第3話 面倒くさがるからこういうことになるんよ

未来からやってきたアンドロイドが、「シェアハウスに住みたい」と必要書類を持ってきた翌日。

私は作り過ぎたカレーを鍋に入れて運びつつ、シェアハウスのインターホンを押す。

本当は面倒だから、あまり住人の様子を見に行くことはしたくないんだが…。

このシェアハウスに住んでるのは、揃いも揃ってイロモノばかり。

家の中がめちゃくちゃにされていないかの確認くらいはしておくべきだろう。

そんなことを思っていると、いつもは見ない、落ち着いた様子の仙谷さんが顔を出した。


「あの、大家さん。どうかしたんですか?」

「いや、カレー作り過ぎちゃって。

一緒に食べてくんない?」

「ありがとうございます。

ハナー、大家さんが一緒にカレー食べようってー」

「はぁーい。ロクちゃんの分はどうするー?

アンドロイドってカレー食べるのかなー?」

「食べるんじゃなーい?

いっつもご飯食べてるしー」


未来のアンドロイドって飯食うんだ。

要らん知識が増えたなぁ、と思いつつ、私はシェアハウスへと上がり込む。

管理人になった際に下見に来た時以来か。

荒らされてないといいなぁ、と思いつつ、私は共有スペースへと足を踏み入れる。

前に見た時とそんなに変わらない部屋が、私を出迎えた。

変わったことと言えば、ファッション誌やらチラシ、新聞が置かれてることくらいか。

なんにせよ、キッチリ整頓されてる。

予想に反した光景に、私は感嘆の声を漏らした。


「おぉ。案外綺麗だねぇ」

「まだ散らかしてる方なんですけどね」


あはは、と笑い、チラシやらを片付けていく仙谷さん。

これで散らかしてる判定なら、私の家ゴミ屋敷じゃねーか。

異世界さえ絡まなければいい子なんだけどな、と思いつつ、私は視線をダイニングキッチンへと向けた。


「大家さん、らっしゃい!!

もてなしは紅茶でいいか!?!?」

「……あんなゴツい人、入居させたっけ?」


ふんどし一丁、筋骨隆々のおっさんが、眩い笑みを浮かべていた。

いくら記憶を探っても、おっさんを入居させた記憶がない。

また神崎さんのせいかな、と思っていると。

仙谷さんが申し訳なさそうな顔を浮かべた。


「あれ、聖剣の精霊なんです…」

「あれが!?」

「たまに出てきて世話を焼こうとしてくるだけなので、気にしないでください…」

「絵面めちゃくちゃ気になるんだけど…。

カレー、精霊さんの分もいる?」

「大丈夫です…。食事が必要ないので…」


嫌だな、聖剣の精霊がアレって。

男でもいいから、もう少し美人寄りに出来なかっただろうか。

見た目、完全に漁師のおっさんだぞ。

そんなことを思いつつ、私はIHコンロに鍋を置く。

ちょっと温めたほうがいいだろう。

私は電源を入れると、それなりに強めの火力で温めにかかる。

と。テーブルの上にスプーンやらつけ合わせやらを置き終えたロクちゃんが、その手にライスが乗った皿を手に、私の隣に立った。


「カレーを要求します」

「……いや、今あっためてるところ」

「眼球に搭載されているサーモセンサーから見て、温めずとも美味しく食べられるくらいの温度です」

「食い意地すごいね!?」


アンドロイドのくせに。

私はその一言を飲み込み、コンロの電源を切り、鍋の蓋を開ける。

おたまを渡すと、彼女は心なしかウキウキでカレーをよそいはじめた。

メカバレなかったら中二病判定だぞ。

観測用のアンドロイドなら、もうちょっとそれらしくしとけないのか。

私が怒涛のようにそんな文句を浮かべていると、ねずみいろのシャツを着た神崎さんがリビングへと入ってきたのが見えた。


「こんにちは、大家さん!

