第36話 婚約者2


 コンドゥシル男爵家の晩餐ばんさんが終わり、さぁ食後のひとときをゆったりと楽しもうと、デシルはサリダにくっ付いて家族用の居間へ行こうとすると… 



「ええ~… コホンッ…! デシル、お母様と少しお話をしましょう?」


 男爵夫人はデシルを呼び止めると… 咳払せきばらいをしてから、キラキラと輝く瞳でニコニコと微笑み、ギュッとデシルの腕をつかむと… 有無うむを言わさず、デシルを引っ張って居間とは逆方向へ向かい、ずんずんと歩き出す。


「はい、あの… 何ですかお母様? わわっ! 手をグイグイ引っ張らないで下さいお母様! サリダ様すみません! 僕はお母様とお話があるので、少し席を外しますね! すぐに戻りますから!」


 すごい勢いで、その場から母に連れ出されるデシルは、背後を振り返り、サリダに謝罪した。


「兄上、急がなくて良いですよ! 僕がサリダきょうのお話し相手になりますから、心配しないで下さい!」

 騎士にあこがれる弟は、サリダをひとめ出来ると嬉しそうに笑い、デシルにヒラヒラと手を振る。


 

「そうだよデシル、急がなくても良いよ… 私はいくらでも、君を待つから、ゆっくり支度したくをすると良い」

 弟の隣でサリダはさわやかに微笑みながら、うんうん… とうなずき、なぜか頬を薄っすらと赤く染めた。



「ありがとうございます、サリダ様… それでは後で!」

 支度? 支度って… 何の支度のこと? それに何でサリダ様の顔が赤くなっているの? 赤くなるほど、サリダ様は晩餐ばんさんでお酒を飲んでいたかなぁ…? 



「さぁ急いで、デシル!」


「え? お母様、それでお話とは何ですか?!」


「ここでは話せないから、あなたのお部屋に行きましょう? ね?!  さぁ、早く!!」


 デシルは母に急かされながら、ガッチリ腕をつかまれ、自室へと戻った。





 自室へ戻ると、なぜかデシル付きのベータ女性の使用人たちが、待ちかまえていて…


「さぁ! あまり時間がありませんから、急いで下さいデシル様! すぐに入浴を済ませて下さい!」


「ええっ? 何でいきなり、入浴なの?! それより僕は、お母様とお話があって、部屋に戻ったんだよ?! サリダ様が居間で僕を待っているし…」


「私のお話は後で良いから、ほらデシル! 早く服を脱いで入浴の準備をしなさい!」

 母と3人の使用人たちに急かされ、デシルは服をあっという間に脱がされてしまう。


 そのうえ、いつもとは違い… お祝い事に使われる、縁起えんぎの良いピンクのバラの花びらを浮かべた、豪華な浴槽よくそうに入れられた。

(デシルがオメガでも、男女の性差があるため、使用人たちに見えないよう、衝立ついたての向こう側に小さな浴槽よくそうは用意されている)



「入浴が終ったら、身体にエストレジャの花のエッセンスを塗り込めるから、あまりゆっくりはしていられないわよ?!」


「ええ?! 何で?!」

 エストレジャの花のエッセンスなんて… 何で?! 数ヶ月前の成人の儀式の時に、使って以来じゃないか?!


 隣国の、ごく限られた地域でしか育たない、小さな星の形をしたエストレジャの花から、抽出ちゅうしゅつされたエッセンスは、すごく高価で貴重なため、特別な日にしか使わないと決めている美容製品である。


 湯からあがり、バスローブ姿でデシルが椅子に座ると、男爵夫人がみずから息子の首やうなじ、胸元へと丁寧に、エストレジャのエッセンスを塗りこめて行く。


「ねぇ、お母様? いったい何をするの? いい加減、教えてくださいよ! 何かあるから、こうしているのでしょう?!」

 何も知らされずに、アレをやれ! コレをやれ! と急かされて、デシルはれてイライラとしていた。



「お父様やサリダ様と昼間、話し合ってね… 今夜は、あなたたちの初夜を前倒しにしましょうと、いうことになったの!」




「・・・・・・」

 あれ? 今のは僕の聞き間違いだろうか?



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