log13...HARUTOを見失う(記録者:強化人間INA)

 コロッセオのVR試合が終了してからも、しばらくコックピットでぼんやりしていた。

 あたし、何をやっているのだろう。

 あいつと、HARUTOハルトと戦う為だけにゲームを移住して、ここまで来た。

 結果。

 勝負で負けて試合に勝った。

 戦術で負けて戦略で勝った。

 ……普通なら、それでよしとするべきだ。

 たかがSBスペアボディ二機を落とした所で、自軍そのものが負ければ何にもならない。

 あたしは、タイニー・ソフトウェアの一員として、あいつの居たタールベルク社に勝ったんだ。

 それで、終わり。

 納得が、行かなかった。

 戦術・戦略を云々するのであれば、あたし個人にとっての戦略とは「あいつに戦術で勝つ」事だった。

 あいつは、あの時点では強化人間ですら無かった。

 最初に出会ったゲームでもそうだった。

 前にも言ったように、あたしはそのゲームでユニーク・スキルを得ていた。余程大人数を相手にするのでも無ければ、負け知らずだった。

 対するあいつは、ごく一般的な装備だけで常にあたしを打ち負かし続けた。

 なまじ、届かない強さでは無いのが尚更悔しかった。

 負けた後にいつも痛感した。

 あの時ああすれば、勝てない戦いでは無かった。

 いっそ手も足も出ない力量差で完封される方が幾らもマシだった。

 そんな戦いを、あたしは全敗して来ていた。


 タールベルクは、あたしの所属するタイニーに併合された。

 あたしとあいつは、同じ陣営の味方同士になってしまった。

 このゲームのルールを思えば、充分予測出来た事だ。

 あたしにとって二作目のファンタジーゲームで、あたしは、あいつと同じ陣営になってしまうと言う同じミスを仕出かしていたからだ。

 それでもあたしは、あのサガルマータ防衛戦での戦いに賭けていたんだ。

 もし負けたら、なんて考えたくなかった。

 勿論、今しがたやったように、コロッセオでの模擬試合で勝負する事は幾らでも出来る。

 “愛想を尽かされ”ればいっそ話は早いけど、あいつは仕掛けられた勝負を全て受け続けるだろう。

 HARUTOハルトと言う男は、誰の事もしない。

 これ迄、三タイトルのゲームを共にして散々思い知らされた。

 あれは、緩やかで目立たない、一種の病気だ。

 そこで、一勝出来るまであいつに噛みつき続けるのか?

 何勝すれば、この気持ちは晴れるのか。

 いや、もっと言うなら、

 

 あたしの人生って、あいつに勝つかどうかで完結するものなのか。

 それで良いのか。


INAイナさーん? いつまで凹んでる気すか》

 コックピットの外から、KENケンの通信。

 思った以上にぼーっとしてしまっていたようだ。 

 あたしは人知れず慌ててコックピットを開いた。

 ガレージの冷たい空気と同時に、あからさまに肩を竦めて見せるKENケンの姿が目に入った。

「この後チームミーティングですよ。いつもは俺の遅刻を怒っておいて、自分がしれっと同じ事するとかひどくないですか?」

「ぁ……うん」

「タールベルクを吸収したんですから、俺らも機体の構築アセン考え直さないと。置いていかれちまう」

 置いて、いかれる。

 ――それは、誰に?

「…………ぅん」

 あたしは、咄嗟に、何も言葉が浮かばなかった。

 すっと、KENケンの顔から色が消えたように見えた時、あたしは彼にようやく違和感を覚えた。

INAイナさん」

 声にも、温度が無い。

 彼のこんな声は、初めて耳にした。

 ――いや、初めてなのか?

 いつか、何処かで、あたしは彼の、こんな、

「俺、前のクトゥルフもののゲームあたりから、前よりお喋りになりませんでした?」

「ぇ……あ、うん、それは、思っていた」

 ここからは、ちゃんと彼の言葉を受け止めないと。何かが終わりかねない気がした。

「俺ね、だけなんです。

 あー、はいはい、全部あなた様の仰有る通りです! ってニコニコ言ってる時」

 

「俺がもう、その相手に何も――常識的な理解すらも――期待していない証拠なんです」

 

 それは。

 そうか、思い出した。

 初めてKENケン達と出会ったゲームで、あたしはユニーク・スキルを笠に着て横暴の限りを尽くしていた。

 それこそ、ケチな小悪党の頭目だった。

 あの時、あたしはKENケン達を“手下”と呼ばわって憚らなかったけど……あの頃の彼らがあたしに向けていた顔は。

「持論ですがね。話してわかるヤツって、そもそもから、ハナから道理が通じないヤツは最後まで道理が通じない。

 、俺はそう考えています」

 あたしは、とうとう彼から目を逸らしてしまう。

「ヤツに勝ちたいのは、何もあんた一人じゃあない。あまり半端なマネはしないで下さいよ、リーダー」

 そして気付いた。

 今のあたしが見てられないのは、彼の目ばかりでは無くて。

 何処も行き場が無いけれど、存在しない、と言う事は出来ないので下を向く。

 長く伸ばした黒髪を、隠れ蓑に。

 彼は、それ以上何も言わなかった。

「……今の対戦相手」

 心がこの上なく削げ落ちて、自然と出てきた言葉が何故かこれだった。

禍蛇カダって逆関節機体の。

 ……見事だった。機体構成も、それを扱う技量も」

 多分、肌で感じた。

 彼(或いは彼女?)と、あたしとの違い。

「この世界ゲームを、ガチでやっている人なのだろうね」

 所詮は一期一会の対戦相手。人となりを想像する余地もない。

 実際に悩む程の悩みが無いのか、あっても上手く折り合えているのかは分からないけれど。

 ただ、あたしの脈絡無い呟きを受けたKENケンが、俯くあたしの顔をわざとらしく覗き込んで来て。

「惨敗した相手にそう言えるようになったのは、着実な進歩じゃないすか」

 その顔にも声にも、険が消えている……と言うのはあたしの希望的観測だろうか。

「何か今日は全体的に上から目線じゃない? KENケンの癖に」

「言ったでしょう。俺の場合、従順な態度の時の方がヤバい事考えてるんですって」

 良く言う。

「……てゆーか思うんですが、HARUTOハルトに勝つのって、必ずしもヤツを撃墜しなきゃダメなんですかね?」

「え?」

「いえね、このゲームでは敵対しにくくなったとは言っても、勝利条件をどう考えるかで、やりようがあるんでないかって思うんですよ」

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