第十七話 終わりの時を待つ



うーーーん。こっちを先に上げるか?いや、こっちか?

 緑茶をすすりながら、溜まったスキルポイントを割り振る。

 現在地、北原天満宮のダンジョン出口脇の空き地。もう二日間潜りっぱなしだったから結構疲れたな。



 皆もうすぐレベル百を迎える。

もう、何周したか分からない北原天満宮。

 ボス部屋の鬼を一発で必殺出来るくらいにはなったし、高速周回も出来るから、借金も後わずか。鼻歌交じりでやってます。


 1ヶ月の猶予を待たずに、軽々越えられそうでよかったよ。

 清白もゴール目前で、ホッとした顔になってる。



 

 新しく手に入れたスキルも、これでカンスト。

 体力、神力、精神力も元の数値から見てゼロがいくつ増えたのかな。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん…うん、もうやめよう。怖い。


 ヒーラースキルはカンストのあとに、更に段位がある様で、今のところ六段。

 スキルアップの度にやってきた、人の悪しき行いを見ることは無くなった。

 あれは結構辛かったな。

 精神力は削れるし、そりゃ心を病む人も増えるよ。だからヒーラーは人気がないんだ。


 人を癒そうってんだから、覚悟しておけってことかも知れんが。

 何にせよ、ありがたい教えは心に刻んでおく。俺の人としての成長もきっと促してくれることだろう。多分。

 俺もまだまだ子供だし、もっと強くなって巫女の隣に並び立ちたいからな。


 スキルの段位は十から始まって、数字が少なくなるほど上の段になる。

 段位毎に必要なポイントが溜まると質問が出て、それに答えると上下する。

 なかなか良くできてるシステムだな。

 ゲーム開発者はすごい人だと思う。


 巫女の桃の香りは常に香ってくるようになった。

ずっと幸せな気持ちで満たされて、幸せの中にとっぷり浸かっているみたいだ。

 まるではちみつ漬けになったかのように甘い気持ちで満たされている。


 自分は巫女に、何があげられているんだろう。夫婦になったなら、俺も満たしてあげたい。

 沢山貰ってばかりなんだ。




「紀京、スキルすごいね。回復術カンストのあとに段位があるなんて」

「ちょっと面白いだろ?スキルアップの修練がない代わりに、毎回問いかけに答えるんだ。それによって上がる下がるを繰り返すみたいだぞ」


「へえぇ!ボク全部均等にあげちゃったからまだスキルはカンストしてないなぁ。レベルが上がらないからポイントもじわじわしか増えないし。みんなに追いつかれるのも、もうすぐかもねぇ」


「「ねーよ!!!」」


 おおう、びっくりした。

 獄炎さんと清白がハモリました。

 でっかい声だ。




「巫女のレベルいくつかわかんないッスけど、全部カンスト手前だってこと忘れてないッスか?オイラたちは極振りしてるからカンストしてるだけっスからね」

「私も水法術カンストしてますが、紀京のように段位は出ていませんね。

なにかの条件があるんでしょうか」



 ありゃ、そうなのか?

 何が条件なんだろう?

 隠しスキルじゃないよな?

 新しいスキルは巫女にも見えてないんだ。夫婦でも秘密は必要って事だな。



 

「紀京、スキル見せろよ」

「や、やーだねっ」

 立ち上がって、みんなから距離をとる。

 公開したら、多分隠しスキルはバレる。


「えっ!?なんでッスか??」

「嫌なもんは嫌だ。数字見せたくないし」

「そう言われると気になるじゃねーか」


「紀京の弱点は脇腹です」

「殺氷さん!鑑定スキル変なことに使わないで!!く、来るな!やめろっ」

 ジリジリと囲まれて追い詰められる。マジで脇腹は、マズイ。


「なんか怪しいなぁ?紀京、ボクにも隠してることなぁい?」

「…………」

 俺は口を開けない。巫女に嘘を言わないって決めてるんだ。


「あるんだ!ちょっと!夫婦なのにっ!何隠してるの!」

「巫女に嘘はつけないっ!だが秘密は秘密だっ!!」

「ふぅーーーん」


 皆して手をワキワキしないで!!!やめてっ!!!




