第三話 辛いリアルと幸せな空想
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「あとはあれだな……痛覚についてちょっと教えておく。」
「うぇ…まだあるのぉ?」
一通りシステムの説明を聞いた巫女は若干ぐったり気味。
でもあの戦い方はまずいと思うんだよ。
リアルの身体が危険だ。
「このゲームは知覚があるだろ?お前の戦い方はアブねぇ。痛みがあまりに強すぎるとリアルに影響するぞ。
どこまで耐えられるのか試した奴が発狂した事件知らねぇか?」
「事件かぁ。テレビも新聞も小さい頃にしか見てないから知らないなぁ」
「その話も後で聞かせろ。とりあえず、お前の戦い方はマズイ。リアルの身体を痛めつける可能性があるんだ。」
獄炎さんが心配そうな顔で巫女を見つめてる。この人優しいからな…ほんとにいい人なんだ。
「痛み…ゲーム内で死んだ時は平気なの?」
「死ぬような痛みは、痛覚カットが入るはずだがまさかお前感じてるのか?」
「ボク殆ど死なないけど…みんなカットされるの?その辺実はよく分からないんだよねぇ。
こういうと変な顔されるけどさ。
切り刻まれる位の痛みには慣れてる。痛いは痛いけど、ゲームならすぐに回復できるからそう長くは続かないでしょ?
リアルは治るのに時間かかるから…ずーっと痛いけど、ここはそうじゃないし別に平気だよぉ」
沈黙が室内を包み込む。
切り刻まれる痛みに…慣れているって…言ったよな??
なんでそんなのに慣れてる?その痛みを、何故知ってる??
「巫女、嫌なこと聞くけど切り刻まれたことあるのか?」
「毎日されてた。血を摂るんだよぉ。注射器使いすぎると血管が破れるから、入院しないといけなくなるし。
ボク生まれてから…三歳頃からずっとそう。今自分が何歳かは知らないなぁ。神様の生まれ変わりで、なんかの力があるって。人に触れば傷が治るし、血を飲めば若返るってさぁ」
「なんだよそれ。切り刻まれる?血をとる?…神様?生まれ変わりって、それこそゲームじゃねぇ。リアルなんだよな?」
青ざめた獄炎さんに、苦笑いをうかべる巫女。
「やっぱり、その顔になるんだよねぇ。
ボクにとっては日常だし、やらなきゃご飯食べられないし、仕方ないよぉ。
ちなみにこの話聞いた人が、面白半分で調べたのかなぁ?ゲームに戻らなくなってるから、広めない方がいいよ。
ボクが閉じ込められてるのは、大きい権力がある所。普通の人は手出しできないし、触れたら命の保証ができないから」
「……どこの神社だ。神様ならそれしかねぇよな」
真剣な表情で獄炎さんが巫女の肩を掴む。
が、巫女はふるふると首を振った。
「獄炎さん、ボクは教えないよぉ。言ったでしょ、危ないからだめ」
「自分がそんな状態なのに、人の心配なんかしてんじゃねぇ!」
「うーん…ボク寂しんぼだからさぁ、本当はみんなと仲良くしたい。今日会えた君たちは、今まで出会った人たちとは違う気がしてる。
だから…リアルなんか気にしないで、ここで仲良くしてよ。一緒に遊んでくれれば嬉しいんだけどなぁ」
寂しげな顔で巫女が呟く。少し翳った翠の瞳が揺れている。
「んな急に切り替え出来ねぇよ…そうして欲しいなら、いくらでも遊んでやるが。
待て。お前ゲームどうやってるんだ?」
「んぁ?わかんない。気づいたらここにいたし」
殺氷さんが眉間を押えて顔を伏せた。
みんな厳しい表情だ。あまりにも…巫女のリアルが現実とかけ離れている。
ゲーム内に神さまは沢山いる。ボスになったり、手助けしてくれたり…NPCも神様は居たりする。
でも巫女の話はリアルの話しだ。
さっきからずっとそうだけど、嘘をつくような人には思えない……。
「なんかごめんねぇ。ここまで話したのは久しぶりだけど、そんな風になるとは思わなくて…嫌な思い、させちゃった」
巫女が悲しげに眉を下げる。
どうして人の事ばっかり気を使うんだ?自分がどれだけキツいリアルを抱えてるか、分かってないのか?
