恋する乙女は紅蓮の輪廻に繋がれて

よるか

世界が灼ける音

 世界は紅く染まっている。

 果実の色か、人に流れる血の色か。

 ありふれたどのような赤よりも紅く、紅蓮の炎が全てを灼いている。


 地平線の彼方までが見渡せる遙か上空、熱に焦がされ揺れる陽炎の中、一人の少女が浮かんでいた。

 終末の風に乗って流れる長い髪は、世界を染める炎の色にも負けない鮮やかな紅色あかいろを振りまいて、ぱちりと開く深緑色をした瞳がただ静かに、終わる世界を映し出す。

 その身を包んでいるのは純白の鎧だ。背面が足首まで届くフィッシュテール調のロングスカートは髪色と同じ紅色をし、揺れる炎のよう風に靡いた。

 黒いガントレットをはめる左手を胸の前で握り締め、真っすぐ横へ伸ばされた右腕の先で、紅蓮の聖剣――世界を灼いた白銀の刃が煌く。


 人が片手で持つには重たそうなイメージも浮かぶ剣は、柄の部分が金色に輝き、刻まれた紋様が紅く浮かび上がる。柄頭から伸びる金色の鎖には紅い宝石が埋め込まれており、地上の炎に照らされキラキラと輝いた。

 それが、世界を灼く者の証だ。人の世では決して語られない。語られることはあり得ない。ただ、ひっそりと囁かれた彼女の名は――紅き乙女。


 女性の紅髪あかがみを幸運の証だと誰が言い出したかは知らないけれど、その名残は世界に残り続けてしまった。戦を勝利に導く戦乙女、勝利の輝き、そのように例えられることもあると聞く。

 ただ、その実態はどうなのだろう――と彼女は一人、考えてしまうのだ。


――わたしに求められることは、ただただ全てを無に還すだけ。そこにある命も、築かれた歴史も、全て灼いてしまうだけ。


 紅蓮の聖剣を手に、世界を灼く使命を担って百年に一度目を覚ます。

 そうして世界は終わっていく。そうして世界は繰り返す。

 大陸も海も越えて大地へ十字に刻まれた大きな傷跡からは、轟々と紅蓮の炎が溢れ出している。果ては空さえも灼き尽くして、この世界も終わっていくのだろう。


――それは全てわたしがしたことで、わたしが負った責任だから。


 少女は握り締めた左手をゆっくりと開いて、手のひらをじっとりと見つめていた。

 誰かの手を取ることももうない手は血に塗れたように黒焦げて、もう一度ぎゅっと握り締めればただただ虚しくくうを掴む。


――それが、この世界のルールだから。


 誰が定めたかなんてことも、今となってはもうどうでもいい。

 何のためだとか、誰のためだとか、考えるには長く繰り返しすぎた。

 何度目か何十回目か、何百回か何千回か、考えるだけ無駄なのだ。


――どうせ時機に、わたしも燃え尽きる、この世界と同様に。


 そして、無に還り、再び百年の時を超えて目覚めるまで、ただただ眠りにつく。また次の世界がはじまって、新しい百年は再び灼かれることになる。


――だからもう、何も想わなくていい。


 酷く冷たい眼差しは灼ける空を見上げていて、すっかり焦げた想いには涙すら渇いてしまった。

 ちくりと胸のうちがわずかに痛んだ気がする。

 だけど、そんな想いにすら蓋をして――そっと閉じた深緑の瞳からは輝きが消えた。


――こんな痛みも、灼いてしまえばいい。一緒に燃えよう、煙となろう。


 世界は紅く染まっている。

 少女も紅い空へ溶けていく。

 そうして全ては灼き尽くされて、世界は終わりを迎えたのだ。



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