「きゃーーー!!!」


 おっ!?なんか悲鳴が聞こえたぞ?

 なんだなんだ?俺じゃないぞ。

 キョロキョロ周りを見てみるが、誰もいないな。


「ダンジョン出口手前の茂みです!」

 みんなで駆け寄り、小さな女の子を見つける。



「おい!初心者じゃねーか!なんでこんな所に!おっ!?敵がいるな」

 おーでっかい牛がいる。この辺のフィールドモブ強いけど、なんでこんな所に初心者が?


「オイラが行くッス」

「頼んだ!」

「お嬢さん、お怪我はありませんか?」


 カタカタと震えている女の子は完全に初心者装備だ。膝を擦りむいてる。

 手のひらをかざして、回復。



「あ、あ、すみません!アタシ…」

 おかっぱ頭の女の子が自分の体を抱きしめて震えてる。陰陽師服が土で汚れてるな。


「どこから来たの?お腹空いてない?」

 

 巫女がしゃがみこんで、女の子を撫でようとした一瞬、刀で斬りつけられる。

 おっと、なるほど。危ない感じだな。気が動転してるっぽい。俺、油断してた。



 びっくりしてる巫女を持ち上げて、その場を離れる。

「見せて」

「……うん」


 手のひらを少し掠めただけだ。すぐに回復して、傷があった場所にそっと触れる。


「痛かったか?」

「ううん、平気。びっくりさせちゃったかな」


「そうみたいだ。様子を見よう」

「うん」


 手を握って、巫女の前に立つ。

 気が動転していたとしても、人を傷付ける者を俺は信用しない。

 小さな女の子に睨まれて、自分でも目付きが冷たくなるのがわかる。




「倒してきたッスよ!ありゃ、なんか妙な雰囲気?娘っ子さん、大丈夫ッスか?」


 にこにこしながら美海さんが巫女と同じようにしゃがむ。ありゃ、珍しいな。指に怪我してる。

 刀を握った少女の手から血濡れのそれが落ちて、美海さんに抱きついた。

 美海さんの血が服に着いちゃったな。こっそり傷を治す。服は洗って下さい。はい。



「おわ!ハラスメント仕事して欲しいッス」

「ありがとう、お兄ちゃん」

「いえいえ。とりあえず街に戻りましょ。良いッスか?」


「そうしよう。もう2日間潜りっぱなしだ。そろそろ風呂入りたいだろ?」


 清白が警戒してるな。

 獄炎さん、殺氷さん、美海さんは微妙な顔になった。




「アタシ、集合馬車に乗ってて。おトイレしてたら、馬車がいなくて」

「あー、街間移動のやつかな?ここにも来るようになったんスかね?」


「後で調べておく。とりあえず街に返してやろうぜ」

「そうですね。私は送り届けたら一旦ギルドに戻ります」

「俺もそうするか。夜には酒でも持ってきてやるよ」


「ん、じゃあ行くぞ」




 清白が先を走ってモブを倒し、後に獄炎さんと殺氷さんが続き、美海さんが女の子と歩く。


 かなり離れて俺たちは後ろを着いていく。



「紀京、ボク嫌われちゃったかな?」

「すごい睨んでるなぁ。何にもしてないんだが。転生が多くなってきてるから、リアルで亡くなった子かもしれないな」

「うん。帰ったら一度ゲームマスターにアクセスできるか試してみようかぁ」

「そうだな、転生のことについてもそろそろ皆に知らせておかないと」


 女の子は度々ふりかえっては巫女を睨みつけてる。

 こういうのはさすがに初体験だ。

 安全対策で隠しスキルをショートカットに配置しておく。

安全第一、巫女が最優先。




━━━━━━


「さすがに社に入れる訳には行かない」

「街に着いたからもう、安心ッスよ」

「どうしてもダメなの?」



 巫女は先にギルドの社に入ってもらって、俺は入口で三人を見てる。

 獄炎さんと殺氷さんは、自分のギルドに一旦戻った。


 おかっぱの子は二人がいなくなったタイミングで、ギルドに入れてくれ、社に入りたいと駄々を捏ねてる。


 なーんかおかしいな。妙な感じがする。

