第2話旅立ち

 俺はダンジョンを目指すことにした。

 場所には心当たりがある。

 だが、俺の歩みを邪魔する者がいた。


 ソフィアだ。俺の後を追ってきた。


「エリアス様、どちらに行かれるのですか? それに、『すてぇたすおうぷん』とはどういう意味ですか?」


 やべぇっ、聞かれてた。

 完全にヤベぇ奴と思われた。


「いや、その、モンスター倒しに行きたいかなって。ダメかな?」


「エリアス様、どうされたのですか? いつもは食っちゃ寝の怠惰な生活をなさっていたのに急に……」


 エリアス・フォン・ディートリヒ怠惰な貴族だった。

 国内最大勢力ディートリヒ家の血筋の子である。

 庶子とはいえ、確実にレオン・フォン・ディートリヒの血を引いていた


 周りから甘やかされて育った。

 本邸に住む父レオン・フォン・ディートリヒ、本妻、その子供達とは別々に住んでいるが、食事の時は一緒だし、入りたいと思ったら、いつでも本邸に立ち入ることが出来た。


 ソフィアには本当の事は言わない方が良かったのかもしれない。

 でも、俺は正直に話すことにした。


「ソフィ、聞いてくれ。俺は強くなりたくなったんだ。黙って行かせてほしい」


「エリアス様、いつかそう仰る日が来ると思っていました。レオン様の血を引いていらっしゃますから……でも、今じゃなくても。エリアス様はまだ7歳なのですから」


「年齢は関係ない。今、強くなりたいと思ってしまったから。この気持ちは誰にも止められない」


「でしたら、せめてこのソフィアも付いて行かせて下さい。私が只のメイドでなく、エリアス様の護衛も兼ねている事はご存じでしょう?」


「ああ、分かっている。父上の命令で俺を守ってくれていることを。俺の身に何かあったらソフィの立場が悪くなることも」


「でしたら止めてくれるのですね? また食っちゃ寝の怠惰な生活を続ければよろしいではありませんか?」


「悪いけど無理だ。前の生活に戻るのは嫌なんだ。自分が嫌いになる。それにソフィを危険な目に遭わせられない」


「何を仰って居るのですか? 失礼を承知で言わせていただくと、私の方がエリアス様より遥かに強いです。エリアス様に仇なす者は全て私が切り伏せます」


「ソフィ、それじゃ駄目なんだ。それじゃ、俺が一生成長できない」


「良いではありませんか。ここには全てあります。お金、美味しい食べ物、綺麗な服、大きなお屋敷、安全な生活。何の不自由がありましょうか?」


「それが嫌なんだ。その不自由がないのが。自分の手で手に入れたいんだ」


「私は自分の身が可愛くて言っているのではありません。エリアス様は私の生きる意味です。お願いです、行かないで下さい!」


「ごめん、ソフィ。俺は行くよ。俺の中の強くなりたいという衝動は止められない」


 俺はなんて幸せ者なんだ。

 こんな怠惰なだけの何のとりえもない人間を大事に思ってくれる人がいるなんて。

 ソフィアは両腕を広げて俺の前に立ちふさがっている。


「ソフィア、エリアスを行かせてあげなさい」


 そこで、横合いから声が掛けられる。

 父上、レオン・フォン・ディートリヒだ。


「!?」


 何故ここに? 父上が別邸にいることは珍しいというか初めてなはず。


「レオン様……」


「ソフィア、エリアスを心配してくれてありがとう。君のような娘がいてくれて嬉しいよ。大丈夫だ、エリアスは必ず無事で帰ってくる。何かあったとしても君の立場が悪くなることはない。安心しなさい」


「ですが……」


 父上が許可しているのに、ソフィアはまだ逡巡している。

 俺は父上が許可してくれたことが単純に疑問だったので、何故許可してくれたのか聞いてみた。


「父上よろしいのですか? ディートリヒ家の男子は私だけです。庶子とはいえ私が死ぬとディートリヒ家の男子はいなくなりますが」


「何を申している。お前が行くと言ったのだろう? 何を日和っている? それとも、もう行かないとでも申すのか?」


「!」


 とても厳しい声で父上は仰った。

 ソフィアに優しく話しかけている時とは別人のように厳しかった。

 ただ、正論だった。


 自分から強くなるとか言い出しておいて、直前で日和った発言をしてしまった。

 完全に自分のせいだ。


「父上、申し訳ありません。自分の中の甘い考えが出てしまいました。聞かなかったことにして下さい。」


「よかろう。一度だけなら許そう」


「ありがとうございます。では、行って参ります」


 先ほどまで俺の前に立ちふさがっていたソフィアは横合いにずれていた。

 心配そうなソフィアと、厳しい眼差しの父上を背に感じながら、俺は前に進んでいく。

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