第27話 婚約破棄と契約の解約

 

 フリオとアオラは卒業パーティーの会場から連れ出された後… そのままけ落ちをした。

 恐らくは、厳格げんかくな性格のエンプハル公爵がアオラを捕まえ、修道院に送られ、2人は無理矢理引き裂かれるのではないかと、危惧きぐしたからだろう。



 デシルの父コンドゥシル男爵は、婚約破棄の書類と、婚約時に交わした伯爵家との共同事業に関する大量の書類を、前もってすべて作成していた。


 フリオがアオラと卒業パーティーで醜態しゅうたいをさらしたうえ、駆け落ちしたことで、婚約は白紙に戻り… デシルの父は婚約契約の不履行ふりこうを理由に、用意していた大量の書類を持って、パーティーの翌日には、ヌブラド伯爵家に乗り込んだ。


 伯爵はフリオを捕まえて説得するから! …だとか、何かの間違いだ! …だとか、あれが… これが… と理由を付けては、男爵の予想通りグズグズとゴネた。


 だが……


「このままデシルと結婚したとしても、エンプハル公爵が自分の娘を 傷モノにしたフリオを、本気で許すと思っているのですか?!」


 金も権力もある、エンプハル公爵家を敵にまわせば、ヌブラド伯爵家だけでなく、コンドゥシル男爵家も没落ぼつらくの危機となる。


「だ… だが、コンドゥシル男爵!」


 ヌブラド伯爵に、すがるような目で見つめられるが、男爵はデシルと同じ青紫色の瞳で、冷ややかな無表情で答えた。


「ヌブラド伯爵! 何をグズグズしているのですか?! あなたは今すぐ、公爵家にびを入れ、フリオとアオラ嬢の結婚の申し込みをするべきです!! 上手く公爵家と話をまとめれば、ヌブラド伯爵家の事業の半分… コンドゥシル男爵家が抜けた穴を、豊富な財力を持つ公爵家が代わって補ってくれるでしょう!」


「そうかもしれないが… エンプハル公爵はそんなに容易たやすい人では無いから…」


「それでもやるのです! レセプシオン伯爵家のサリダきょうが、フリオとアオラ嬢の駆け落ちを、愛しあう2人の美談びだんとなるよう、仕向けてくれたのですから! 社交界が美談だと、受け入れているうちに、結婚を成立させておかないと… ヌブラド伯爵、あなたはその美談をぶち壊した強欲な人間だと、今度はあなた自身の醜聞しゅうぶんになりますよ?!」


 有能なコンドゥシル男爵は、婚約破棄の書類を作成した時点で… 男爵家が出資している新聞社に、フリオとデシルの婚約契約についての情報をらし、パーティの翌日には新聞にるよう、手配していた。


 学園に在学中だったデシルが、どれだけ冷遇されてもフリオと婚約解消出来なかったのは… デシルがフリオを愛していたからではなく、婚約時の契約のせいだったことを、新聞で社交界に暴露ばくろしたのだ。



「ヌブラド伯爵! あなたも新聞を、見たでしょう?!」


「いったい… どこから我々の契約の話が、新聞社にまで渡ったんだ?」


「学園でフリオが、友人たちに話したのでしょう?! 我々も極秘にしていたわけでは、ありませんからね」

 …もちろん、有能なコンドゥシル男爵は… 自分が新聞社に出資し、影響力を持つことを、社交界にもヌブラド伯爵にも、秘密にしている。


「わかりました… 男爵…」

 がっくりと肩を落として、ヌブラド伯爵は解約を受け入れた。


「伯爵、本当にこんなことになって、残念ですよ…」

 コンドゥシル男爵は、子どもの頃からフリオが好きだった、息子のデシルの気持ちを思い、心からそう言った。


 だが、学園に入ってからのフリオの冷酷な態度に、ずっと腹を立てていた男爵は、すべての書類に伯爵が署名を終えると晴々はればれとした笑顔でうなずく。





 ヌブラド伯爵邸の車止めに用意された、男爵家の馬車に乗り込む時… コンドゥシル男爵は、ふと背後の長い歴史がきざまれた、伯爵邸を見あげた。



「これでやっと… 血筋以外はクソみたいな役立たずに、会いに来なくて済むぞ! フンッ!」


 …と、憎々し気にののしり、ざまぁみろ! と悪い笑みを浮かべて、馬車に乗り込む。



 契約を交わし裕福になると、男爵を見下し陰口をたたくようになったヌブラド伯爵を… デシルの父親も、嫌っていたのだ。




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