「巫女は…リアルを変えることは出来ないのか?」
「出来たらしてるよぉ。別に痛いのが好きな訳じゃないからねぇ。
多分死ぬまでこうだし、ある意味このゲームに来られて幸せだから…もうどうでもいい。
ここに居られるなら、一瞬の痛みで済むなんて本当にラッキーだよねぇ?
それに、ここは日本のいい所が沢山あるでしょ?
暖かい日の中を歩いて、柔らかい土を踏みしめて、道を歩けば桜の花びらが降ってきて。ヒラヒラして可愛いよね桜。季節が移ろうのも好きだなぁ。
風に草木の薫りがして。
朝、昼、晩と空の色や雲の形が変わって…ボクは夜明け前の蒼い色が一番好きだよ。…清冽な蒼は心の中まで綺麗にしてくれる。
夜の暗闇だってボクを護ってくれる、温かい黒だ。
ご飯は毒盛られて騒ぎになってから食べてないんだけど憧れてる。特にオムライス?あの黄色と赤のヤツ。食べてみたいなぁ。
暖かいお風呂とか、ふかふかのお布団とか、大好きなんだ。
お掃除なんかもした事がなかったから…ほうきと、ちりとり貰った時はドロップアイテムより嬉しかった。何もしてないのになんでホコリって溜まるんだろうね?
毎日の暮らしってこうなんだ、人の営みってこうなんだって初めて知った。
ちょっとの手間がすごく楽しいし、生きてるって感じがする。愛おしい日々だよねぇ」
みんな泣きそうな顔になってしまった…。
俺も泣きそう。だって、俺と全く同じこと感じてたんだ。
巫女の感じているものが、手に取るようにわかる。どんな気持ちで今ここにいるのか……。
俺達にはこここそがリアルで、生きる場所として大切な存在なんだ。
「ん?わっ、ななな何???」
「やる。持っていけ」
「待って待って!これどうしたらいいの?こんなに沢山…」
清白がシステム画面でモノを譲渡しまくってる。
仲良くなると、こうやって資源を際限なく渡してくるんだよな。
ちょっと不器用な愛情表現なんだ。
「ちょっ、待って!こんなに持てないっ!」
「簡易結界に放り込めば良いだろ。獄炎、教えてやって」
「おうおう、清白が本気出してんな?巫女、ここの道具袋ってのを開いてな…」
「ほー!へぇー、こりゃ便利だぁ。ちょっと!お金まで放り込むのやめて!」
「あったって困らないだろ」
「お金の使い方なんか知らないよ」
「全部教えてやる。とりあえず受け取っとけ」
「うぐぐ……」
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「皇がワンちゃん、清白がスズ、エンとヒョウ、紀京はそのままでいいんだよね?」
全員で頷き、微笑む。
清白のプレゼント爆弾の後に俺たち皆でフレンド申請して、よく分からないまま巫女が承認してくれた。
「フレンドリストがカルピスとは……驚きましたね、こんなに人懐こいのに」
「カルピスってなぁに?」
「友人がいなくて、フレンドリストが真っ白の人の事ですよ。」
「真っ白なのがカルピスになる、理由がわからないんだけどぉ」
「後で用意しておきます。甘くて美味しい飲み物です」
「ほほー!楽しみにしてまぁす!わー、スキルも教えてもらったし、お友達もできたし、ボク強くなったね?」
「そうだな、本当に」
うん、それはもう。
所持スキルにポイントを振分けたら、そりゃもうもの凄いプラスステータスになってる。
ボスか?この体力。俺回復し切れるかなこれ。
「フレンドはちゃんと選べよ?
