鈍感勇者と勘違い賢者のままならない恋愛事情

蜂谷

一章

第1話 プロローグ

 村人からの依頼を受けた四人は、村の周辺に住み着いたゴブリンの討伐に向かっていた。

 村の畑は荒らされ、ケガをした村人も出てきている。四人は勇者パーティだ。彼女たちだけではない、王から命令を受けた勇者のパーティは各地に散らばり、魔王を倒すべく日々魔物と戦いを続けている。


 今日のように地方には魔物に対して防衛する手段を持たない村や町は多い。四人がたまたま立ち寄った村の問題を解決するのは、勇者パーティとしての責務だった。


 勇者は全て民の味方たれ、王命として出されるそれは一種の呪いだ。平和の為にすり潰される人的資源なのだ。

 そんなことは百も承知だと言わんばかりの勇者と剣士の二人に比べ、賢者の男と僧侶の女の二人はいささか現実的だ。


「まだ村の被害も大きくないですし、騎士団に要請したほうがいいと僕は思います」

「そうですよ、私がケガした人たちも治しましたし、あの防柵があれば騎士団の到着まで間に合いますよ」


 二人は村の状況を冷静に判断して提言を行う。しかし前衛の二人の圧のほうが強かった。


「待ってるだけじゃまたいつ襲われるか分からないじゃん。ボクはそういう村の人の不安も取り除いてあげるのがいいと思うな」

「元騎士団の一員として民か傷つくのは見過ごせない。俺は戦うぞ」


 そう言われてしまっては反論も出来ない。確かに自分たちが対処したほうが被害は最小限に抑えられるだろう。しかし自分たちには魔王討伐という使命がある。無駄とは言わないが余計な依頼は出来るだけ避けるべきだと後衛の二人は思っていた。


「ん!待て、ゴブリンだ」


 短く切り揃えられた金色の髪をした剣士の男が指をさす先に、木の棒をぶらぶらもってうさぎを襲おうとしているゴブリンがいた。偵察に飽きたのか、単に食料を調達しに来たのかは分からないが、ゴブリンは殲滅対象の魔物だ。勇者の女が周囲に他のゴブリンがいないことを確認してから駆け出す。その後を追う様に三人は走るが、身体能力の高い剣士が勇者の後ろを追走しているだけで、賢者と僧侶の二人は離されていく。


「ゴブリンは、殲滅対象、だよ!」


 一足早くゴブリンの元にたどり着いた勇者が、その赤色に光る髪をなびかせながら、ゴブリンに切りかかった。

 その剣先はウサギを襲おうとしていたゴブリンの右腕に当たり、そのまま腕を両断させた。


「ウギャアアアアア」


 大きな悲鳴を上げたゴブリンだが、周りに味方はいない。ゴブリンが切り落とされた腕を逆の手で塞ぐように屈んでいると、その首元に勇者の剣が振り下ろされた。

 ゴロンと胴体から離れた首が、その命の終わりを示していた。剣士の男が勇者に追いつく。


「エミリは相変わらず速いね、一応魔物なんだから二人でかからないと」

「ごめんねー、カーズさん、ボク魔物を前にするとちょっと興奮しちゃうから」


 ショートヘアの勇者が興奮するのには訳がある。彼女の加護”勇敢な心”のせいである。

 この加護は魔物に対してダメージの上昇、味方や仲間への鼓舞、狂戦士化による殲滅力など、多くの勇者が持つ加護の一つだ。剣士の加護は”堅牢の盾”、守ることに特化した加護だ。敵を引き付ける、シールドという膜を張り敵の攻撃を防ぐ、味方のダメージを肩代わりするなどといったものだ。


 主にこの二人が前衛となり、後ろから遅れて走ってくる二人を守っている。

 もちろんこの後ろの二人は、守られているだけの存在ではない。賢者は加護”叡智の器”を持ち、あらゆる魔術への適正、補助や回復までもこなす超常の力を得ている。僧侶は”癒しの光”、主に癒しや守りの奇跡を起こすことが出来る、聖職者には多く存在する加護だ。


「気を付けてよ、クリコの回復を当てにしちゃだめじゃないか、奇跡も万能ではないんだよ」

「ごめんごめん、でも危なくなったらカーズさんが守ってくれるから」

「そう!俺が守るから大丈夫さ」


 剣士の男、カーズが自信満々に答える。今までも彼の守りに助けられてきた場面は多く、その信頼は厚いものだ。


「しかしゴブリンとはいえ、一人で戦うのは危ないんだから、気を付けないと」

「はいはい、ほんとアレンは口うるさいな~、それよりゴブリンがいたってことは拠点も近くにあるかも、カーズさん探しに行こうよ」

「…そうだな!周囲の警戒をしっかり行うように」

「はい!」


 黒い髪の賢者、アレンの忠告を小言のように受け取り、勇者はサクサクと前へ進み、ゴブリンの探索を始めている。


「あ、アレンさん、頬に傷が。今治しますね、癒しの加護よ、我に力を与えたまえ」

 僧侶が祈りを捧げ、頬に手を当てて集中すると、アレンの頬についた切り傷がスーッと治っていった。

「ありがとう、クリコ」

「いえ、これも私の役目ですから」


 銀色の長い髪を後ろで結んでいるクリコが、アレンの頬に手を当てているのを、周囲を警戒していたエミリは見ていた。


(やっぱりお似合いだな……)


 エミリは自分では気づいていない小さな嫉妬心を隠すかのように、必死に探索をする。すると前方にゴブリンの拠点と思われる小さな洞穴を見つけた。


「カーズさん、見つけたよ。あれじゃないかな」

「おぉそうだな!さすがエミリだ、目がいいな!」


 エミリがカーズの腕を引っ張り、大声を出さないように耳もとでヒソヒソと話す。

 その姿はまるで内緒話をする恋人のようだった。


(また引っ付いて……)


 アレンは回復してもらったクリコに礼を言いながら前方で楽しそうにしているエミリを見る。



((そりゃそうだよ(な)ね、だって好みのタイプだ(し)もん)



 これはエミリとアレンの両片思いが織りなす物語である。

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