第9話 キス?騒動

 シンシアが起きたのは3時間くらい経った後だった。俺たちはバーメランと一緒にシンシアの話を聞くことにした。

 「…ごめんなさい。私のせいで、グスッ、エルフの里が亡くなってしまいました」

 そう言って話し始めたシンシアの言葉はとても心のある人とは思えなかった。

 昔エルフの友達がいたこと、その友達が自分の父親…国王に殺されていたこと、それを知ったシンシアは友達の遺体を故郷の里に返しに行ったこと、それを追ってきた国王にエルフの里に住んでいた全てのエルフを殺されたこと。

 「……ということです。…謝ってすむ問題ではありませんが、せめて謝らせてください。すみませんでした」

 涙声で話し終えたシンシアは深々と頭を下げた。

 「そんなの…」

 「サクラ、ストップ。…俺たちは先に出てるよ。…さっ、サクラもアヤも行くよ」

 それに真っ先に反応しようとしたのはサクラだった。しかし、俺はそれを遮って部屋を出るように促した。そして、部屋を出るときに一言だけシンシアに伝えた。

 「シンシア。俺たちは何があってもシンシアの味方だからな」

 本当は何も言わない方がいいのかもしれないけど、シンシアの表情を見るとどうしても声をかけることを抑えきれなかった。

 外に出た俺たちは隣の部屋で待つことにした。そこでも会話らしい会話はなかった。

 「シンシアさん、大丈夫かな?」

 沈黙を破ったのはアヤだった。雰囲気に耐えられなくなったのか、気を使って話題を提供してくれたのかは分からないけど、俺はその話にのることにした。

 「…きっと大丈夫だよ。ギルマスが何とかしてくれるよ」

 俺は努めて明るい声を出した。

 「…どうして?…一緒にいてあげる方がいいじゃん!なんで止めたの!」

 今にも掴みかかってきそうな雰囲気で聞いてきたのはサクラだった。

 「…俺たちはあの場では部外者なんだ。…悔しいけど、俺たちはいない方がいいんだよ。余計ややこしくなる」

 「あっ。…ごめんなさい」

 俺がそう言うとサクラも分かったのか謝ってきた。俺はサクラの頭を優しく撫でながら答えた。

 「謝らなくていいよ。俺たちにできることはシンシアを支えることだからね。その役目まで奪われるつもりはないよ。それは2人も同じだろ?」

 「もちろん!」

 サクラは元気よく頷いた。アヤの方は視線が俺の手に釘付けだった。

 「アヤ?…おいで」

 そう手招きすると、アヤは小動物のように駆け寄ってきた。無意識なのかウサ耳とウサ尻尾がフリフリ揺れていた。そのまま俺の膝の上にちょこんと座って期待に満ちた瞳を向けてきた。俺はそのままアヤの頭も撫でた。

 「…私にはキスしてくれないの?…イツキさんは私が嫌い?」

 「えっ?」

 アヤはしょんぼりしながらそう言った。俺はどうしてそんなことを言い出すのか分からなかったけど、その言葉の意味を理解した時顔が赤くなるのを感じた。

 「…アヤのことが嫌いなわけないだろ。急にどうしたんだ?」

 俺は強がって普段通り返した。彼女には少しでもカッコよく思ってもらいたい一心だったけど赤くなった顔だけは隠せなかった。

 「そうだよ!私だってキ、キ、キス、なんてしてもらってないのに!…そりゃあ、アヤちゃんもいっちゃんの彼女なんだし、して欲しいって気持ちは分かるけど…」

 サクラは俺以上に動揺しているみたいだった。チラチラと俺の方を見ては目が合うとすぐに逸らした。

 「そうなの?イツキさんはシンシアさんにキスをしてたから、てっきりまだキスしてもらってないのは私だけかと思った」

 アヤがそう言った瞬間その場の空気が固まったように感じた。サクラは油をさし忘れた機械のようにギギギッとぎこちなく振り向いた。何も言わないけどその目は"…本当なの?"と尋ねていた。

