第12話(2)平安対音波

「しかし……」


「うん?」


「大丈夫だろうか、陽炎は……」


 現が立ち止まって心配そうに振り返る。


「はあ~~」


 同様に立ち止まった甘美がため息をつく。


「ろ、露骨にため息をついたな……」


 現が戸惑う。


「それはつきたくもなるでしょう。大体にして……」


「大体……?」


「貴女が先に行こうと促したのでしょう?」


 甘美が呆れ気味に尋ねる。


「ま、まあ、それはそうなのだが……」


「ならば、もう致し方ありませんわ」


「……」


「このまま先に進むほかありません」


「う、うむ……」


 現が頷く。


「……いまいち納得がいっていないようですわね」


「納得というかなんというか……」


 現が鼻の頭をこする。


「まさか……」


「え?」


「陽炎さんが負けるとお思いなのですか?」


「! い、いや、そういうわけでもないが……」


「ならばなんら心配する必要などないでしょう」


「う、ううむ……」


 現が腕を組んで首を傾げる。


「……なんだと言うのですか?」


「いや、なんだか刹那たちのことも不安になってきた……」


「……まさか戻ろうとか言い出すのじゃないでしょうね?」


「……そのまさかだ」


「ええ……」


「五人合流して動いた方がやはり良いのではないか?」


「……今さら戻ったら先に行かせてもらった意味がなくなります」


 甘美が諭すように言う。


「そ、それは確かに……」


「……お分かりですか?」


「むむ……」


「……心配は要りません」


「ええ?」


「現、貴女も含めて大丈夫です」


「な、何を根拠に……」


「なん……」


「なんとなくというのは無しだ!」


 現が右手を甘美の顔の前に突き出す。


「むっ……」


 甘美が唇を尖らせる。


「ま、また、なんとなく!っていうつもりだったのか……」


 現が呆れる。


「……では根拠を示しましょう」


 甘美が自身の右手で現の右手をゆっくりと下げる。


「?」


「貴女方四人はこの厳島甘美が選んだ、信頼出来るメンバーなのです! 栄えあるミュズィックデレーヴのメンバーなのです! それ故になにも案ずることはありません!」


「! そ、それこそ根拠が……」


「わたくし、厳島甘美の存在そのものが根拠です!」


 甘美が自らの胸に右手を当てて、声を上げる。


「! む、むう……」


「ご納得いただけましたか?」


 甘美が小首を傾げて、にこっと笑う。


「な、なんだかよく分からんが……妙に自信たっぷりだな……」


「もう溢れんばかりですわ」


 甘美は両手を大きく広げる。


「……」


「………」


 現と甘美は見つめ合う。現が笑みを浮かべる。


「ふっ、分かった……」


「ほう?」


「こういう状況だ。お前の絶対的な自信というものを信じることにしよう」


「それが賢明な判断ですわ」


 甘美も笑みを浮かべながら頷く。


「……話はまとまった?」


「むっ⁉」


 現たちが視線を向けると、そこにはピンク色の髪でツインテールをした、豊満なバストが印象的な女性がいた。


「取り込み中とはいえ、これ以上は待てないんだけど……」


「貴女は……なんたらのかんたら!」


 甘美の言葉にツインテールが頭を抱える。


「な、なにも分かってないじゃん……!」


「お顔の方はよく存じ上げております!」


「そ、そう……では、あらためて……ぼくはトロイメライのハートだよ……」


「何の御用でしょうか⁉」


「う~ん……別にわざわざ答えてあげる必要はないかな……」


 ハートがツインテールの片方をつかんでぐるぐると回しながら呟く。


「なんですって⁉」


「まあ、聞かなくても大体の察しはつく……」


 現が前に数歩進み出る。


「分かるのですか、現⁉」


「……詳細は分からんが、お前が狙いのようだ」


「わたくしのことが……⁉」


「ああ……」


 現が首を縦に振る。


「……どういうことでしょうか?」


 甘美が顎に手を当てて考え込む。


「考えている暇は無い……先に行け」


「ええっ⁉」


「このツインテールは私が足止めしておく……早く行け」


「し、しかし……」


「お前が信頼して選んだのだろう?」


「!」


「どうなんだ?」


「……お任せします!」


 甘美がその場から走り出し、ハートの横をすり抜けていく。現が首を捻る。


「止めるのかと思ったが……?」


「……アンタを先に片付けた方が良いかと思ってさ」


「……出来るものならやってみろ」


 現が身構える。


「ふむ……」


 ハートが現をじっと見つめる。現が首を傾げる。


「な、なんだ……?」


「やめた……」


「なに?」


「直接手を下すまでもないってことだよ……」


 ハートが笑みを浮かべる。


「……言ってくれるな」


 現がややムッとする。


「さっさと終わらせるよ……」


 ハートが右手を掲げると、小柄な影が数体現れる。


「な、なんだ?」


「……やっちゃって」


「むっ⁉」


 小柄な影が走り出し、現に向かって体当たりをかましてくる。現は面食らいながら、それをなんとかかわしてみせる。


「へえ、動きづらそうな恰好のわりには身軽だね……」


 ハートが現の巫女服を指差しながら感心する。


「な、なんだ⁉ うおっ⁉」


 別の小柄な影たちが現の足元に群がる。


「ふふっ……」


 ハートが微笑を浮かべる。


「こ、これは……⁉」


 小柄な影たちが現の脚をガシッと掴む。


「ふふふっ……」


「ひょ、ひょっとして……」


「なんだと思う?」


 ハートが首を傾げる。


「こ、子どもの影だな⁉」


「ご名答……」


「ど、道理で予測のつかない動きをすると思った……」


「がっしり捕まっちゃって、動けなくなっちゃったね? さあ、どうする?」


「こ、子ども相手となると……手荒なことは出来ないな……」


「そういうこと……」


「だが、両手がまだ空いている!」


「ん⁉」


 現がキーボードを演奏すると、子どもの影たちが大人しくなり、現から離れる。


「‼ …………」


 子どもの影たちが次々と横たわって霧消する。


「一か八かだったが……」


 ハートが顎に手を当てて呟く。


「……癒しの演奏ってこと?」


「まあ、そんなところだ……」


「それで子どもを眠らせたのか……」


「ああ……」


「てっきりキーボードを振り回すものかと思ったよ」


「そんな乱暴なことはしない」


 現が首を横に振る。


「はっ、お行儀のよろしいことで……」


 ハートが両手を広げる。


「人として当たり前のことをしたまでだ……」


 現が淡々と呟く。


「影じゃなく、ぼくが相手をしてあげるよ……」


 ハートが管楽器を出現させ、それを手に取る。


「むっ……? トロンボーンか?」


「へえ、よく知っているね」


「いや、それくらいは普通知っているだろう……」


「それもそうか」


「あんまり馬鹿にするな」


「行くよ! これでも食らいな!」


「‼」


 ハートがトロンボーンを吹く。強い音の圧が現を襲うが、現はなんとか耐える。


「……!」


 ハートが驚いた顔になる。現が呟く。


「来ると分かっていれば、耐えられないほどでは……!」


「ほれのらほう⁉ (これならどう⁉)」


「ぬおっ⁉」


 ハートがトロンボーンのスライド部分を前後させる。音の圧の波に押され、現が仰向けに倒れ込む。トロンボーンを下げたハートが現をのぞき込む。


「気鳴楽器の振動を、その身で味わってくれたかな? いや、もう聞こえてはいないか……さて、厳島甘美の後を追うとするかね……」


 ハートが回れ右をして、甘美の後を追う。

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