第22話 パーティーと暗転




 ベル嬢はそれからすぐに帰っていった。


「エリィ様。大丈夫ですか?」

「……ええ、大丈夫」

「ですが顔色が……」

「大丈夫」


 私は大丈夫と繰り返した。

 けど余程顔色が悪かったのか、ソニアは今日の勉強を中止にして、部屋で休むよう気遣ってくれた。


「……」


 部屋に戻った私はベッドに倒れ込み、そのまま何時間も虚空を見つめていた。


 いつかきっとシェンも気づく。

 私が本当は、彼の記憶の中にある美化された私とは違うことに。


 私が無意識に目を逸らしていた事実はベル嬢の手で掘り起こされ、ずっと頭の中をぐるぐる回っている。


「エリィ」


 ふとノックの音とともに、廊下からシェンの声がした。


「はい……」

「入ってもいいか?」

「……ごめんなさい、今はちょっと」


 こんな顔、彼には見せられない。


「そうか……ソニアから食事を摂ってないと聞いたんだが」

「……大丈夫。少し食欲がなくて」

「本当か?」


 シェンの声のトーンが一段下がる。


「昼間にボルギア家の女が来たと聞いたが、何か言われたのか?」

「……いえ」


 こんなこと相談できるわけがない。


 いや、嘘。


 本当は相談して、シェンに気づかれることが一番怖い。


「……そうか。ならいいが」

「……」

「来週には婚約発表のパーティーだ。それが終わったらまたふたりで出かけよう」

「……ええ」


 シェンの気配が離れていく。


 彼がいなくなってから、私はその場でずるずるとへたり込んだ。


 ベル嬢の言うように、いつかは絶対気づかれるのに。


 それを自分から言い出す勇気もなくて、彼を騙してる。


 なんて卑怯で浅ましい女なんだろう。


 せめて結婚する前に、ううん、婚約する前に彼に確かめるべきなのに。

 それすらも勇気がなくてできない。


「どうしよう……」


 私はただ膝を抱えて、そう呟くことしかできなかった。


▽ ▽ ▽ ▽


 そして時間は流れ。

 婚約発表パーティー当日。


 侯爵家の婚約発表なだけあって、集まった貴族も大層な数らしい。


 すでにお屋敷のパーティーホールには大人数が詰めかけ、メイドたちが給仕に忙しく働いている。


 一方、私や私の周囲も慌ただしさの真っ最中だった。


 沢山のメイドにメイクを手伝ってもらいながら、諸々の最終調整の真っ最中だ。


 その間に私は私で、挨拶やお辞儀の仕方などを頭の中で何度もリピートしていた。


 当然だけど、今日会う殆どの貴族の人と初対面だ。


 顔合わせの意味も含め、パーティーの間はずっと挨拶に回ることになるだろうと予め念を押されている。


「エリィ様。こちら軽くお腹に入れておいてください」

「はい」


 挨拶で食事する暇もないということで、先に軽食も取っておく。


 あとは……そう、できたら来客者に向けて婚約の挨拶が欲しいと言われている。


 ただマルス様からは無理をする必要はないとも言われていて、難しければシェンひとりでもいいそうだ。


 けど、できれば彼の足を引っ張りたくない。


 この日のためにソニアと挨拶原稿を作って練習してきた。


 できたら最後の練習もしたいのだけど、肝心のソニアが先程人に呼ばれてしまった。


 パーティーが始まるまでに戻ってきてくれたらいいけど……それに彼女がいないと心細い。


「メイクはこれで一度終わりです。次はドレスの方を」


 私は頷いてドレス係のメイドの方へ行こうとしたら、別のメイドに呼び止められる。


「その前に念のためお手洗いに行きましょう。ドレスは一度着ると簡単に脱げませんから」

「分かりました」


 私は部屋の外へ出るため、着やすい服を羽織る。


「ホールの傍のお手洗いは来客の方はいらっしゃいますから、お屋敷の端のを使いましょう。こちらへ」

「はい」


 そのメイドに案内されるがまま、私は廊下を早足で歩く。


 やがてお屋敷のかなり端までやってきた。

 フリード家のお屋敷は本当に広いので、正気端の方の間取りはあまり把握してない。


 でもこんな端っこにまで来る必要あったのかな?


「あの、お手洗いってこの辺りにあるんですか?」

「はい。そちらの扉にお開けください」


 言われるがまま扉を開ける。


 するとそこは外に繋がっていた。


 ここは……お屋敷の裏口?

 なぜこんなところに?


「あの……!?」


 その時、何か強烈な衝撃が全身を襲い、私の意識はプツンッと真っ暗闇に落ちていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る