辻申請っつってよく分からん奴らがして来たり、お前に悪意を持ってる人間もいるからな。誰彼構わず承認するな」
「わかった!いいえを押せばいいんでしょ?」
「あぁ…そうだ。…その……なんだ。巫女はうちのギルドに入らねえか?」
「獄炎、抜けがけは許しませんよ。私のギルドにも空席があります」
「ちぇーい!ウチも巫女ちゃん欲しいな!!まだ入れるお!」
三人のマスターが勧誘を始めました。
そりゃそうだよなぁ。強いだけじゃなくていい子なんだもの。みんな巫女に夢中だ。
「あー…ごめん、ギルドはやめておく。その…あまり親しい人増やしたくないし。イベントとか、そういうのちょっとなぁ。
ボクのこと知ってる人が、嫌な思いすると思うし。君子危うきに近寄らずだよぉ。ボクじゃなく、相手の話しね。」
「そうは言ってもな…心配だ。上手いようにカモられそうなんだよ」
「そうですね。私たちがいつもついていられる訳ではありませんし。今回のネット配信で巫女の事が知れ渡ってしまいましたから。恐らく色んな意味であなたは標的になる。宿はどちらに?」
「普通に適当に宿屋さんで逗留してるよぉ」
なるほどなっ!そりゃ暗殺者の称号がが着くほどプレイヤーキルする羽目になる!!宿屋はやりたい放題の危ない寝床だ。
「家持ってねぇのか」
「おうちの買い方分かりませぇん」
「すぐに買うとしても建物が経つまで時間が掛かりますし…厳しいですね。」
「今ネット見てきたけど、切り抜きとかまとめも爆速で出てるし。ゴメンネ。ここまでの事になるとは思ってなかったんだお。マジスマソ」
「賃貸借りるとしてもブラックネームは無理だからな」
うーん、と唸る一同。
「…巫女がいいなら俺ん家来るか?」
「えっ?紀京おうちあるの?」
「俺店持ってるからさ。寝室はひとつだけど俺が店で寝れば良いし。セキュリティかなりしっかりしてるよ」
巫女が笑顔で隣に座ってくる。
なんか胸がほわほわするんだが。なんだコレ。
「どこにあるの?どういうおうち?」
「蔵屋敷のゾーンで、二階建て。戸建てだからうるさくしても大丈夫だし、目の前に川とか自然が結構多いし。風呂も大きいし布団はフカフカだし、近くにナチュラルボーンが経営してるオムライス屋さんあるぞ」
「行く!!」
間髪入れずにいい返事が来る。
おう、そうかそうか。
俺もまだ話したいことがあるんだ。
「お前、オムライスで釣ったな」
「清白さん!何の事ですか!!」
「手を出すなよ」
「だ、出しません!!!」
冷や汗をかきつつ、睨んでくる清白から目をそらす。そんな目的じゃないから!
「巫女、ハラスメントの設定教えるから、こっち来い」
「はらす?…なぁにそれ?」
「いいから。はよ。」
「???」
手招きされて、今度はマスターと清白の間に座る巫女。
マスターは頭を撫で始めた。
「紀京はそんな事しないだろ、清白は心配性だな」
「獄炎さん!もっと言ってやってください!」
「ふ…どうでしょうか?男はみな狼ですから。」
「そ、そうか?知っといて損はねぇし…いいか」
「殺氷さん酷くないですか?!」
俺はなんか冤罪かけられてる気がするなぁ!
「ちゃんと拒否になってるな。大丈夫。
いかがわしい事されそうになったら法術でも何でも使え。巫女なら瞬殺だ」
「うぅん?いかがわしい事って例えばどう言うの?」
おっとぉ……予想外の方向に転がってるぞー。どうするんだこれはー!
「ま、マスター、パス」
「おっけい!巫女たん、例えばだけど……」
マスターが丁寧に説明してる。単語がえぐい。そして単語だけで分からない巫女が、具体的な内容を聞いている。
男は全員分かりやすく顔が赤くなる。
エグい、エグすぎる。俺も知らないことばっかり喋ってる。耳塞ぎたい。
ハラスメント設定っていうのは、セクハラ対策だな!
