第二十一話 ハッピーバースデートゥーユー


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「はぁー。参った」

「申し訳ないッス」

「美海さんのせいじゃないよ。ここまで酷いことになるなんて、思ってなかったな」



 現在地、ギルド社の入口前。

 物凄い人だかりだ……。

 俺の転生は夜明けと共に始まるとの事で、神域から帰ったあと一応報告会をして。俺が危ない目に遭う可能性があり、波乱があると伝えて今は夜明け前。


 どす黒い感情に支配された人達が、群れを生してギルドに設置された結界を叩いている。

 仮眠していた俺たちはコレに叩き起された。


 そう、これは昨日の女の子の件で起きた事態なんだ。




「あんな小さい子に手出しをするなんてクソ野郎!変態!」

「有名人だからって何でもしていいのか!!」

「自警団もグルなんだろ!!!信用出来ねぇ!」


「そうだそうだ!」

「結界壊せるやつはやれ!」

「犯罪者を捕まええろ!」

「いや!殺せ!!!」




 結界前で騒いでいる人達が言うのは、昨日の女の子の事。

俺たちが寝たあと街にいたその子を、美海さんが乱暴したと。

 画像記録に残っている、証拠がある、目撃者がいる。犯罪を犯した美海さんを捕まえに来た、と言っている。

 マジで何言ってんだかわからん。

 そもそも美海さん女子だぞ???中身は男だが。まだ野郎じゃない。




「巫女、結界はどのくらい保つ?」

「スズ、あれだけの人数で結界を攻撃されたらあまり保たないよぉ。もう、そこら中にヒビが入ってる」


「私たちも手伝います。修復して補強しましょう。私は北を修復、獄炎は南を」

「おう」


 二人が走り去って行く。



「どうして、こんな風にしたの?ワンちゃん…」

 ぽそりと呟く巫女に振り向く清白。

 顔が真っ青だ。




「巫女…何故アイツを?まさか…まさか!!」

「あの子はワンちゃんの生まれ変わり。中身が同じだよ。見逃すべきじゃなかったね。

 前のキャラクターが凍結中に、既に作られたキャラクターを購入して、ログインしていたんだと思う。RMTだっけ?

 その命の形で転生して、ボクたちに接触してきたんだ。

 はじめはスズに会いたくて来たんだと思ってた。ボクなら、紀京とああなったとしても忘れられないし、また会いたくなるから」


 清白が頭を抱えて、蹲る。

「クソっ!!クソ……殺してやる……あいつ……アイツ!!!」

「清白……」


 膝を落として、小さく丸まって震えてる清白の肩を掴む。




「清白まであの人と同じ所に落ちてはいけない。殺すなんて、ダメだ。

 俺達にはやることがあるだろ?ここで生まれかわって、神様になって、みんなを助けていくんだ。

 神様がそんなことしちゃダメだ。

美海さんだって、そんなこと望んでないし、俺も、巫女もそうだ。悪し様に言うのは良くないが、あんな事する人を殺して、清白がその罪を背負うなんて俺が耐えられない」


「紀京…紀京…。ちくしょう、俺のせいで…俺のせいなんだ!」

「清白、違うよ。

 清白は、ちゃんと好きだった。大切にしてた。

相手が悪かっただけだ。清白が悪い事なんて、ひとつもないよ。事件の証拠なんてでっち上げだ。

 それこそ俺たちがゲームマスターに頼めばいい。死神の館で見た、記録を正式に引き出せるんじゃないか?そうだろ?清白」


 何度も清白の名を呼ぶ。堕ちて行くな。

 清白はそんな事しちゃダメだ。

 殺すなんて事、したくないはずだろ?


