水の王国クルセイド

1-1.思ってたのと違う

 ぴちゃ、ぽちゃん……


「ううん……」


 頭が割れるように痛い。本当に時を飛ばせた…?


 少しずつはっきりとしていく視界に、私の白くすらっとした手が映り込んだ。


 ぴちゃ、ぽちゃん……


 おお、手が長くなっている。私、成長してるみたいだ。続けて、灰色の天井。


 ……中々渋い趣味だな、未来の私。


 それにしても、やけに薄暗い。それに、今の私の状態……かったい地面に寝ているようだ。なんか嫌な予感がする。


 目が完全に開いたけど、暗い天井しか見えない。これ、渋いというより……いや、とりあえず起き上がってみよう。


 ぴちゃ、ぽちゃん……


「よいしょ……ああ、ええ?」


 起き上がった瞬間、目の前の光景に私は言葉を失った。


 細い足には全くマッチしない黒い鉄球が、両足に括り付けられている。壁にはたいまつが一本あるだけ。天井の隅からぽたぽたと水がたれている。さっきまでの音はこれだったのかあ。


 かび臭いニオイが鼻をつく。天井だけじゃなくて床も、壁も灰色だ。


 そして私が羽織っているのは……ぼろい布きれ。それから……服は着ているみたいだけど、よく見えない。首輪のせいで。


 横を見ると、立派な鉄格子。その向こうに、槍を持って立つ人影が見える。


 流石にもう渋い趣味とかではない。


 ここ、牢屋だね。


 未来の私、何かやっちゃいました? 私に限ってそんな……とにかく、見張りっぽい人に事情を話して、色々聞いてみるしかない。


「あのー、すいません…」


「………」


 見張りっぽい人は背を向けたまま、答えない。


「すいませーん、ひとつお聞きしたいことがあってですね…」


「………」


「あの!」


ドォォォォォン!!!


 しびれを切らして大声を出した瞬間、見張りっぽい人がした。跡形もなく吹き飛んで、煙がもうもうと上がる。焦げ臭い臭いが鼻をつく。


「はい?」


 あっさりと人が死んでしまった。

 理不尽な状況に呆然としていると、まもなく煙の中から、2つの異様な影が姿を現した。


 一つ目の、図体のでかい全裸体の男。それからもう一人は、全身を甲冑に包んでいて、ロングソードと丸盾で武装している。


 誰?


『サイクロプス、救出に参りました』


『ゴーストアーマー。こんな貧弱な檻、すぐに粉々にしますから』


 なるほど、腰みの以外全裸の一つ目男がサイクロプスで、甲冑の方がゴーストアーマー……


 あ、甲冑の方、足がないや。一つ目の方も、肌が青い。明らかに魔物じゃん。


『フゥゥゥゥゥン!!!!!』


 サイクロプスが手を掲げると黒い棍棒が現れ、それを勢いよく鉄格子に叩きつけた。


 鉄格子はいとも簡単に砕け散り、サイクロプスのごっつい毛深い手が私に差し出された。


『もう二度と、魔王様を汚らわしい人間の手に堕とすことはしません』


『ええ、我等が命を持って誓いましょう』


「え、うん。何?いや、その棍棒を……頭に叩きつけるのね。あ、そっちは剣を……自分に突き刺すのね」


 魔物達がいきなり自害した。どういうこと?


 いや、待って。今、この魔物たち……



 私のこと、魔王様って呼ばなかった?



 いやいやいや。そんな、馬鹿馬鹿。だって私の理想はスローライフだ。大賢者の弟子として修行を終えたら、その後はもふもふやメイドや執事に囲まれて野菜作って過ごすんだ……


 呆然と足を動かした瞬間。


「ふげっ!」


 鉄球に足を取られて派手にすっころぶ。すると、耳に何か聞こえてきた。


「魔物が浸入したぞ!」


「数が多すぎる!」


「地下牢の魔王が解放されたかもしれない、誰か向かってくれ!」


 上の階の人間たちらしい。慌ただしく沢山の足音と声が動いている。水たまりに、角の生えた私の顔が映り込んでいる。


「そんなぁ……そんなのってないよ……めんどくさすぎる…」


 立ち上がった私は、鉄球を引きずって歩き出した。首輪も付けたまま。


 サイクロプス、ゴーストアーマー。自害する前にこれ、取ってほしかったよ。

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