第十五話 えっ?転生してたの?知らなかったな~

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「マジで寝てるッスね」

「紀京は坊主か?ホントに男だよな?」

「オイラなら寝れないッス。穢れた大人なんで」




 ポソポソ呟く声に、瞼をあげる。

 やっぱりな。二人は寝られないだろうと思ってた。

ふたりが連れ立って、トストス歩く音がする。

 カラカラと背中側で中庭の引き戸を開けて、縁側に腰掛けたみたいだ。

 月明かりが二人の影を俺たちの布団まで黒く伸ばす。


 離れたところにいる清白と殺氷はしっかり寝てるな。

 腕のなかの巫女を眺める。

 すやすやと、良く寝てる。

 こんな可愛い嫁が居て、普通に寝れる俺は変なのか?なぜかはよく分からん。

 幸せで、安心して眠くなってしまったからなぁ。




「美海は受け止められたか?巫女の話」


「いや、無理ッス。オイラは考えるのをやめたッス。あまりにも世界が違いすぎる。

オイラは凡人ッスから。

 紀京氏のように強靭な精神力はないッス。

元々の運命が紀京氏も巫女もめちゃくちゃ辛いッスから、本人達の救いになってるのは嬉しいッス」


「俺も凡人だよ。病に悩まされることもねぇ、平和に生きてきて、嫁をもらって、子供ができて。仕事は忙しいが、幸せではあったな」

「獄炎氏は十分凡人じゃないでしょう?警察ッスよね?公僕として心身を投げ打って平和を守ってくれる、ヒーローじゃないッスか。尊敬するっス」


「…そうかな。ヒーローになったつもりではいたさ。ここでも、現実でも。

 だが、手の届かないものはある。

 巫女の命も、紀京の病も、清白の恋愛も…なんも手が届かねぇ。殺氷は知らん」


「殺氷さん除け者でウケる。背負い過ぎじゃないッスか?人のことばっかり考えて。オイラの身の回りはそんな人しか居ないッスね。

 時々自分が恥ずかしいッスよ。オイラは自分で手一杯ッス」


「そうか?美海だって良い奴だろ。お前は助けを断らねぇ、どんな時でも駆けつける。それこそヒーローじゃねぇか。何も恥じることなんてねぇよ」


「ブーメランッスよ?分かってます?」

「…そうだといいなとは、思ってる」


「お子さん何歳ッスか?」

「来年から小学校に上がる長男と、産まれたばかりの次女だ。あんまり家に帰れねぇから、父親とは認識されてねぇな」

「それは切ないッスね」


「あぁ。だが、嫁はちゃんと理解してくれていたな。俺の仕事を心から応援して、支えてくれた。このゲームも犯罪者を追っかけてたのが始まりだったんだ。潜入捜査ってヤツ」


「あぁ、だから自警団を?」

「まぁな。組織化しておいてよかったな、こうなると。最期に一目だけでも、会いたかったな。

 ……いい歳した大人が…クソっ」


 ポツポツ、雫の落ちる音。

 獄炎さんが…泣いてる。


 

「誰も見てないッス。オイラはそんな風に泣けるほどの未練がないッス。獄炎さんが羨ましいと言ったら腹立つッスか?」


「……別に、腹なんか立たねぇ」

「オイラは命をかけるまでの仕事じゃなかったし、小さい頃に両親をなくしてリアルにはなんもなかった。

 でも、仕事は好きでした。

 毎日毎日同じ事の繰り返しでも、お客さんとの時間は、会話は毎日変わる。

 些細な話題で笑ったり、怒ったり、泣いたりして。オイラの技術で喜んでくれる人がいて、それは確かに生きていく糧だったッスね」


「ここでもやるんだろ?散髪が必要になるんだろうな、多分」

「リアルと同じになるならそうでしょう。必要なくてもヘッドスパとか、ブライダルのヘアメイクとか、いくらでもやれるッス。

巫女と紀京氏の結婚式もやりたいッスねぇ。

 ただ、一度失われた命を巫女の体を…犠牲にしてまで取り戻してもらう必要があったのか。それはわかんないッス。紀京氏の精神が揺らぐのは巫女の話の時だけッスね。巫女に何か起きないかが心配ッス。」


「美海さんは優しいな」


「……びっ……くりしたぁ…紀京氏起きてたんスか!?」

「おん。二人はどうせ寝れないと思って眠りを浅くしてたんだ」


 美海さんがひっくり返りそうになってる。

 獄炎さんは涙をふきふきしてる。別にいいのに。泣きたい時は泣くのが一番だ。




「え、何スかそれ?スキル?」

「そうだよ。看病のスキル。お医者さん系もあるんだ。こういうのはどうなるんだろうな?」


「スキル……消えるんスかね?それならそれで巫女に色々教わらないと。ここでは死と隣り合わせッスから」

「そうだなぁ。巫女はそのままだが、人と神が違うのかはわかんないな。

 ますます巫女の力が知れ渡った事の意味が悪い方に転がった。俺が守り切れるようにならんと」


「紀京なら行けるだろ?お前はお前自身が思っているより強ぇよ」

「刀は握れませんよ?」

「そこはほら、分担制ッス。オイラ達で最強になればいいッスよ」

「たしかに、示し合わせたかのように役割が揃ってるな」


 美海さんがふと、真面目な顔になる。




「紀京氏はリアルで自分が死ぬって、いつ知ったんスか?」

「病気がわかったのは五歳。そこで余命が分かったよ。俺は明後日二十歳になる」


「お前成人してなかったのか!?」

「そうですよ。しかもその日が命日になるってんだから。デステニーとはげに恐ろしきかな」


「そういう発言のせいでもっと年上かと思ってたッス。よく受け入れられましたね」

「受け入れるしか無かったしなぁ。親が毎日泣くもんだから、励ますしかなくてさぁ。俺自身は結構きつかった。

 毎日息するだけで痛いんだ。巫女じゃないけど痛みには慣れてるよ」


「そんなに痛えのか」


「筋肉が萎縮するんで、呼吸が苦しいんです。生きてるだけで毎日痛いし、目は見えなくなるし、痛みのせいで白髪だらけだし。俺にとってはここが救いだった。巫女に出会えて、本当に幸せだから二人の気持ちは分かってあげられない。