オンラインゲームの中には、いたいけな女の子をだまして、強引にそういう事をする輩もいる。
拒否設定しておけば、そういう被害も起きない。
俺はそんな事絶対しないけどな!!!
許可すれば出来るらしいけど、結婚でもしない限りは許諾することなんかないと思う。
このゲームは結婚もある。
いつかしてみたいとは、思うけど。
「要するに嫌だと思ったら弾かれるの?」
「そうそう。思わなくてもさっき言った、やばい行為は自動で弾かれるから心配せんで良し。巫女たん可愛いから心配だお」
「ほ?そうなの?」
「可愛いおー!自覚無しなの?目の下のホクロとかマジツボ。可愛い。髪の毛白いのもいいよね」
「そぉ?あ、でも隠密行動するのに髪の毛は白いと面倒臭いよ。染色アンプルもうないし……」
「清白」
「あいよ」
「ちょっと!このパターンやめてよ!え、お金払えばいいの?」
「巫女から金取るかよ。貰っとけ」
「うーん……うーん……ありがとう…」
清白がまた物を押し付けてるな。アイツ何でも持ってるからなぁ。
染色アンプルを受け取って、巫女が髪の毛にちょん、と触る。
真っ白な髪が濡れ羽色の黒に染る。
洋服も、目も真っ黒でまたもやまっくろくろすけだ。
「はぁー、黒落ち着くー。」
「黒も色気が出てしまいますな。顔の問題か」
「マスター、同性だからってやめろ。セクハラすんな」
「ワンちゃんは分かるけど、スズは女の子じゃないのぉ?」
「俺はネカマだ」
「ネカマ?」
「中身男。」
「そ、そういう人もいるんだねぇ」
清白が自らネカマだとバラすのは久々だな…珍しいこともあるもんだ。
「スズ、こっち向いてぇ」
「あん?なっ!何して…」
「しー…」
巫女が清白の顔を両手で包み込んで、額をくっつける。な、何してるんだ?ハラスメント警告出てないんですけど……。
お互い嫌じゃないってことか……。
「我が神名において加護を授ける。名を清白、かの者を守り給え」
巫女が呟くと、ほんわりとした光が清白をつつみ、身体に染み込んでいく。
「な、なにした?!」
「ボクの加護を授けましたぁ。1ヶ月くらいで消えるけど、三回まで死ななくなるからさぁ。沢山貰ったお礼ね」
「な、なんだそれ…うわ、マジだ」
清白がステータスを開いてびっくりしてる。
三回不死ってことか?そんなシステムあったかな。ナチュラルボーンの力の範囲かな…?
「あんまり何度も出来ないから、みんなには後でねぇ。今日はありがとうございました」
巫女が立ち上がって、ペコリと頭を下げる。
くっそぉ!いい子だ…悪魔なんて呼ばれるような子じゃないだろ。
「…礼なんか要らねぇよ。俺はもう落ちるぜ。調べ物があるからよぉ」
「では私も。巫女、また…共にプレイしましょう」
「ウチもー!調べ物するから!ノシ」
マスター三人が揃ってログアウトしていく。
うーん。巫女の事調べに行ったんじゃないだろうか…大丈夫かな。
「巫女、とりあえず紀京の家に行け。ログアウトするならそこからの方がいい。ログインしたらそこからになる。安全だからな。…多分」
「清白ぉ…多分はやめろ多分は」
「わかんないだろ。ログアウトしない方がいい気もするけど、もしもの時があるかも知れないしな」
「んふふ…わかった。じゃまたね、スズ」
「おう。メッセージいつでもしていいからな」
「うん?うん、わかったぁ」
「清白さん!不名誉な気がする!」
「はよ行け。手出すなよ」
ぐぬぬ。
なんか悔しいんですが!!
「紀京!よろしくお願いします。」
「お、おう!んじゃ行こっか」
巫女がくっついてくるもんだからドギマギしながら転移法術を張り巡らせる。
転移が終わる一瞬……
「手出ししたら殺す」
物騒な清白の声が俺の耳に届いた。
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