第9話 化粧と変身




 その後、私はお風呂へ連れて行かれた。


「何で皆さんも一緒に入るんですか!?」

「エリィ様のお体を綺麗にするのも私どもの勤めですので」


 貴族のお風呂ってそうなんだ……。

 文化が違う。


 そうして私は子供の頃以来、誰かに体を隅々まで洗われる羽目になった。


 さらにお湯に浸かりながら全身のケア。

 香油とか贅沢品をたっぷり使われて、爪や髪まで綺麗に整えられる。


 お風呂を出て急いで髪を乾かすと、新しい下着や靴が用意されていた。


「これ、何でサイズピッタリなんですか?」

「先程採寸させていただきました」


 まさか体を洗ってる時に?


 それからまた私の部屋に移動して、お風呂上がりのケア。


 もうここまでで十分お腹いっぱい。

 なのに恐るべきことに、ここまでが前座。


「ではお化粧をして参りましょう」


 私に化粧するメイドの人たちの眼差しは、まるで職人のようだった。


「息を吐いてください」

「はいっ……って痛たたたた!?」


 途中、コルセットを絞められた時は殺されるかと思ったけど……。


 自分で化粧なんて殆どしたことない私は、基本彼女たちにされるがままだった。


「どうぞ、もう目を開けてよろしいですよ」

「は、はい」


 ドレス選びから数えて何時間かかったんだろう?


 つ、疲れた……。

 もうそれが正直な感想。


「エリィ様。姿見でご自身の確認をしていただけますか?」

「はぁ~い」


 私はフラフラと椅子から立ち上がり、姿見へ向かう。


 そして。


「………………?」


 そこに見知らぬ女性が映っていた。


「えぇ!?」


 しばらくしてそれが私だと気づき、今度は素っ頓狂な声を上げてしまう。


 だって……だってこれが私だなんて信じられない!?


 化粧をしてドレスを着ただけでこうも変わるものなの?

 これじゃまるで――


 私が鏡の前で戦慄いていると、その時部屋をノックする音が聞こえた。


「私だ。エリィの身支度は終わったか?」


 シェンの声だ……!


「ちょうど今終わったところです」

「そうか。問題がなければ開けてくれ」

「はい只今」


 ちょっまだ心の準備が!?


 私がテンパッて硬直している間に、ソニアが部屋の扉を開けてしまう。


 招かれたシェンは中に入ると、石みたいになってる私の方へスタスタと近づいてきた。


「……」

「~~~」


 お互いに無言。

 私のはただの緊張だけど、シェンは?


 何も言わないってことは……もしかして似合ってないのかな?


「コホンッ」


 誰かの咳払い。

 その咳払いをしたソニアは、若干呆れた視線をシェンに送っていた。


「シェン様。見惚れるのは結構ですが、まずは声をかけて差し上げてください」

「……あ、あぁ」


 ソニアにそう言われ、シェンはばつが悪そうに目を泳がせる。


 彼はしばらく口ごもったあと。


「その……よく似合っている」

「……えっ……あ!」


 シェンの指先が私の髪にそっと触れる。


「エリィの髪が映える色のドレスだ。いつもよりさらに綺麗に見える」

「うっ……!」


 今度は私が目を泳がせる番だった。


 褒められたことがあまりに気恥ずかしくて……嬉しくて、胸の辺りがふわふわする。


 こんなことで舞い上がるなんて子供みたいと言われそうで恥ずかしい。


 でも……しょうがないじゃない。

 だって褒められ慣れていないのだ。


 特に容姿に関しては……昔村の子に髪色をからかわれて以来、自信をなくしていたし。


 けど……その古傷も、今の彼の言葉で晴れてくれた気がした。


 そうまるで――絵本に出てくるお姫様にでもなったような気分だ。


「ありがとう、シェン」


 私は心を込めてお礼を言う。

 つい頬が緩んではにかんでしまったかもしれない。


「……!」


 そんな私の顔を見て、急にシェンが肩を掴んでくる。


「シェ、シェン?」

「……」


 彼は無言で私をグッと自分の方へ抱き寄せる。


 か、顔が近い。

 こんな近くで見つめられたら頭が真っ白に……!?


「コホンッ」

「……!」


 何をされるのかと思ったその時、ソニアが二度目の咳払いをした。


 彼女はさっきと同じ視線をシェンへと向けて。


「盛り上がるのは結構ですが、もうすぐご当主様が戻ってらっしゃる時間ですよ」

「……ああ」


 シェンは頷いて名残惜しそうに私から手を離す。


 それから彼は改めて私に手を差し出して。


「行こうか、エリィ」

「はい……!」


 私はおずおずと彼に従う。


 ついに彼の父親へのご挨拶の時間だ……!


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