ギャングに嫁がされた聖女様は今日も人助け!……をギャングにさせる~極悪非道と言われてますが、皆さんとても良い方でした!(極めて激しい勘違い)~

青空あかな

第1話:嫁入りは突然に

「おい、お前ら聞け! 教会から聖女を人質に取ることが決まったぞ! これで俺たちは王国騎士団から目をつけられなくなるわけだ! ヒャハハハハッ!」


 ベイルヘイト王国の地方にある街、セフォン。

 その一角にある巨大な黒い屋敷の中の、これまた巨大な黒塗りの執務室で、一人の男が高笑いしていた。

 長く伸ばした髪は闇夜の如き黒く、隙間から覗く黒い目は狼のように鋭い。

 背丈は一般的な成人男性より一回り大きく、左目にはざっくりとした切り傷があった。

 見るからに堅気の人間でない男の名は、シルフ。

 極悪非道と呼ばれるギャング団、“夜の悪霊”の団長だった。


「「さすがは団長だ! 俺たちとは考えることがちげえ!」」


 シルフの周りでは、総勢30人の男たちが讃えていた。

 彼らはみな団員だ。

 市民をいびり、高利貸しをし、賭博をし……シルフの下、強い結束で裏社会での勢力を拡大していた。

 その横暴さからついた通称は、“泣く子も黙るギャング団”。

 しかし面倒なことに、赴任予定の新しい騎士団長が少々厄介な人物だった。

 以前のヘタレとは違い、優秀で武芸にも秀でている。

 “夜の悪霊”への締め付けが増したら面倒だ。

 今は他のギャングとの抗争に向けて、力を溜めたい大事な時期だ。

 そこで、シルフは考えた。


(先に聖女と婚姻関係を結んでやる)


