第46話
*
「エ、エクスどこに行ってたんだよ!」
「じゃーーんっ! ご主人様の大好物、バジリスクステーキですっ!」
エクスの手にはバジリスクの肉塊が握られていた。
「バカヤロウっ! 勝手なことしてんじゃーねぇ‼」
俺は安堵する気持ちも忘れて、怒鳴り声を上げていた。
「えっ⁉ ご主人様、喜んでくれないんですか?」
「当たり前だろ! どんなに心配したと思ってんだ!」
「だって……」
「だってもクソもねぇー! 心配したんだからな!」
ぽかんとした顔に叱りつける気が失せた俺はエクスを手繰り寄せ、強く抱きしめていた。
「……ご、ご主人様のためにバジリスクを討伐しに……」
耳元にぽつりと落とされた言葉に、上書きされた感情が膨れ上がり、抱きしめた腕に力がこもる。
「……もう、無茶はするな……」
な、なにが俺の大好物だ……、バカヤロウ、バカヤロウ、、、
溢れ出る涙を堪え感傷に浸っていると、
「勇者さん! 予断を許さない状況なのは変わりません! ご注意下さい!」
「カリバーさんは氷漬けになっている方の治癒をお願いします!」
セイライさんが的確な指示を飛ばした。
俺はセイライさんの声に、弾かれたように顔を上げ、胸からエクスを剥がすと周囲に視線を這わした。重苦しい空気が再び流れる。
何者かが潜んでいるかもしれない。浅く乱れた息を整え、神経を研ぎ澄ませる。寝室の扉が僅かに開き、小さく揺らいでいる。──そこか?
勢いまかせにドアノブを払い、オリハルコンソードを突き付けた。
広間から漏れた灯りが照らし出す寝室は、闇の中でクローゼットの扉が開き、カーテンが風に吹かれ旗めいていた。誰かがいた形跡。警戒心を解くことなく詰め寄ってみるも、すでにもぬけの殻だった。得体の知れない恐怖の
広間に戻ると、カリバーの力によって解凍された女性の姿があった。
涼しげな目をした女性。
丸みがかったマッシュボブの髪型は、どこかレトロで懐かしげな雰囲気がある。そしてその眼は──、エクスやカリバーと同じ、蒼白眼だった。
「あ、あなたは一体……」
「……アルトリア」
女性が発した名前に心臓が飛び跳ねる。
アルトリアとは──、俺の名前だ。
ご主人様だとか、勇者だとか、名乗る機会を逃していたが、アルトリア・ペンドラゴン。
それが俺の名前だった。
──この女性はどうして俺の名前を知っている⁇
「……アルトリア、私はあなたの母……」
はっ? 母っ?
待て待て待て待て! 急にどうした? 何を言っているんたコイツは?
俺の母は幼い頃に失踪した。しかもこの人、俺の母にしては若過ぎるだろ。どう見たって歳は俺とさほど変わらない。
「私は時空魔法によって、この世界とは違う空間軸からきました……」
はぁあ? な、なんだってぇー⁉
はっきりとは覚えていないが、雰囲気や声は俺の片隅に居座り続けている母の追憶。
「あなたの父が待っています。来ていただけますね、私たちの世界に」
父? 私たちの世界? 一体そこに何があるというのか?
母を名乗る女性の話はこうだった。
俺と同じ漆黒眼を持つ父は魔王と世界の秘密を暴いた。この世界を救えるのは漆黒眼と蒼白眼を併せ持つ、我が息子しかいない。
そこで、成人した俺を連れ帰るために、母を送り込んだというのだ。
「……勇者さん」
セイライさんが心配そうに俺の顔を覗き込む。
両親は白眼ではなかったのか? 枯渇人の街で生まれたイメージが先行して、記憶を書き違えていた? いや、間違いなく両親は白眼だったはずだ。奴隷として日銭を稼いでいた父の記憶がある。その証拠に父の身体には
半信半疑だった。
今ここで女性の話をすべて鵜呑みにする訳ではない。しかし俺には、──確かめておきたいことがあった。
──なぜ両親は、──俺を捨てたのか⁇
「……セイライさん。留守の間、この家をよろしくお願いします……」
俺は真相を確かめるために過去に行くことを決意していた。
「この眼で確かめてきます」
「勇者さん……」
「そんなに心配しないでください。すぐに戻ってきますから」
セイライさんは何かを言い淀み、乱暴なため息をつくと諦めたかのように俺の眼を見据える。
俺はコクリと頷き、左眼に意識を集中させた。エクスとカリバー、母と名乗る女性が俺に寄り添う。
──ギュン。漆黒の眼が圧縮された。瞼の奥で瞳孔が
──ギュン、ギュン、ギュン。身体が宙に引っ張り上げられるような上昇感。
やがて平衡感覚を失い、闇の中を入り乱れた光が流線形となって走り出す。景色や感覚が捻じ曲がり、飴細工やマーブル模様のように、ぐにゃぐにゃと混じり合う。色彩が幾重にも複雑にうねり、ぐちゃぐちゃになった絵の具のような世界に溺れる。
──ドクン、ドクン、ドクン、、、
目を開けると──、一人の男が幼子を抱えて立っていた。容姿は紛れもなく、俺の記憶にある枯渇人──、若かりし頃の父だった。身体に刻まれた見るに耐えない無数の傷。しかしその眼は──、白眼ではなく、俺と同じ漆黒の光を湛えていた。
「……坊主。待ち侘びたぞ」
眼帯で隠された俺の右眼がひりつく──。
違和感に戸惑い、眼帯を外すと──、
『『ご主人様の右眼が私たちと同じ眼の色に?』』
エクスとカリバーが同時に口を開いた。
「……やはり、白眼様の
俺の右眼にとって変わるように、父の手に抱かれた幼子の両眼は白眼になっていた──。
season1完
※作者より※
ここまで読んでくださってありがとうございます。
season2はボチボチ更新致します。
皆さまのレビューが励みになりますので、season1の感想を頂ければ嬉しいです。
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