 「…そっか。見られてたんだ。…あれは俺が我慢できなくなってしたキスだよ。…アヤもしてほしい?」

 「うん!」

 俺が聞くとすぐに元気な返事が返ってきた。そしてアヤは目をつぶった。そのままアヤの方へ顔を近づけていった。

 「⁉︎やっぱりダメ!」

 もう少しでアヤの額に唇が触れるというときにサクラの叫び声が響いた。驚いた俺はアヤから距離をとってしまった。

 「サクラ?どうしたんだ?」

 振り向いた俺が見たのは目に涙を溜めているサクラだった。

 「…イヤなの。いっちゃんが私の目の前で他の女の子にキスするのは!」

 俺はサクラの言葉の意味がよく分からなかった。俺の中では"親愛"を表す最大の方法は額にキスをすることだと思っているからだ。しかし、アヤはサクラの気持ちが理解できるみたいだった。

 「ごめんなさい、サクラさん。少し揶揄からかいすぎちゃった。…先にサクラさんがやってもらう?」

 「…いいの?アヤちゃんがやってほしいんでしょ?」

 「私は後でもいいよ?」

 アヤがそう言うとサクラはアヤに抱きついた。

 「ありがとうアヤちゃん!アヤちゃん大好き!」

 「…う、うん」

 アヤは少しだけ気まずそうに視線を彷徨わせた。俺にはどうしてか分からなかったけど、アヤが悪いことをするはずがないから気にしないことにした。…それにしても、サクラもしてほしかったんだな。

 「…ね、ねぇいっちゃん。私にも、その、キ、キ、キ…」

 「キ?」

 俺はサクラが言いたいことは分かっていたが、顔を真っ赤にしているサクラに意地悪したい気持ちが働いて知らないふりをした。

 「キシュしてください!」

 …噛んだ。可愛すぎる。自分でも気づいたのか、サクラは涙目でプルプルと震え出した。

 「ふふ、いいよ」

 そう言って俺はサクラの肩に手を置いた。一瞬大きくビクッと震えたけどそのままサクラは目を閉じた。そして、唇を少しすぼめた。俺はこの瞬間やっとすれ違いに気づいた。そして、俺は悪魔の自分と天使の自分の言い合いを幻聴した。

 「ここは素直に勘違いを正してやり直すべきだよ」

 「何言ってるんだよ。せっかく彼女が待ってるんだぞ?ここは男の甲斐性かいしょうを見せるべきだ!」

 「…いやいや、まだ幸せに出来るか分からないし…」

 「なんだぁ?俺はサクラたちを捨てるつもりなのか?過去の女にするってか?」

 「そんなわけない!」

 「じゃあ、何も問題ないだろ?いつまでも曖昧なのは良くないんじゃないか?」

 「…そう、なのかな?」

 どうやら悪魔の方が優先っぽかった。9割がた唇へのキスに気持ちが傾いたとき、天使の俺が起死回生の一言を放った。

 「…やっぱりダメ!一番最初はムードがある方が絶対にいいよ!こんなところで初めてはダメ!」

 「…そうだな。俺が間違ってたよ」

 そう悪魔の俺は認めた。これでシンシアと同じように額にキスすることに決まった。そして周りの視線が入ってくるようになった。…俺たちをワクワクした眼差しで見つめるアヤの姿を。俺はその視線を無視してサクラの額にキスをした。

 「あれ?」

 サクラは思っていたものと違ったからか間の抜けた声を出した。

 「あはは!あれ、だって!おっかし〜!」

 「⁉︎ア〜ヤ〜!だましたわね!」

 俺たちのキスを見たアヤが不意に笑い出した。どうやらアヤは俺たちの勘違いに気づいていたようだ。サクラは顔を真っ赤にしてアヤの頬を引っ張った。

 「はふらはん、ほめんははい。ふいへひほほろへ(サクラさん、ごめんなさい。つい出来心で)」

 「…まったくもう。じゃあ、罰として私たちのことを呼び捨てで呼ぶこと!私もアヤって呼ぶから」

 そう言ってサクラはアヤから手を離した。

 「…うん!分かったサクラ」

 「よろしい!…ふふっ」

 「えへへ」

 サクラとアヤは互いに笑い合った。2人が仲良くなったなら良かった。

 「じゃあ、次はアヤの番だね」

 サクラはアヤの背中を優しく押した。そこでアヤが俺の真正面に立った。そして、アヤは静かに目を閉じた。俺はサクラのときと同じように肩に手を置いて額にキスをしようとした。

 「…イツキの意気地なし」

 アヤは顔を近づけた俺だけに聞こえるように呟いた。…そうだな。いつまでも曖昧にするのはダメか。もうそろそろ決意を固めるべきなんだよな。

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