第4話 君、私のギアになってくれない?



  ◇



 オレは迷っていた。

 玄関のドアを開けようか、迷っていた。

 これは生きるか死ぬかの究極の選択である。――多分。


「この先に居るのはおそらく本物のバケモノ……」


 赤いオーラを発するドアを睨んでいた時だった。


「お兄ちゃん、そんな所で何してるの? 外に誰か居るの?」


 声の聞こえた後ろを向くと、傍の階段沿いの壁にて白愛が顔をひょこんと出していた。

 可愛い。オレの妹可愛い。けど今じゃない! 今じゃないんだ! 


「白愛、お前は部屋に居ろ」


 オレはイケボを出し、果敢にも前を見る。その恐ろしい玄関を。

 人生で一番カッコを付けた瞬間である。


 妹のためにオレは戦う! 戦うぞ! 

 任せておけ白愛よ。

 オレがカッコいいトコ見せてやる!

 

「え、どうして?」


 すると、


《ピンポーン》


 鳴るインターフォン。しかし外に居るのはバケモノ!


「ん? お兄ちゃん出ないの? ならあたしが……」


 なんと、素早い身のこなしで白愛はすっと行ってすっと扉を開いてしまう。


「おい! その先にいるのはバケモノだぞ!!」


 数センチ開いた扉の向こう側へ顔を出した白愛を引こうと腕を掴むが、彼女は何事もないかのように普通に顔を引っ込め、オレを睨んでくる。


「お兄ちゃんサイテー。こんな綺麗なお姉さんにバケモノとか言ったの? 謝りなよ」


 ドアが大きく開いた、その先に見えたのはブラックスーツ姿の黒髪ロング女子。

 オレは戦闘体勢で身構えると同時、相手の容姿に面食らった。


「え」


 そう、美し過ぎたのだ。水流のごとく真っすぐ伸ばしているその黒髪に心を奪われた。


「夜分遅くにごめんね。私は霧神きりがみ あかね。怪しい人じゃないから安心して、柊 蒼斗くん」

「ん……オレがいつ警戒してるって言った?」


 それに名前まで知られている。


「顔の緊張具合とか? そういうので心情を無意識に語ってるケースがある。君はそれだね」


 魔性の微笑みと共に上目遣いしてくる。

 この女、男を落とす方法を知ってる動きだ……だがっ。

 くそ……可愛い!

 

「私は異能士。率直に述べると、柊くんを勧誘しに来た」

「オレを勧誘? 邪悪な宗教の勧誘は受けないぞ」


 危ない危ない騙されるところだった。

 まったく最近の宗教勧誘はこんな美人を起用するのか! けしからん!

 とか思ってみたり。


 演技は心から、というオレの名言。ちなみに今作った。


「お兄ちゃん、話聞いてた? この人、異能士だって言ってるじゃん」

「そんなの嘘だ! こんな白愛と同等かそれ以上の美人異能士が居るとでも? あり得ないね!」


 オレは腕を組み、そっぽを向く。


「私が美人? そうかな……?」


 不思議そうに自分の顔を触る霧神とかいう女子。

 そうやって確かめて自分が美人かどうか判断できるとでも思ってるのか? 

 もしかして案外うぶなのか? 天然なのか?


 一方オレの隣では、


「おにぃーちゃーん?」

 

 白愛がジト目で負の感情を押し出してくる。


「いや、違うぞ。決してこの人が美人過ぎて、白愛が見劣りするとか、そんなんじゃないぞ!」

「あーもういい! お兄ちゃんサイテー! 大っ嫌い!!」


 白愛はオレを軽く突き飛ばし階段を駆け上がっていく。


「はははっ、君、面白いね」


 玄関で佇む彼女は他人事だと思って、頬を緩めた。

 さて、少し卑怯なやり方で白愛には退場してもらったわけだが。


「そんな風に妹さんを追い払わなくても、別に私は君たちに危害を加えたりしないよ。……疑われてるんだね、私。でもその判断力、悪くないよ」


 目の前のこの女子、間違いない。準一級以上。いや……明らかに特級レベル。

 飄々とした態度をしているが観察力や視点の鋭さはレベチ。

 でも殺意や敵意は感じない。つまりオレの暗殺が目的ではないのか。

 

