第59話

 押し黙る俺たちの背後で、

「おい! いつまで待機させるつもりだ! こんな所にいたら首が幾つあっても足りねーよ!」

 貴族たちが苛立ち始めていた。


「皆様、お気持ちはお察し致しますが御令嬢様もまだ立ち直られていない御様子であります。どうか御理解頂けますようお願い申し上げます」

 がらにもなく公爵が丁重な物言いで取り鎮めた。


「公爵様、この度の騒動はデュラハンの襲撃でなく暗殺の可能性があるとお聞きしたのですが、もしそのようなことであれば紛争の火種になりかねません」

 しばらくの沈黙が流れ、

「……何を仰いたいのですかな?」

 公爵が重い口を開けた。 


「いっそのことデュラハンのせいにした方が丸く治まるのではないかと……」

 貴族たちが騒めき立ち、やがて一人の従者に視線が集まる。殺害された御嫡男の護衛を務める人物だった。

 驚きを隠せない従者に、

「幸いにも伯爵家に所縁ゆかりのある者はこの方のみ。彼の口さえ封じてしまえば……」

 貴族社会の陰湿な思惑が仕向けられた。

 ことの運びを悟った従者が素早く剣を抜く。瞬時に護衛の騎士たちが剣を構えて従者を取り囲んだ。


「そもそも貴殿が御嫡男の護衛を怠ったのが原因だ。悪く思わないでくれ!」


「チッ! 都合の悪いものはすべて粛清しゅくせいか」


 従者は舌打ちをすると、ひるまず剣を握り締めた。

 罪のない命を奪う者と奪われる者。それに生死のやり取りを眺める傍観者の視線が折り重なり、緊張が走る。


「安心しろ! デュラハンに挑んで戦死したと、その首を故郷に送ってやる」


「有り難い。騎士としての面子めんつは保たれるってわけだな……。だが、ここで死ぬわけにはいかん」


 従者が腰を落として姿勢を低くしたその時だった。

「きゃああああぁぁぁぁっーーーー‼」︎

 甲高い悲鳴が響き、皆が一斉に叫び声に向かって振り返った。

 雄叫びをあげた人間が何かを指し示している。半開きで震える唇が何かを伝えようとしているが、もはや言葉になっていない。皆が視線をその先に投げる。そして次の瞬間、


「ぎゃあああああああぁぁぁぁーーーーーー‼」


 割れんばかりの絶叫がこだました。全身の血の気が引く。

 目の前に佇んでいたのは──古びた鎧に身を包んだ首無しの騎士だった。

 片手には禍々まがまがしい斬首剣を携え、反対の手には御嫡男の生首が鷲掴みにされていた。底冷えする威圧感。

 幻と呼ぶにはあまりに鮮烈な姿に、叫喚きょうかんが尻窄みに吸い込まれる。


「デュ、デュラハン……」

 中年冒険者がかすれた声を溢した。

 無意識に俺の顎が力なく落ちる。


 ど、どういうことだ?

 デュラハンは存在しないはず──。

 俺の未来の知識が間違っているのか⁉


 なかうつろとなった群衆を前に、カチャリ──鎧の軋む音が僅かに聞こえた直後、凄まじい重さと勢いを持った剣筋が──ぐ。

 風圧の衝撃波が駆け抜けた。


 従者と護衛騎士の首が一振りで跳ね飛び、斬られた断面から血飛沫が舞った。

 どさ。鈍い音を立てて生首が転がる。斬り落とされた従者の目が生気なく一点を見つめていた。

 どさ。どさ。どさ、──どさどさどさどさ。降り始めた雨粒のように質量のある音が順次に続く。

 転がる無数の生首に、再び、けたたましい悲鳴が会場を埋め尽くしていた──。

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