 清白がハッとして、顔を上げる。

 涙に濡れて、唇噛んだのか?血が出てるぞ。そっと回復術をかける。




「紀京…頭に血が上っちまった。ごめん」

「ん。俺も巫女に美海さんみたいなことやられたら、バーサーカーになる自信あるぞ?ボッコボコのボコにしてやる」


「ぷっ…なんだよ。お前ってほんとに…」



「あっ!結界が!!」

 巫女が駆け出していく。西の方か。


「オイラが行くっす!清白氏、巫女の薬を!」

「分かった!」


 清白が走り出す。そうだな、神力でカバーするならドーピングが必要だ。寝ていたからだれも薬を持ってない。

タイミングが悪いな。


 いつまでもこのままだとどうにもならないな。どうしたもんか。とりあえず、巫女を追いかける。




 ドカンドカンと大きな音が鳴り響く。全体に拡がった結界のヒビが臨界点を迎えそうだ。修復が間に合うかなこれ。


 ふと、足から力が抜ける。

 背中倒しに倒れて、体が固くなっていく。

 おーい。今かよー。マジで勘弁してー。


 遠くにある大きな山から太陽が昇ってくる。

 青い空気が、一気に明るく染っていく。

 こりゃ完全にしくじったな。

 転生が始まってしまった。




 倒れた俺を見て、みんなが駈け戻ってくる。

 途中で殺氷さんのお札の効果が現れてみんなが俺の周りに集合した。

 何でだ?スローモーションになった。ゆっくり、ゆっくりとみんなが動いて俺に触ってくる。


 心臓が、どくどくと音を立てているのをやけに鮮明に感じる……。

 心がばらばらになるような感覚。


「…紀京…」

「ごめん、最悪のタイミングだな」


 口は何とか動くが、体が動かない。

 結界の外の人たちが倒れた俺を見てびっくりしてるみたいだ。シーンとしてる。



 

「はぁ…はぁ……」


 息が苦しい。

 リアルで見慣れたベッドの上の風景が、夜が明けていく空に薄く重なって見えた。

巫女が好きだと言っていた、夜明けの清冽な空気に病院の消毒液の匂いが混ざってくる。


 あぁ、病院は無事だったのか?

 父と母の顔が俺に覆いかぶさってる。

 ポタリ、と母の涙が頬に落ちて…その風景がシュワシュワと消えていく。

……ごめんな、俺、なんにも出来なくて。

父さん、母さん。


 指の先からキラキラ、小さな粒子が体をつつみ始める。ローディングなう、ってか。

 はよ終わってくれー。正直感傷に浸ってる暇ないんだよ。

 静まったやつらがいつまた動き始めるかヒヤヒヤしてるんだ。




「紀京、ここにいるからね」

「うん」


 巫女の可愛い顔が心配そうに歪む。あーもう、抱きしめたい。

 俺、心配させてばかりだな。

 本当にごめん。


 ──誰か入ってきた。巫女の背後に昨日の子が走って迫ってくる。

 くそ……声が出ない……。

 お父さんが言ってたのは、ツクヨミが言ったのは、こういう事だったのか!!


 皆、俺に注視していて気づかない。

 皇の事だ、恐らく隠密スキルを使ってる。

 こりゃ間に合わないな。

覚悟を決めて、手首まで終わったローディングを確認。


 

 指先でショートカットに設定したスキルボタンを押す。


 押した瞬間、目の前に皇が現れる。

 ローディング中の体は、まだ動かない。


 一拍置いて、みんなが振り向く。

 白刃が俺の胸に突き刺さる。




「……っ!!!」

 