「先程オレを勧誘とか言ってたけど、あれはどういう意味だ?」


 改めて彼女を見るととんでもない美人。正直これ以上の女子には未来永劫出会えないだろう(確信)。


 漆黒の長い髪と紅い瞳。白い肌と綺麗な顔立ち。大人びた雰囲気。身長は目測で160ほど。

 それだけでも充分モデル顔負けだが、スタイル抜群で黒のタイトスカートから見える脚線美。ガーターベルト付きのニーハイソックスに包まれている。そして靴はハイヒール。


 ……ある意味バケモン。そう、ある意味。

 とんでもない美少女だが、そんなことはどうでもいい。

 問題は彼女の眼……「あかい瞳」であること一点。


「そのままの意味なんだけどな。柊くんの実力、私の所属する機関では既に知れ渡ってるの。しらばっくれても無駄だから」


 スーツ内からARタブレット端末を出す。ARタブレット端末とはスケルトンになっている最近主流のタブレットだ。ガラス上に光学映像が映るものと皆認識している。

 そこにはオレが一体の影人を「無光ヴォイド」でボコるシーンがバッチリ監視カメラ映像に映っていた。

 しまった。あの時監視カメラを潰し忘れた……。


「これを見て、私ビビッと来ちゃった。このブラックホールのような技……おそらく柊家の奥義、だよね? だからさ――」


 何か嫌な予感がした。面倒なことを言い出しそうな予感。

 しかしまだ挽回の余地はある! 神よ! オレに力を!

 オレは安定、安全、安心の三大安(オレ作)が大事なのだ。それ以外のものは欲しくないのだ。

 だからそのセリフを遮る。


「いや待て。この映像に映るのは本当にオレか?? もしかしたら違うかもしれないぞ。他人の空似かもしれんぞ?」

「それはあり得ないかな。監視カメラに搭載されている生体認証システムは嘘をつかない。それにこの東京都周辺に『ひいらぎ』は君と妹さんしかいないんだよ?」


 神は……死んだ……。

 オレの必死の誤魔化しも意味をなさず。

 くそ。結構ぬかりないな。


「だから君は本物。月虹学院の成績やレベル『-1』の秘密も知ってるよ。私も『虚数術式』持ってるからね」

「なに……っ?」


 この人もアレを持ってるのか?

 

 異能には『術式』という技術が存在する。簡単に言うと、その術式にマナを入力して出力されるものが異能なのだが。

 かつてそれを理解している人間は腐るほどいたが、100年ほど前に全滅した。

 いや、正確に言うと全滅した。

 

「うんうん、いい顔するね。そうだよ。私も持ってるよ」

「じゃあ君は『何色』?」


 オレは反射するように質問を投げていた。もはやこれはさがだ。そうなる運命さだめ。七色のうちのどれか、それを聞かないという選択肢はない。


「まだ、秘密。でも君の返答次第では、教えてあげるよ。私の全部を」


 艶めかしい笑みを見せてくるので思わず抱きしめたくなる。

 初対面でこの様である。なんとお恥ずかしい。


「そこで私、君にお願いがあるの」

「お願い? なんだ? 危ない宗教は……」

「違う違う。さっき言ったでしょ、勧誘に来たって。私の所属する影人討伐組織『星影ほしかげ』は精鋭中の精鋭を集わせた極秘機関なんだけど、そこに君を戦力として投下したい」

「いや待て、嘘だろ? そもそも極秘機関『星影』? そんな討伐組織聞いたこともないぞ」


 自分で言っていて、極秘の機関が周知されているわけないと自己解決してしまう始末。


「嘘じゃないよ。君も知ってるでしょ、虚構を扱う伝説の七人・虹のiアイが突然姿を消したって。私はその一角……国家機密指定を受ける特級異能士・霧神 茜」


 おいおいマジか。まじもんだ。まじもんのバケモノだ。


「でもさ、異能士って『ギア』っていう二人一組ツーマンセルで活動するのが基本でしょ? 私と肩を並べられるほどの実力者が居なくて困ってるの」


 でもこの時、オレは思った。

 本当は心のどこかで、君を待っていたのかもしれないと。

 オレはこの現状に満足していなかったのかもしれないと。

 誰かに支えてほしかったのかもしれないと。

 誰かを支えたかったのかもしれないと。


 それは林檎は落ちるのと、地球が回るのと、何ら変わらないことだった。


 そう錯覚してしまうほど、彼女は―――。



「だからね、君、私のギアになってくれない?」



 ―――美しかった。 


「分かった」


 オレは思わず即答した。溜めていた警戒心も空しく、オレは無抵抗に応じた。

 長い髪を揺らし傾く彼女の微笑を見たら、拒めなくなってしまった。

 やれやれお手上げた。こんな美少女に誘われて、断れる男子高校生はいないだろう。



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