第一の殺人

 同窓会では、飲み過ぎた。


 最初は、痩せ細った楓の姿を見てしまったことのショックを紛らわせるために、アルコールに頼った。


 その後は、旧友と過ごす時間が楽しくて、無意識のうちに酒が進んだ。



 八年ぶりに生まれ故郷に戻ってきたのである。

 少しくらい羽目を外し、少しくらい飲み過ぎたって構わないだろう――同窓会の余韻の中、宿に向かって外灯のない道を千鳥足で進みながら、僕はそう思っていた。



 しかし、結果として、同窓会で飲み過ぎたことを契機として、僕は、最悪な厄介ごとに巻き込まれることとなってしまったのである。



 つまり、次の日の朝、予定どおりの時間に目を覚まし、予定どおりの時間に宿を出発して東京に向かってさえいれば、僕は、事件の傍観者――しかも、事後的に報告を受けるだけの者――でいられたのである。



 しかし、ほんの数時間寝坊してしまったことによって、僕の運命は大きく変わってしまった。



 僕は、事件の解決をする役目を任されることとなってしまったのである。


 ただし、主役ではなく、脇役として。




 昼過ぎになって、二日酔いによる軽い頭痛を覚えながら宿を出た僕は、そのままレンタカーに乗り込むことができなかった。



 村でただならぬ事態が起きていることに気付いてしまったのである。

 普段は人通りがほとんどない道を、たくさんの人が右往左往しているのである。


 しかも、僕は、そのうちの一人が、ハッキリとこう言うのを聞いてしまったのである。



「またヒ素で人が殺された」


と。


 僕は、戦慄した。


 この村の「呪い」は、やはりまだ解けていなかったのである。



 後から考えると、僕は、その不吉な言葉を聞いた段階で、この村から逃走を図るべきだったのだ。


 元から車に乗るつもりで宿から出たのである。初心どおり、車に乗り込めば良いだけの話だ。


 しかし、それができなかったのは、人口わずか二千人のJ村という狭いコミュニティゆえである。



 殺されたのが、僕と近しい人物だったらどうしよう、と僕は考えてしまった。


 被害者が、僕と昨日一緒に飲んだ誰かだったらどうしよう、と思ったわけである。



 ただ、この時の僕の心境を正確に述べれば、「被害者が僕の知らない誰かであることを早く確認して、安心したい」というものであり、まさか



 被害者が誰なのか、僕が予め分かっていたとすれば、僕は、事件現場などには行かず、やはり逃げ出していたと思う。



「こっちだ!」


と叫ぶ村人がいた。村人が集まっているのは、坂道である。叫んだ村人が指したのは、坂を下った先だった。


 僕は小走りで、他の村人にくっついて、坂を下っていく。



 そして、明らかにそこが現場だと分かる人だかりにたどり着いた。


 

 僕は、早く死体の顔を見て安心したいと思い、人混みをかき分けていく。


 幸い、人混みを形成するほとんどの者は、ヨボヨボの老人である。僕が少し背中を押すだけで、すぐに道を開けてくれた。



 ヒ素による殺人だなんて、おっかなさこの上ない。



――とはいえ、どうせ殺されたのは、知らない誰かなのだ。


 どうせ知らない誰かが――



 人混みの先頭に立ち、目の前で仰向けに倒れている人物の顔を見た僕は、唖然とした。



 白目を剥いて死んでいたのは、僕のよく知っている人物――淡路家の双子の兄である貞廣だったのである。

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