 大きな衝撃とともに、燃えるような熱と激しい痛みが脳天まで突き抜ける。

 痛いなぁ。こりゃ、病気より痛いぞ。

 困ったもんだ。しかも肺がやられた。


 赤く上気した皇はおかっぱ頭を振り乱し、驚くがその目に狂気を宿す。

何度も、何度も体に衝撃が来る。


 美海さんが盾スキルを展開して、皇を弾いた。

ローディングが、もうすぐ終わる。

パタリ、と体が勝手に倒れた。


「紀京ぁっ!!!!」

 時が戻ってきた。スローモーションが終わり、さっきよりも痛い程の静寂が辺りを包んでいる。



 結界が一部割れて、そこから小さい体の皇が入ってきたんだな。

 叫んだ巫女の顔がぶれてる。あー困ったな。本当にイザナミの元へ行くのか、俺。


 巫女が清白の持ってきた薬を盛大にぶちまける。

 一本で反魂出来るんだぞ?そんなに使ったらもったいないよ。


 ジワジワと、刺された傷に染みていくが、出ていく血の方が多い。

 肝臓も刃が届いたな。この激痛と大量出血はそこからだ。

薬が効かない。転生という異分子の理由がそうさせてるのか。



 結界が完全に壊れる。粉々になって、風に乗って飛んでいく。

 獄炎さんが皇を捕まえて、周りの人達と協力して縛り上げた。

 ……もう、大丈夫だな。


 真っ青な顔をした清白と殺氷さんが衣服を裂いて体に巻いて、止血してくれる。


「ぐっ……う……」

「しっかりしろ!!!紀京!!」

「どなたか、回復師の方はいませんか!」


 殺氷さんが呼びかけて、数人が走ってくる。お、知り合いばっかだな。久しぶりの再会がこんなんでわるい。

 法術を施してくれるが、俺の中から力が抜けていく。頭が痛くなってきたな。完全に血が足りない。脳の回転が鈍くなってくる。


 視界が真っ黒に染まってきた。

 わー、巫女の顔ちゃんと見てないんだけどなぁ。




「無駄、だよ。巫女…巫女は……どこだ?」

「紀京!?すぐ傍にいるのに、見えないのか」


「ここ……ここにいるよ……」

「ん……みこ……」

「あきちか……あきちか……」


 震える小さな手が俺の手をしっかり握ってくれる。

 



「お父さん、たちが……ごほっ……言ってた通り……に……なりそ…だな」


「やだ…いやだよ。いかないで。ずっとそばにいるって言ったでしょ?紀京…嘘なんかつかないでしょ?ボクを置いていかないで、あきちか……」


「巫女、ほっぺ……触りた…い。ダメか…血が、ついちまう」

 


 喉の奥から血がせりあがってきて、耐え切れずそのまま吐き出し、咳が止まらない。

 おーいてぇ。喉も鼻も痛いし。

 咳をする度に刺されたところがドクリドクリと脈を打つ。

 巫女に握られた俺の手が、柔らかい皮膚に触れる。いつもは暖かいそれが、冷えきって、びしょびしょに濡れてる。


 血がついちゃうって、言ったのに。

 巫女の顔を汚したくなかったのにな…。

また泣かせてるし、俺。


「ごめ……んな、泣か……て……ばっか……」


「しー。もう、喋っちゃダメ。ねっ。いい子だから」


「……俺、ちゃんと……戻る……らさ……。待ってて……」


「うん…うん、待ってる。あんまり遅かったら、迎えに行くからね」


「あぁ………。俺さ……誕生日なんだ……。歌、歌って……みこの声が……聞きたい……」


 指先に巫女の唇が一瞬触れて、ふっくらした手のひらがそれを支えて頬に戻る。

 冷や汗をいっぱい浮かべた巫女の額が俺の額に重なる。桃の香りがふわりと鼻をくすぐってくる。



 

 暗闇の中に、巫女の笑顔が浮かぶ。


 可愛い、かわいい。俺の嫁さん。



「ハッピーバースデー……トゥーユー」



 綺麗な声だな。巫女の声…大好きだ。

 昨日、清白に歌を教わってたの、知ってるんだ。


「ハッピーバースデートゥーユー」



 巫女の声が、だんだん遠くなる。

 反響音が重なって、巫女の声が……小さくなっていく。




「ハッピーバースデーディア……紀京……」


 ……みこ……すきだ……



「紀京、お誕生日おめでとう。ボクも、大好きだよ」



 小さな声が耳に染み込み、俺は暗闇に引きずり込まれて行った……。









 

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