第7話 潜伏先の伯爵邸

 城からの帰り道は何事もなく、だれにもばれずに屋敷に帰ることができた。


「父上の顔が見られてよかった。お前の働きのおかげだ」


 どうやら感謝しているらしい。ありがたく受け取っておく。


「国王陛下も喜ばれていたようでしたし、よかったですね」

「そうだな。それで事件について思い出していて、新しく思いあたることがあった、カミラの屋敷は調べたか?」

「カミラ? いいえ。どちらのカミラでしょう」


 何人か思い出す顔があった。カミラはありふれた名前だ。


「ミネアには同世代の友達がいなかったが、1人だけ年上の女性と親しくしていた。あまり私は会ったことがないが、いつも喪服を着ている…伯爵夫人だったか?」


 王子にしてはよく覚えているほうである。特長を聞いても私は思いつかなかったが、知っている人がいるかもしれない。調べてみる価値はある。


「そこまで分かれば十分です。私の方で調べてみます」

「うむ、任せた」


 猫王子は身体で大きくあくびをしている。


「それにしても眠いな」

「猫ですからね」

「猫は眠くなるものか」

「ルミエラもよく寝ていました」


 ルミエラは猫の中でもよく寝る方だった。たまに起きては私の脚にまとわりつき、餌をねだる。かわいいルミエラのことを思い出すとつらくなる。一刻も早く帰ってきてほしい。

 王子はそのまま寝入ってしまった。


「カミラという女性を知っていますか? いつも喪服を着ている伯爵夫人だそうなのです」


 聞いたのは兄にだ。

 私はあの後すぐ、食事の席で兄に聞いた。両親は所用で出かけていて、今日の夕食は兄と私の二人だった。

 兄は私より6も年上なので、付き合っている友人の層も違う。また、父に連れられて仕事仲間のグループにいることも多く、私の知らない人でも知っていることがあった。


「カミラ、カミラ・サミュエル伯爵夫人かな」


 兄はすぐ思い至ったようだ。


「どこだかの侯爵の娘で、サミュエル伯に嫁いだが、少し前に伯爵が病気で亡くなってね。以来喪服を着ている。彼女がどうした?」

「王子の新しい婚約者と親しくしていたと聞いて、気になっただけです」

「そうか、珍しいな。カミラ夫人はめったに社交界にも顔を出さないから」


 貴族は人数も多いし、社交をしていなければ、話題にめったに上がらない。

 家にこもるように生活をしているのだろう、カミラ伯爵夫人とミネア・レイトナ男爵令嬢、どのようなつながりがあって出会ったのか。


「でもサミュエル伯の名前は聞いたことがあります。なぜでしょう?」

「有名な話だから聞いたことがあったのではないか。サミュエル伯が死ぬ前、せめて子どもに残せるものをと考えて、幼い息子に婚約を取り付けたんだ。当時8歳だったか。あまりに幼いのと、身分差があったのでずいぶん話題になったよ」


 そうだ、そんな話を噂できいたことがあった。婚約の相手はたしか…


「あ、思い出した。コーウォール侯爵」


 兄の口から突然出てきた名前にびっくりする。コーウォール侯爵、さゆりことトリスタンの家だ。

 トリスタンについては敵対する家門だから家族に知られてはいけないと、会うのも慎重に分からないように進めていたのだが、何か気がつかれたのだろうか。びくびくしながら聞き返す。


「コーウォール侯爵がどうかしたのですか」

「カミラ夫人の実家だよ。彼女はコーウォール侯爵の長子だ」


 私はびっくりして目を瞬いた。

 つまりカミラという女性は、トリスタンの姉だということになる。


「そうなのですね。お兄様はカミラ夫人のお住まいをご存じではないですか」

「子どもがいたから、伯爵家に残ったはずだが…会いたいのか?」

「はい、王子の死に関わっているようなきがして」


 私が正直に答えると兄は怪訝な顔をした。


「エリザベス、気になるのは分かるよ。私たちの将来に関わることだからね。でも事実ではない限り、疑惑はいずれ晴れる。逆に今あまり私たちは動かない方がいい。あやしい動きをしているとにらまれてしまう」

「ごめんなさい、そんなつもりではなくて」

「分かっているよ」


 兄の口調は優しかったが、有無を言わせない調子で、私はそれ以上何も言えなくなった。兄は、私が猫経由で真相を知ったとは知らない。疑いを晴らそうと焦っているようにみえたのだろう。心配するのも無理はない。

 兄の気持ちは、年長者として、年下の家族を思いやるものだ。なんせ年長者歴は長いので、その気持ちがよく分かった。ありがたく受け取っておく。


 さて、男爵令嬢の居場所の目星がついたが、これからどうしようか。

 誰かを通じて、情報を城に持ち込むのが一番安全な方法だ。ただ、どれだけ本気で請け合ってくれるかわからない。

 私は殺害された王子本人から話を聞いて、確信を持っているが、ほかの人たちは、ミネア・レイトナ男爵令嬢は、かよわく、相思相愛の相手とようやく婚約できたところで、相手が殺害されて、傷心で、家に籠っていると思っているのだ。そんな令嬢が伯爵家にいたところで、友人と会いに行っていたとでも言われればそれで済んでしまうだろう。