 聖女を盾にすれば、騎士団の連中も簡単には手出しできないはずだ。

 今まで以上に、悪事に没頭できる。


「さっさと来ねえかなぁ! 楽しみで昨日は眠れなかったぜ! 男社会の厳しさを教えてやるぞ、お前ら! ヒャハハハハッ!」

「「ククク……俺たちはもっと悪道を突き詰められるってことですね! さあ、来い女ぁ! うちに来たのが運の尽きだぜ! ククク……!」」


 いよいよ人質がやってくる。

 設立以来ずっと男社会の彼らは、これからやってくるいたいけな少女を苛め抜く気満々であった。


◆◆◆


「はぁ……」


 “夜の悪霊”のアジトと同じ地区にある寂れた教会――“聖セフォン教会”。

 修道院長であるグレンダは朝から憂鬱だった。

 考え込みやすい彼女はいつも鬱々とした日々を送っているが、今日は過去一番憂鬱な日だ。

 意を決して礼拝堂に行く。

 講堂全体は黄金のように輝いているので、今日も彼女が五万回ほど拭いたに違いない。

 上を見上げると、件の娘は天井に張り付き掃除していた。


「ソレイユ、ちょっといいかしら? あのね…………大事な話があるの」

「はい! なんでしょうか、院長先生! 私、大事な話大好きです!」


 シュダッ! と天井から着地したのはソレイユ。

 “聖セフォン教会”で見習い聖女を務める少女だ。

 さらさらとした長いブロンドヘアに、エメラルドのような美しい緑の瞳。

 鼻の周りにあるそばかすが活発な印象の娘だった。

 たしか今年で14歳。

 こんないたいけな少女に教会の命運を任せなければいけないなんて……と思うと、グレンダは胃がねじ切れそうだった。


「落ち着いてよく聞いて。あなたはね……嫁入りすることになってしまったの。しかも極悪ギャング“夜の悪霊”を仕切る、あのシルフに……うっうっ……」


 泣き崩れるグレンダ。

 慈悲深い修道院長は申し訳なさに心が壊れそうだったが、ソレイユは少しも悲嘆していない。

 教会から出たことがない彼女は少々世間知らずであり、ギャングは裏から街を守る良い人たちだと思い込んでいた。

 嫁入りとはギャングの妻になるということ。

 つまり、人助けの先頭に立てる。

 たちまち、ソレイユの頭も胸も人々へ奉仕できる期待でいっぱいになった。


「そうなんですかぁ! いやぁ、楽しみですねぇ! そんな大役をくださりありがとうございます、院長先生!」

「本当にごめんなさい……ソレイユ……あなたにしか頼めないの……」


 セフォンの街は王都から離れていることもあり、王国騎士団の目が届きにくい。

 そのため、年々治安が悪化していた。

 主な原因はギャングの存在だ。

 騎士団の統率が及ばないのをいいことに、“夜の悪霊”以外にもギャングがのさばっている。

 武力のない教会は言いなりになるしかなかった。

 新しい騎士団長が就任するというウワサはあったが、終ぞ間に合わなかったのだ。


「でも、どうして私を選んでいただけたのでしょうか!?」

「あなたは私たちより……その……色々と丈夫だから……」


 ソレイユは強い信仰心と純粋過ぎる心により、心身とも超人的な丈夫さを手に入れた。

 “聖セフォン教会”……というより、もはや王国の誰よりも頑強な人物だ。

 今朝の掃除も昨夜七時から行っているので、すでに十二時間ぶっ続け。

 人助けや奉仕のためならば、一週間断食してもまったく苦でもなかった。


「おぉい! クソ尼! さっさと出て来いや!」


 不意に教会の外が騒がしくなった。

 ソレイユはギャング団が来たことを察する。

 横暴な言葉遣いではあったが、彼女の勘違いは修正されない。


『聖女さ~ん、迎えに来ましたよ~』


 彼女の耳は、暴言だとか乱暴な言葉は別の単語に変換する機能を持っていた。

 ソレイユは我先にと教会の外へ行く。

 待ち望んだ奉仕の日々がすぐそこに……。

 期待に胸を膨らませ、壊れそうな勢いで扉を開けると、シルフより大きな巨漢が出迎えた。


「へっ、お前がソレイユかよ。貧弱そうな娘だぜ。さあ、さっさと馬車に乗り込め。さもないと……」

「お迎えありがとうございます! カッコいい眼帯ですねぇ! 人助けの称号ですか!?」

「な、なに?」


 男の名はパッチアイ。

 “夜の悪霊”でナンバー2を務めている。

 胸まで伸びたもじゃもじゃの赤い口髭、太い眉、薄汚れたバンダナ、右目の眼帯……海賊上がりの彼は、風体も海賊そのものだった。

 シルフの次に恐れられ、特にトレードマークの大きな眼帯を見ると市民は震え上がる……。

 のだが、純粋なソレイユはまったく怖がることはなく、むしろ輝かしい瞳で彼を見ていた。

 屈強な肉体は長年の奉仕活動で鍛え上げられたもの、右目の眼帯は凶暴な魔物から弱者を守った勲章……。

 ソレイユは意気揚々と馬車の扉を開ける。


「私、馬車に乗るの初めてです! 見た目より中が広くてビックリしました! 椅子もふかふかですね~! 何の毛が入ってるんですか?」

「し、静かにしろってんだよ!」


 どうにかしてソレイユを乗らせたものの、パッチアイは微かな不安に駆られていた。


(思っていたのと違うぞ……?)


 ふるふると怯える子犬のような聖女を予想していたが、まったく正反対の人物が乗り込んできた。

 教会に確認しようかと思ったが、ソレイユは構わず質問しまくる。

 彼女は純粋なだけでなく、好奇心も人一倍強かった。


「私はソレイユと申します! お兄さんのお名前を伺ってもよろしいですか!?」

「パ……パッチアイって名前だ」

「かわいいお名前ですねぇ! これからはパッチアイさんって、お呼びしますね!」


 部下にかわいいなど言われようものなら即座に殴り倒していたが、そういうわけにもいかない。

 団長の妻となる女なのだ。

 パッチアイの葛藤もつゆ知らず、ソレイユはとにかく色んなことが気になった。

 すぐ聞かないと気が済まない。


「お馬さんもパッチアイさんが育ててるんですか!?」

「ちょっと黙ってて!」


 パッチアイは鞭をしならせ馬車を走らす。

 ソレイユが身体をぶつけないよう慎重に。


 ――設立以来、ずっと男社会。


 それはつまり女性に対する免疫がないということで、彼らがソレイユに絆されるのも時間の問題だった。

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