10年前に孤児院を巣立った彼が英雄になって戻ってきて私に求婚してきた話

べにたまご

第1話 孤児院とエリィ



 母が院長を務める孤児院を手伝い始めて、もうすぐ10年になる。


「エリィお姉ちゃんおやすみなさい」

「はい。おやすみなさい」


 子供たちを寝かしつけ、私はランプの灯を消して子供部屋を出る。


 歩く時、廊下がギシギシ鳴った。

 床板を替えないと危ないかも。


 でも院の財政はいつもカツカツだ。

 補助金は雀の涙だし。


 毎月寄付されるお金がなかったら今頃潰れてる。


 明日ご近所に廃材が余ってないか訊こう。

 そんなことを考えながら部屋に戻る。


 もう寝るだけなのでランプは点けない。

 燃料がもったいないから。


 窓から星明かりを便りに寝間着に着替え、使い古したベッドに体を横たえる。


「今日もお疲れ様、私……」


 自分を労い、目を閉じる。


 けど今夜はなかなか寝付けなかった。


 そんな日は院の子供たちのことを考える。


「……」


 ケミィは最近お料理が上達してきた。


 次は裁縫を覚えたいと言っている。


 年長者の彼女が私や母の仕事を手伝ってくれるのは素直に助かるし嬉しい。


 ジャンは今週に入って、年少の子を3回も泣かせていた。


 いちおうわざとじゃないのだ。

 ただ彼は体が大きくて、小さい子相手に上手く力加減ができてないだけ。


 叱りはするけど、彼の気持ちも気にかけてあげないと。


 ペリーネは近頃パン屋の息子さんが気になるみたい。初恋かな?


 テッタは近頃イタズラが増えて困ってる。

 私の服に落書きするのは勘弁して欲しい。


 リコとケンはもうひとりで寝るのに慣れてきたみたい。

 先月まで私と一緒でないと泣いてしまっていたのに、すごい成長だ。


「……」


 子供たちのお世話は毎日が嵐のようだ。

 でも成長するにつれて、その嵐も徐々に収まりつつある。


 年長の子が巣立ち、新しい子が入ってくれば再び大嵐が始まるのだろうけど。


 かわいい子供たちに囲まれて、それを育てることができて、私は幸せだ。


 まあ、自分で産むどころか、結婚すらしていない癖に何をと言われそうだけど。


「……」


 段々眠くなってきた。

 微睡みの底へと落ちながら、私は祈る。


 明日もまた何事もなく日常を続きますように……と。


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