことがなきゃ断れないけど、あっちからは何もなくても断れるのよ。


 私はずっとランスロット様は無口なんだと思ってた。いや、信じてた。それなのに騙されてたなんて。


「お嬢様、もう結婚してしまったのですから、仕方ありません。もう愛し愛されたいなんて望むのはおやめ下さい。お嬢様を謀るなんてとんだ腹黒です」


 痛い痛い。


 ドロシーは怒りながらブラッシングするから髪が引っ張られて痛い。


 わざとしゃべらなかったのか? 


 しかしドロシーの言う通りだ。もう結婚してしまったのだから仕方ない。妻である私と向き合い、話し合う気の無い男なんて放っておこう、私は私で楽しくやればいい。


 運良く、ランスロット様は仕事が忙しく家にも帰れない日がある。ほんとに仕事かどうか知らないけどね。それに私はランスロット様の両親に好かれている。夫に愛されない可哀想な妻、健気な妻を演じてやろう。そして私はこっそり好きなことをやらせてもらう。よしよしいいぞ。可哀想な妻作戦だ。


「はいできました」


 ドロシーがネックレスをつけて魅惑の変身が終了した。


 カリスマ侍女、ドロシーの渾身のヘアメイク。私は結婚式とはまた違う美女に化けた。


 身に纏っているのはランスロット様色のドレスにアクセサリーだ。


 この国では、これが愛されている証拠なのだが、お義母様やお義姉様が気を使ってドレスとアクセサリーを用意してくれたようだ。私はこのドレスにも心をこめて刺繍を刺した。元も素敵だったが、もっと素敵になった。


 さぁ、私も侯爵令嬢のはしくれだ。結婚披露の夜会なんかアルカイックスマイルで乗り切ってやろうじゃないの。


 控室にランスロット様が迎えに来た。


「ありがとうございます。参りましょうか?」


 ランスロット様は私の姿を見ている。


 また頭のてっぺんからつま先までゆっくり見て「うん」と頷いたので、今度は言ってやった。


「たまには誉めて下さいませ。綺麗だとかよく似合っているとか、私以外の方には仰っておられましたわよね」ちょっと意地悪も言ってやった。


「良い」


 はぁ~?


 良い? どう解釈すればいいの?


 もうちょっと喋れよ! ほんとに頭にくる。



 私はエスコートも待たずに会場に向かってスタスタ歩き出した。


 会場の扉の前に近づくとランスロット様は私の腕を掴み、身体をグッと引き寄せた。


 扉が開く。


 もう~、この状態、めっちゃラブラブに見えるんじゃない? 私の腰に手を回し密着している。


 夜会に来てくれた人たちはみんなおめでとうと祝いの言葉を告げに来てくれる。父母も義父母も喜んでいるようだ。


 ランスロット様が側近をしている王太子殿下と国王夫妻に挨拶をした。


 王妃様は私の刺繍の上得意のお客様だ。ランスロット様のお義母様を通じて、刺繍の注文をしていただき、それからのご縁で可愛がっていただいている。

 お義母様と王妃様は仲の良い姉妹なのだ。


「ビーチェ、美しいわ。もう夫人と呼ばなくてはならないわね。よくランスと結婚してくれたわね。礼を言うわ。ほんとにビーチェはランスなんかには勿体無いわ」


 ランスロット様、けちょんけちょんだな。


「とにかく結婚できてよかった。夫人、ランスをよろしく頼む」


 王太子殿下はさっきと同じような笑顔を浮かべていた。


 音楽が始まった。いよいよダンスだ。結婚披露パーティーのファーストダンスはもちろん新郎新婦だ。婚約して5年デビュタントの時にランスロット様と踊って以来のダンスだ。ランスロット様はダンスは下手なのだ。下手というかなんだかとても踊りにくいのだ。


 やっぱり今日も踊りにくい。なんでだろう。見ている分には普通に踊っているように見えているだろうが、踊っている私は違和感が拭えないのだ。密着しなければならないところでも拳ひとつ分くらいは身体を離す。



やっぱり私のことが嫌いだから避けられているのかもしれない。それとも姉を思い出すから嫌なのかな?


 姉は父似で私は母似、顔も姿形もあまり似ていないのだけど、ちがつながっているのでどこか似ているのだろう。


 ダンスが終わると執事がやってきて、ランスロット様に何やら耳打ちをしている。


「それでは、私と妻はこの辺りで失礼いたします。皆様はこの後もゆっくりと夜会をお楽しみ下さいませ」


 ランスロット様が挨拶をした。


 この国の婚礼のお披露目夜会は途中で新郎新婦が引っ込む。


 ぶっちゃけ初夜の準備をして、初夜を行うからなんだけど。私たちはきっと白い結婚だから初夜は無いだろうと私は思っている。

 恋愛小説でおなじみの「君を愛することはない」なんて言われるのかしら? いや、そんなに長い言葉をランスロット様が言うかな? 「しない」くらいかな。とりあえず、湯浴みして身体を伸ばして、ドロシーにマッサージしてもらおう。ドレスもアクセサリーも重かったから身体がガチガチだ。


 私はランスロット様にエスコートされて自室に戻った。

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