パパ活女子、クラスメイトに買われる。
能代 リョウ
お父さんとエッチなことするの! やめてください!
第1話 天ヶ瀬はやめさせたい
「それじゃあ、これが今日のお金ね」
「ん、どうも」
しっかりと鍛え上げられているのであろう引き締まった上半身を晒した男性から、私は金封を受け取る。マメなものだ。大半の人は、財布から直接お札を出してくるというのに。
ベッドから立ち上がる。ふと、太股を伝い垂れて地面に落ちる粘液の存在を感じたが、それに構わずソファに投げ置いた鞄のほうへ向かう。
本来なら会ってすぐにお金は受け取っているのだけど、この人は常連なのでこうしてプレイ後に支払いをするようになっていた。
金封を鞄にしまっていると背後から言葉が投げかけられた。
「らんちゃんは、最近どう? 学校は楽しいかい?」
この人は、所謂太客というやつだった。
待ち合わせ場所に現れる際はきまって、グリースでカッチリと固められたオールバックに、少し青みがかった本人の身体と完全にフィットしているオーダーメイドスーツ。
いかにもイケイケな体育会系企業に属していそうな“勝ち組”なわけだけれど、それもそのはずで、本人曰く外資系銀行にお勤めのようだ。
日々の仕事が多忙らしく、こうしてお呼ばれする回数そのものは少ない。
だが、彼は私が提示している金額以上を毎度のごとく支払ってくるのだ。結果的に、他の“パパ”よりも時間に対する対価は大きい。
そんな彼の機嫌を損ねるわけにもいかず、プライベートに詮索してくるなと言い返したい気持ちを押し殺して返事をした。
「まあまあ、ですかね」
「ははっ、まあまあか。答えが完全にうちの娘と同じだね」
「……娘さん、いらっしゃるんですか」
初めて聞いた話だったが意外……ではないか。
若々しい見た目をしているけれど、うちの親と同年代らしいし、何より地位と財産を持っている男だ。嫁の一人ぐらい設けていて当然に思える。
「高校二年生なんだがね……。どうも、難しい年頃で。あまり会話をしてくれないんだ」
高校二年生。私と同い年というわけか。
つまりこの男は、金を払い自分の娘と同い年の女を抱いていているのだ。
嫌悪感が生まれないわけではなかった。
だが、身体を売って泡銭を稼いでいる私に彼を糾弾する資格はない。
だから、当たり障りのない返事をしておく。
「まあ、私も親とはろくに話さないので。そんなものなんじゃないですか」
……もっとも、私の場合は年頃の問題ではないのだけれど。
無難な私の回答でも、彼は満足したようで参考にするよと鷹揚に頷いた。
スマホで時間を確認する。まだ二十一時過ぎ。
風俗でもないので、明確に時間を決めているわけではなかったが、これではあまりに早すぎる。
大金を貰っているのでそれ相応のサービスを……なんて、善良な心ではない。ただ単に、まだ家に帰りたくないだけだ。
笑える話だ。自宅よりも、二回りも年上の男性とホテルで過ごす方がマシに思うなんて。
心の内で自虐的な笑いを浮かべつつ、彼の座っているベッドへ。そのまま肌が密着する距離に腰掛けると、腹部に腕が回ってくる。
今日はあと何回戦するのだろう。
※※※
「それじゃあ気をつけて帰るんだよ。補導には気をつけて」
「はい。ありがとうございました」
私が一礼すると彼はアクセルを踏み込み、高級そうな黒塗りの外車は夜の闇に姿を消していった。
未成年淫行を働いているのに補導に注意するように言われるなんて、と思ったけれど単に芋づる式で自らの罪が暴かれるのを恐れているのか。
しかし、彼の言うとおり警察は面倒だ。売春について自供するつもりなんて毛頭もないが、かといって無駄に時間を取られるのは鬱陶しい。何より、親に連絡がいく……最悪なのは迎えが必要になることだ。
解散した場所から歩いてすぐの駅へ。電光掲示板は本日の電車が残り二本しかないことを報せていた。
身バレ防止のために、パパ活をするのは地元から離れたところと決めている。
だから家の最寄りまではここから三十分以上電車に揺られることになる。
まあ、その分帰宅時間が遅くなるので私としては僥倖なのだけれど。
ICカードを改札にかざして通り抜ける。
地方都市の外れで、ましてや終電間近ともなるとホームに人は数えられるほどしかいない。
その殆どが駅からすぐの歓楽街で遊んでいた人達だ。
だから、だろうか。ホームの端あたりにいた同年代らしき女の子が目に付いたのは。
もちろん遠巻きなので詳しい外見はわからない。ただ、若い女性がこんな時間に一人で来るような駅ではない。私が言うのもなんだけど。