 初心者なのに結界が分かってるよなぁ。結界範囲ギリギリの場所で、美海さんの袖を掴んでるし。

 助けてくれて懐いてるってのもあるとは思うが。


 巫女に怪我させたせいで、敏感になってるのかも知れないとも思う。

 俺は警戒心が解けないでいる。

 清白も仁王立ちで腕組んでるところを見ると、敵対心が顕だし。

美海さんも困った顔をしてるが、目が真剣だ。

 同じ事を感じてはいる様子。



「また今度、遊んであげるッスから」

「もういい!偽善者!サイテー!!」


 美海さんを乱暴に払って、女の子がかけていく。

 うーん。うーん。

 Fワードを吐きそうだ。やめやめ、こういうのは良くない。


「なんなんだあのクソ野郎」

「清白氏、野郎じゃなかったッスよ」

「転生組ならそうだろうけどな。元からやってるなら、俺たちと同じくネカマだろ」

「あはは!たしかにそうかもしれないッスね」


 清白は怒ってるな。美海さんは冷静だ。

 二人ともこっちにやってきた。




「紀京、巫女は?」

「怪我は大丈夫。ちょっと心配だからくっつくぞ?」

「そうしてあげてくださいッス。お風呂一緒に入ったらどうッスか?」


「なななななに言ってるのかな!?美海さんっ!?そんなことしちゃダメだろ!?」

「夫婦なら普通ッス」

「えっ?そうなの?」

「美海さん慎め。」

「んっふっふっ」



 美海さんにからかわれた?!

 風呂はダメ!なんかわからんけどダメな気がする!!!

 動揺しつつ、、カラカラと社の扉を開ける。

 巫女?どこいった?

 夕日が差し込む社の中、巫女が居ない。

 視神経に集中。あ、庭か。

 ブーツを脱いで、床を走る。




「巫女?」

 庭の真ん中にある桃の木に寄り添って、巫女が目を閉じてる。

 あれっ!一輪だけ桃の花が咲いてる。


「……あの子は?」

「街に帰ってったよ。もう大丈夫だ」

「そう……」

 桃の木に背を預けて、俺に向かって両手を伸ばしてくる。

 その手を握って、引っ張りあげてぎゅっと抱きしめる。


「巫女はなんにも悪くない。落ち込まなくていいんだ。ごめんな、痛い思いさせて 」

「ううん。紀京のせいじゃない」

…しょんぼりしてるな。




 庭にある桃の木は、野生だから剪定されていない。桜のように大きく枝を広げてる。

 黒い幹が元気に四方八方に広がって細い枝が地面にその影を落として。これもまた綺麗な姿だ。わび・さびってやつかな。

 季節はあれからずっと春のままだが、花が咲いてなかったんだ。葉っぱは沢山着いてるけど。


 小さな花を見つめて、ため息が落ちる。

 繊細で、柔らかくて、小さくて、かわいい。巫女みたいだ。




「桃の花が咲いたんだな」

「うん。ちょっと弱ってたみたいで、僕が少しつずつ力を上げてたの。そのうち沢山咲くかも」

「そうなのか?俺と同じで巫女に力を貰ってるんだな」

「そうだねぇ。紀京…明日の朝、始まるからね」


 そうか、俺もついに転生か。

もう転生してるって獄炎さんが言ってくれてるから、ダメージは意外にないな。

 あの言葉をくれた獄炎さんに感謝だ。

 俺は皆からいつも沢山貰ってる。

 転生したら、沢山お返ししないとな。



「巫女、俺と一緒にいてくれるか?その時は傍にいて欲しい」

「うん。ずっとくっついてるから。楽しみだね。本当の紀京にやっと会える」

 巫女は楽しみにしててくれたのか。

 ……嬉しいな。ほんの少しの寂しさが綺麗に消えていく。


 


 頬に触れると、巫女が目を閉じる。

誘われるように唇を重ねて、心の奥の蓋を閉じた。


 もう、過去はしまっておこう。

 後は静かにその時を待つだけだ。





 

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