カレー、ご馳走になりまーす!」

「いいよいいよ。

たまたま気乗りして作り過ぎただけだし」


本当は様子を見に行く口実を作るために作ったんだけどな。

凄まじい速度で皿に米を盛り付け、ロクちゃんの後ろに並ぶ彼女に苦笑を浮かべる。

こうしていれば、普通の人間と変わらんのだが。

私がしみじみ思っていると、彼女のシャツを翼が貫いた。


「…翼出てるよー」

「…あっ!?すみません、嬉しくてつい…」


見事にシャツの背中が破けてる。

翼があると大変だなぁ、と思いつつ、私はテーブルのセッティングを終えた仙谷さんに目を向けた。


「仙谷さんもよそいなー?」

「あ、大丈夫です。精霊さんがよそってくれたので」

「ご主人様がちょうど満足するくらいの量をよそっておいたぜ!!」

「気持ち悪っ」

「歴代のご主人様にもよく言われたぜ!!」

「言われたんかい」


それでも治らないって、救いようないな。

呆れを込めた視線を送りつつ、私は米を皿によそい、その上にカレーをよそう。

うちのカレーはじゃがいもがトロけるまで煮込むから、結構ドロッとしてる。

味も素朴な感じだが、果たして魔王と勇者とアンドロイドの口に合うだろうか。

共有スペースに置かれたテーブルの一席に腰掛け、私は手を合わせた。


「じゃ、食べよっか」

「大家さん、ありがとうございます。

いただきまーす」

「ありがとー!いただきまーす!」

「感謝を申し上げます。いただきます」


視界の端で控えてる筋肉ダルマが気になるけど、気にしないでおこう。

一口カレーを口に入れ、周りの反応を見る。

誰も「まずい」って顔をしてない。

とりあえず、お裾分け作戦は成功と見ていいだろう。

一口目を飲み込んだ彼女らは、揃って「美味しいです」と私に感想を伝える。

いい子たちだ。…魔王とか勇者とかアンドロイドとか言ったアクの強さを抜けば。

私はカレーを食べ進める中、ふと気になることを口に出した。


「あのさ。神崎さんと仙谷さんの親って、同じ世界出身だったりするの?」

「あ、はい。母ちゃんは向こうで七罪魔王の『傲慢』を担当してたって聞いてます」

「母様は七徳勇者の『希望』を担当していたとか」

「ガッツリ敵じゃん。

えっ?ママ友だったりするの?」

「はい。家族ぐるみの付き合いで、月に一回は一緒にバーベキューしてます」

「残りの魔王と勇者卒倒するぞ」


情報を鈍器にするのやめろ。

…ってか、月一でバーベキューできるとか、結構な金持ちだな。

勇者と魔王だけあって、スペック高いんだろうか。

そんなことを思いつつ、私は続けて質問した。


「他の魔王と勇者って、このこと知ってんの?」

「知ってますよ。全員、仕事に嫌気がさしてこっちに逃げて来てますし」

「ねー」

「嘘だろオイ」


この世界、高跳びスポットか何か?

探せば、そこらに異世界人が居たりするのかもしれない。

頼むから、ウチの物件だけは勘弁してくれ。

ただでさえ変な奴らしか来てないんだから。

そんなことを思うなら条件変えろって話だが、具体的に考えるの面倒なんだよなぁ…。

そんなことを思っていると、ロクちゃんが口を開いた。


「未来でも『嫌気がさした』と言う理由で、過去の時代に渡る人間やアンドロイドは、珍しくもありません。

そういう輩がやらかさないかを監視するのも、私の仕事のうちです」

「未来人のやらかしって言うと?」

「うっかり捨てたガムが原因で国一つが歴史から消えました」

「過去への渡航禁止しろ」


このアンドロイド、やらかさないよな?

やらかすのを取り締まる側から、やらかす側に回ったりしないよな?

ポンコツ臭するから心配なんだけど。

私がそんなことを思いつつ、未使用のスプーンで福神漬けを掬った。


「なんでもいいけどさ、この物件に住んでる以上、変な噂立つようなことはしないでよ?

その面倒、私にも回ってくるんだか…」


と。私の言葉を遮るように、インターホンが鳴り響いた。

また入居希望者じゃないよな。

私が不安に思いつつ、インターホンに備え付けられたモニターを覗き込む。

青い制服。どう見ても交通整理の人とかじゃない。

ガッツリ警察である。

私はインターホンのマイクをオンにし、震えた声で応対した。


「あ、えっと…、なんでしょうか…?」

『すみません、こちらにふんどし一丁の変態がいたと通報がありまして…』


めちゃくちゃ心当たりあるよ、その変態。

私は仙谷さんを睨め付け、警察に聞こえないように呟いた。


「精霊さん外に出すの禁止」

「はい…」

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