けれど、気になったのも束の間。アナウンスが流れた後、ホームに電卓が到着した。
車両に乗り込み、座席に腰を落ち着けた頃には彼女のことはどこか彼方へ。代わりに私の頭を占拠しているのは、これから帰るべき私の家とやらだった。
※※※
イヤホンからうるさいぐらいの爆音で近頃のヒットチャートが鳴り響く。
元来、私は音楽に興味などない。けれど、こうして音で耳を塞ぎこむと世界と自分を切り離せるような気がして、家ではいつもこうしていた。
トラックが変わり、耳に優しい穏やかなバラード曲を聞きながら明日の時間割に合わせて通学鞄の中身を入れ替えていると、ふと思い出した。
そういえば、今日の下校時珍しくクラスメイトに話かけられたのだ。
ビクビクと、まるで危険生物に近づくような挙動でこちらに近づいてきたその子は、
「う、碓氷さん。明日、日直だから」
「ああ、うん。ありが――」
用件を伝えると、私が礼を言う前にそそくさと逃げるようにして走って行ってしまった。
どうしてそこまで怯えられているのか、という疑問はさておき明日私は日直らしい。
とはいえ、日直といえど特別な仕事は何もない。教室の鍵は部活動で朝練がある人が解錠するし、やることと言えばせいぜい日誌の記帳ぐらいだ。
その日誌を朝礼前に職員室へ取りに行く必要があるのが面倒なぐらいだろうか。
加えて、日直は何も一人ではない。クラスメイトからもう一名、日直にあてがわれているはずだ。最悪、その人に仕事を丸投げしてもいい。というか、そうなるだろう。
これは何も私が怠惰で、相方に業務を押しつけているわけではない。
私と日直でペアになった人は、率先して動いてくれるのだ。それはまるで、私から仕事を奪うかのように。
実際、それが目的なのだろう。私と会話をする回数を減らすにはどうすればいいか。考えた結果、一人で仕事をこなしてしまえばいい。
それなら教師に怒られることもなければ、角が立つこともない。
私も、日直の責務から解き放たれてハッピー……ではあるのだけど。
やはり疑問になってくるのが、どうして私はそこまで避けられているのか。
確かに裏では売春をしているような女だが、それを口外したことはない。正確には口外する相手がいなかった。
別に寂しいとか、そういうわけではない。ただ不思議なだけだ。
だけどイジメにあっているわけでもないので、この疑問を解決するために動くことも、まあないのだろう。学生とは思えない希薄な人間関係だ。
きっとクラスメイトに私の下の名前を知っている人はいないし、卒業するまでそれは変わらない。だが、よく考えてみれば私も私でクラスメイトの名前をろくに覚えていない。
私が明日の日直であると伝えてきてくれた彼女のこともそうだ。
こんな態度だから誰も寄りついてこないのは自然なことだった。
でもまあ、どれもこれも嘆いても仕方ないことだ。
他責するつもりはないけれど、私が今まで送ってきた境遇を鑑みればクラスメイトの名前なんて、何の意味もない文字列であることは自明なのだから。
※※※
明けて学校へ。教室に赴くと予想通り日誌は既に教卓の上にあった。どうやら日直の相方の人が取りに行ってくれたらしい。この様子なら、日誌の記入もやってくれるだろう。
それなら私がすることは一つ。日誌のサイン欄に記名するだけだ。
そう思って、今日のページを開くと既になにか書き込まれている。
そこには私にとって馴染みのある文字――というか、私の名前が仕込まれたメッセージが記されていた。
『碓氷さんへ。今日の放課後、体育館裏まで来てください』
碓氷さん、なんて珍しい名字をしている人間は少なくともこの学校には私しかいないはずだ。加えて私が開くことを予見して、日誌にメッセージを残したのだろう。
だからこれは間違いなく、私宛てだ。
これは誰からのメッセージなのか、だけれど……。
大方予想はついていた。きっと日直のペアだろう。
黒板の日直欄に目をやると、そこには『天ヶ瀬・碓氷』とあった。
前回もこの天ヶ瀬という人と日直だった気がする。気がする、というのはつまりあまり覚えていないのだ。まあ、出席番号が隣り合っているのでそういうことなんだろう。
しかし、天ヶ瀬ねえ……。どうやら教室にはいないようだ。
けれど名前がわかれば顔は思い浮かんだ。
なんだか、フワフワとしているというかお嬢様っぽい人だったはず。いつも周囲は友人に囲まれていて、私とは真反対。それ以上のイメージはなかった。話したこともない。
そんな天ヶ瀬とやらが一体何の用だろうか。いい加減、日直として働けと叱責される?