 部屋に戻って、いろいろ考えていたが、あまりいい案が思い浮かばなかった。


「ふわぁあ」


 寝起きの声がする。王子が起きたようだ。


「カミラという女性のこと、わかりましたよ」

「そうか、早いな」


 王子は寝ていたので、あっという間に感じるだろうが、数時間たっている。


「カミラ・サミュエル伯爵夫人、コーウォール侯爵の娘だそうです」

「そうか。それでそこにミネアはいそうか」

「いる可能性はあると思いますが、今はなんとも。どうすれば調べられるか考えています。下手をするとこちらの動きがばれて、警戒される可能性もあります」

「なら、最初から直接行けばいいのではないか? ミネアがいれば部屋でも捜索して、証拠らしいものを見つければよい」


 王子はさらっととんでもないことを言った。私は血の気が引いていくのを感じた。


「殺人者がいるかもしれないのですよ。もっと慎重に…」

「嫌だ。そなたが反対しても私は行くぞ」


 王子は決意した顔をしていた。何を言われても気持ちはゆるがない。そういう顔だ。


「私は父上に会って、決めたのだ。一刻も早く真相を明らかにして、父上の心労を取り除いてさしあげたい。なに、王城にだって忍び込めたのだ。伯爵邸程度わけもないだろう」


 城への潜入で、変な自信をつけてしまったらしい。


「お城は王子が詳しく道を知っていたから…」

「とにかく、私は行く。これは確定事項だ」


 王子はそれ以上は話を聞かないと、開いている窓のほうへ向かう。そのまま窓から降りて伯爵邸に行くつもりなのだろう。

 私は泣きそうになった。王子が危険な目に合うのは、王子の勝手だから気にならないが、今の王子はルミエラの身体を持っている。実質ルミエラが人質ねこじちにとられているのである。

 ルミエラと過ごした6年間を思い出す。うちに来たときはまだ子猫だった。周囲となじめずにいた私を心配した母が連れてきた子猫。友達はいなかったが、ルミエラがいてくれたから平気だった。たまに寝床に上がって一緒に寝た。社交がうまくいかず、落ち込んでいた時も慰めるように近くにいてくれた。寿命の違う動物なので、いつかは離れる覚悟をしていたが、まだその時ではないはずだ。


「わかりました、私もついていきます。ただ準備は必要なので、明日の夜まで待ってください」

「そうか。今気づいたが、私は伯爵邸がどこにあるか知らないからどのみち一人では行けなかったな。場所も含めて調べておいてくれ」


 部屋を出てすぐベルナールを呼んだ。


「ベルナール、お願いがあります。誰でもいいのでサミュエル伯爵家へ出入りしている人間を明日の夜、私の前へ連れてきて。あと伯爵邸の場所も調べてください」

「承知いたしました。ついに分かったんですね、男爵令嬢の居場所が」

「ええ、明日、乗り込みます」

「私もご一緒してもいいでしょうか。ゲームとは違う展開のこの話、ラストにはぜひ同席したいものですから」

「危険ですよ」


 ミネア・レイトナは殺人事件を起こしている。その潜入先の屋敷に直接忍び込もうというのだ。


「ええ、もちろんわかっていますよ。そんな危険なところにお嬢様だけで行かせるわけにはいきませんし、ご一緒させてください」


 ベルナールは仕事に向かった。

 私は部屋に戻り、急いで手紙を書いた。道場のケイティ宛だ。封をして使用人に届けるように頼む。


「これでよし」


 私のできることはすべてやった。あとは待つだけだ。



 翌日の夜、私の前に届けられたのはミネア・レイトナの家、男爵家の家令だった。


「何をする!」


 手脚を縄で縛られ、芋虫のようにうねうねと動く男は目隠しをされていた。


「ここまでしろといいましたっけ」


 連れてきたベルナールを軽くにらむと、ベルナールはしれっとした全く悪びれない顔で


「これくらいしないとついて来なかったので致し方なく」


 といった。非人道的だが、連れてきたことには違いない。私はため息をついて、肝心な本題に移ることにした。


「あなた、サミュエル伯爵家に出入りしているということは、そこに男爵令嬢がいるのでしょう」


 家令は何も答えない。答えないが返事は重要ではないのでかまわない。ついでに何か情報でも落とせば儲けものだと思って続ける。


「男爵令嬢が王子を殺害した犯人だと知っても、態度をかえないかしら」

「でたらめだ。あのか弱い令嬢にそのようなことができるはずもない」

「見上げた忠誠心。男爵家は幸せに思うでしょう」


 これ以上の会話は無意味と判断した私はベルナールを指さした。せっかく目隠しまでしてこちらの情報を隠しているのだから、名前を呼ぶことはできない。


「あなた、背格好が一緒でしょう。この男の服をはいで着なさい」

「えー、私ですか?」


 ベルナールは心底嫌そうな顔をしている。せめて一回洗濯してからといわれたが、乾くのを待つほど時間はない。


「我慢」


 あとで愚痴られたが、この時着せた家令の服はものすごく臭かったそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る