 ごめんな。

でもそういう悩みとか、話は聞かせてくれよ。

口にするだけでも楽になるだろ?仲間の役に立ちたい」


「紀京氏はそういう所ッスよね……巫女もそうだけど、なんで人の心を優先できるんッスか?」


「うーん?なんでだろう?そんなつもりがそもそもないが。

 ただ、単純に身の回りの人が苦しいなら助けたいし、悩んでるなら話を聞きたいし、何か出来るならしたいだけだよ。

 結果としては大したことは出来てないけどな」


「んなこたぁねぇ。お前に助けられたことなんざ、数えきれねぇよ。」

「そうですね。紀京氏は存在してるだけで誰かを助けてるッス。野良パーティーで紀京氏の名前を出されるのは、殆ど毎回ッスから」


「そーかぁ?ヒーラーしかできんが」

「それが凄いんッス。精神が乱れないヒーラーなんか、紀京氏以外居ないんッスよ」

「俺が毎回スカウトしてる意味わかってねーな」



 ううむ、過剰評価じゃないのか?

 おれはまぁまぁのランカーで昔からヒーラーやってるから有名なだけだろ。

 それに、ヒーラーやってたのは自分のためだ。


「俺は生きていた証明が欲しかったんだ」

「生きていた……証明?」


「そそ。小さい時から家計を圧迫して、両親に恩も返さず、たくさんの人に迷惑だけかけてさ。死のうと思ったこともあったが、毎回悲しんでくれるんだ。

 だから死ねなかった。痛いけど、生きるしかなくてさ。

 ここに居ると、色んな人がいるだろ?目まぐるしく変わる環境の中で懸命に生きている人の心に触れて。

 何か、できるんじゃないか。

 何者かになれるんじゃないかと思ってさ。

 死ぬ前に、自分が生きた証を残すつもりだった。相談所を開いてリアルの悩みも聞いてたのはその為だ」


「……そうか」


「でも生きていいって、巫女が言ってくれたような気がしてさ。

証を残すんじゃなく、今は生きていく証明が欲しいと思ってる。

 巫女を守れる力を持って、ヒーラーとして。

スキルがなくても相談所やってたし、カウンセラーとかかな?現実を受け止められない人達が増えるだろうし。

 そういう人たちを助けて行ければいいなと思ってるよ」


「生きていく証明か」

「カッコイイッスね。ホントに」


「言葉はかっこいいけど、簡単に言えば生きてていいのかな?俺なんもしてないんだけど、マヂ不安…承認要求モンスターになるぽよって感じだぞ?」

「……ぷっ……」

「紀京氏、そういうとこッスよ。悩むの馬鹿らしくなった」


 ふん、二人ともやっと笑ったな。

 今日はこんなところかな?


 


「紀京氏は、もう転生してるッスね」

「お?余命は明後日だぞ?」

「いや、美海が言ってんのはそうじゃねぇ。このゲームを始めた時からもう、生まれ変わってたんだ。

 転生一番乗りだ。そういう意味だよ」

「えっ?俺転生してたの?知らなかったなぁ~……」


「コレだよ。俺達も紀京を見習って、生きていくしかねぇな」

「そッスね。…ふぁー。スッキリしたら眠くなってきた。もう寝るッス」

「俺も寝るぜ。明日寝坊すんなよ」

「おん。二人ともおやすみ」




 布団に入る二人を見送って、巫女を起こさないようにそっと布団に潜り込む。

 あー暖かい。お布団が暖かいなんて、しかも俺が好きな人がいるなんて幸せだなぁ。


 


「あきちか」

「ごめん、起こしたか」

「ん……。だっこ」

「うん」

 腕に頭を乗せて、巫女を抱きしめる。

 巫女は大丈夫かな。

 サラサラの白い髪をかきあげて、顔を覗く。


 閉じられた扉の窓から零れる月明かりが、優しく俺たちに降り注ぐ。

ふんわりとした桃の香りが広がって、包み込んでくる。

 巫女の匂いなんだ。これは。

巫女のふくふくとした指がそっと頬をさする。


「紀京、生きて。ボクと一緒に」

「聞いてたのか?大丈夫。巫女とずっと一緒にいるよ」

「ボクが紀京の生きていく証明になる」


 真剣な巫女の目がゆらゆら揺れて、流れ星のようにキラキラの雫をこぼす。

 ごめん、また泣かせたか。

唇で雫を受け取り、瞼にキスを落とす。


「巫女が俺の証明なら、俺が巫女の生きる証明になれるか?」

「…もう、なってる」

「そうか」



 二人して、笑ってしまう。

 なんでこんな臭いセリフばかりになってしまうんだろう。

全部がひとつの言葉になるのに。


「だいすき。紀京」

「俺も大好きだよ、巫女」




 そっと唇に触れて、体をくっつける。

 キスの先なんか必要なんだろうか?

こんなに満たされて幸せな今が、この時が愛おしい。


 もう一度瞳を閉じて、巫女の温かさに沈みこんでいく。




「もうすぐ会えるね、本当の紀京に」

 そうだな……もう少しだ……。






 

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