1-4.恐るべき魔王、賢者を殺す(殺してない)

「私が、殺した」


「そ、そんな………」


 賢者殺害宣言 (大嘘)に呆然とする兵士達。私は更に手で顔を覆う魔王的ポーズを決めながら、続ける。


「跡形もなく、燃やし尽くしてやった…わ」


 ちょっと楽しいな、これ。でも、墓穴を掘りまくっている気がする。いや、掘ってる。


 私は今!墓穴を!掘っている!


 魔王の罪がなんだかしらないけど、とりあえず「賢者殺し」が追加された。


 目の前でがっくりと崩れ落ちる兵士たち。少年なんてわんわん泣いている。


「そんな、賢者様……」


「終わりだ……俺たちもここで死ぬんだ……」


 天を仰ぎ、大粒の涙を流す。


 こいつらいきなり戦意失いすぎだろ。今のうちにこの場を抜け出したいけど、出口の扉は兵士達に塞がれている。どうしたものか……


「信じてたよ、マキナ」


 あれ?今の声……


「え、アン!?」


 いきなり目の前に出てきた転移魔法特有の空間の歪みから、賢者アン・シプリーム、その人が姿を現した。


 まずい。私はっきりと「殺した」って言っちゃった。


 とりあえず正直に謝るか……


「あの、実は……」


「しっ」


 口を開こうとした瞬間、アンの伸ばして来たひとさし指が唇に当てられる。さらに、私とアンを白い布のようなものが覆い始めた。


「水混合魔法、【聖水布セインウォクロス】。今、私の姿は魔法のベールに隠されている。さらに、ベールの外側に別の魔法【悲恋霧ソロミスト】を撒いておいた。霧状の魔力を吸ってから5分くらいは、哀しみから抜け出せなくなる」


 なるほど、兵士達の戦意喪失はそういうこと……


「今のうちにここから離れるよ」


 アンは無表情のまま凄まじいことを言う。この状況で!?


「逃げるってこと?逃げて、それからどうするの……?」


「や、考えてない」


 即答。


「先のことまで踏まえて考えるのはとてもめんどくさい。まずは今どうするか。そして、その後のことはまたその時に考えれば良い。違う?」


「その考えには同意するけど、一緒に逃げるなんて、アンにメリットがない。どういうつもり?」


 めんどくさい奴だと自分でも思うけど、聞かずにはいられない。自分が相手の立場に立った時、堂々と人を助けられる自信がないから…


「賢者の仕事が予想以上にだるかったから。マキナを助けて辞めようと思って」


 メリットはあるのね。理由になってるような、なってないような。


「……なるほど。それで、具体的にここからどう逃げるの?」


「怠惰なマキナなら私を殺したことにしてくれると信じてた。お陰で、考えてた作戦が使える」


 あ、信じてるってそういう意味か…


 ※


 アンの「作戦」を聞いたものの、不安しか無かった。


「じゃあ、任せた」


「本気でこれで行くんだ……」


「大丈夫大丈夫。あいつら馬鹿だし。もう【悲恋霧】が切れるから、後よろしく」


 アンがそう言うと同時に、兵士たちが立ち上がり始めた。

 正気に戻った彼らに向き直り、思い切り高笑いをする。


「ふふふふ……あはははははは!!!!!」


「な、何がおかしい!」


「ごめんごめん。嘆き悲しむお前達の姿があまりに間抜けだったから、つい」


「ふざけるな!」


 舐めるな、殺してやる等と口々に叫ぶ兵士たち。

 次々と武器を構え向かってくるが、努めて冷静に、呟くように言う。


「ほら、出ておいで」


 私の台詞に合わせて【聖水布】を解き、アンが姿を現した。


「はい、魔王様」


 アンは無表情で抑揚のない声がデフォルトなお陰で、演技の上手さに関係なく洗脳された感が出ている。見事に兵士達は足を止めた。


横に立つアンを指差し、笑顔。


「この子、もう私の眷属だから。攻撃しても良いけど、大事な賢者様に当たっちゃうよ?」


 再びガックリと膝をつく兵士たち。だけど今度は魔法の効果じゃない。しっかり心が折れている。


彼らの間を悠々と通り抜け、優雅に詠唱。


「【飛ぶやつ、よろしく】」


 ※


 私とアンを乗せ、空飛ぶ絨毯は宙を行く。

 眼下には全く知らない街並みが広がる。少なくとも、王都ではない。

 さっきまで私たちがいたらしい城からはもくもくと煙が上がり、未だに魔物との戦闘が続いていることを示していた。


 風に当たっていると、だんだん気持ちが落ち着いて、不安になってきた。本当にこれで良かったのだろうか…


「お疲れ様。マキナ、随分ノリノリだったじゃん」


 アンは私の気持ちなど知らん顔だ。


「そ、そんなことないし…』


 確かに「少しは」楽しかったけど。もうあんな事やりたくない。フリじゃないよ?


「ま、これで私は面倒な賢者の仕事から解放される。マキナも自由の身。ウィンウィン、いえい」


 相変わらず無表情ながら、アンはうれしそうだ。


「あのごめん、実は私、自分じゃ何も覚えてないんだけど……魔王って言われてるくらいだし、とんでもないことをやらかしてるんじゃ……?」


 結局不安なのはそこ。頭にツノは生えてるし、賢者眷属化(仮)の罪もある。アンはなぜこんなに余裕そうなのか…


「ああ、それは…」


『魔王様!お待ちください!』


 アンの言葉をしゃがれた声が遮った。

 いつの間にか、魔物の大群が追いかけてきている。

 その先頭は、ガルーダの背に跨がる、ローブを着た骸骨。


 あいつ、何故か見覚えがあるような……


 …………

『さて、魔王様。昨日の話、忘れたとは言わせませんよ。今こそ宣戦布告の時です!』

 …………


「今の記憶は……」


『自力で脱出するとは、さすが魔王様!さあ、拠点に戻りましょう!』


「マキナ……あのホネは?」


 アンは既に立ち上がり、真剣な表情でこちらを見ている。

 彼女が何を言おうとしているか、口に出さなくてもわかる。

 私は大きく頷いた。


「あいつに捕まったら、やばい」


 絶対に振り切ってやる。

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