だとしたら、わざわざ体育館裏に呼び出す理由がわからないけれど。
ひとまず天ヶ瀬からのメッセージは日誌とは関係ない内容なので消しゴムで真っさらにしてから、本来の目的であるサイン欄への記名をしておいた。
そして迎えた放課後。件の天ヶ瀬は放課後になるやいなや教室を飛び出していってしまった。
確認を取ったわけでもないので、あのメッセージの主は天ヶ瀬じゃない可能性もあったが、教室の扉をくぐる瞬間、確かにこちらを見やっていたのでやはり天ヶ瀬で間違いのだろう。
あんな書面を残しておいて、ついぞ天ヶ瀬が私に話しかけてきたりすることはなかった。どうやら、体育館裏に行かないと要件を話すつもりはないらしい。
面倒な気持ちがないわけじゃなかったが、今日はこの後予定もない。となると、家に帰りたくない私はどこかで時間を潰す必要があった。
天ヶ瀬が余程のことを言い出さない限り、帰宅するよりはマシな時間の過ごし方が出来るはずだ。
天ヶ瀬の後を追うように教室を出る。一度下足を経由し、外靴に履き替えてから体育館へ。体育館の中ではバスケットボール部が活動の準備を慌ただしそうに始めていた。
体操服姿の人達とすれ違うようにして、普段は足を踏み入れないような学校敷地の奥へ奥へと進んでいく。
辿り着いた体育館裏は想像以上に雑多な場所だった。授業で使うのか、はたまた部活動の備品なのか、とにかく色んな器具が野ざらしになっている。
そんな野暮ったい空間で、春の穏やかな陽射しを浴びている女生徒が一人。
やはり私のことを呼び出したのは天ヶ瀬だった。誰が相手でもいいのだけど、予想通りなことに安堵する。
足音でこちらの存在に気がついたのか天ヶ瀬が振り向いた。
「ちゃんと来てくれたんですね」
どこか言葉に刺を感じる。そしてそれは気のせいではない。天ヶ瀬の目には、明らかに敵愾心が宿っていた。
もしかして、本当に日直頑張れよと怒られるの……?
それにしては表情が本気すぎる気がするのだけど。
「ま、まあ……。それで、どうかしたの?」
「『どうかしたの?』 この期に及んで『どうかしたの?』 ですか…………?」
あっ、マズい。どうやら返事を間違えてしまったらしい。
けれど、私には天ヶ瀬を怒らせてしまうような心当たりが全くない。
何せ、まともに言葉を交わすのはこれが初めてなのだ。
まさか日直をサボっただけでここまで怒髪天を衝くこともないだろう。
「――めてください」
天ヶ瀬の発したそれは、前半部分は掠れて聞こえなかった。
それを自覚したのか、天ヶ瀬は一度大きく深呼吸をした後、こちらを射竦めるような視線と共に再度叫んだ。
「お父さんとエッチなことするの! やめてください!」
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