第10話

 あ、あ、あ、あああ……、、、

 ──声が出ない、、、


 何かを、何かを、叫ばなければ……、、、

 そんな衝動も全身が硬直し、思うように体が動かない。思考と神経が分断されてしまったかのように、ただ茫然と映り込む目の前の惨劇に、震える呼吸が僅かばかりの声を乗せて漏れるばかりだった。


「ご、ご主人様……」

 エクスが俺を見つめている。エクスの目からひとしずくの涙が頬を伝いこぼれ落ちた。

 パリーーン!

 破裂音が鼓膜をつんざき、エクスは聖剣の姿に戻った。

 その刀身は無惨にも──、上下真っ二つに割れていた。


 うっ、う、う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーー‼‼


 腹底から突き上げる雄叫びが濁流のように喉から流れ出して脳天をぶち破った。それと同時に萎んだ風船みたいに力が抜けて、朽ちた枯木の如く膝から崩れ堕ちた。


「ひょー、香ばしいですねぇーー! 絶望に打ちひしがれた悲壮感、僕の大好物です! 初めから狙いはお嬢ちゃん。そのお嬢ちゃんはちょっと厄介な代物でしてね。貴殿とのお遊びは茶番、いい運動になりましたよ。ひょーひょっひょっひょっ!」


 男が何やらわめいていたが俺には聞こえていなかった。

 エクス、エクス、エクス……、、、

 エクスの名前だけが心の奥底から湧き出し、ひたすらに反芻はんすうしていた。

 


 、、、──待てよ……、

 思考停止していた俺の回路が唐突に動き出す。そうだ、時空魔法。時空魔法は時間を戻せる。エクスがやられる前に戻せば……。


「まっ、せいぜいこの世界の片隅でおとなしくしておくことだな」

 男の声に殺意を抱き視線をぶつける。

 両側に二人の美女をはべらせた男が愉悦感たっぷりにクツクツと笑っていた。


 ……ダメだ……、結局同じだ……。

 今の俺ではヤツに勝てない。あいつは本気を出していなかった。時間を戻したところで、同じ結末を迎える。

 

 、、、──そうだ。ここに来なければ……、

 時間を遡ってこの場所に来なければ……、

 ……ダ、ダメだ……、あいつは計画的にエクスを狙っていた。どこへ逃げても必ず追いかけてくるだろう……。


 結局、結局、結局同じなんだ。

 俺が、俺がもっと強くならないと──、、、


 去り行く男の背中を睨みつけながら、荒れ狂いたくなるほどの殺意と怒りは、あまりに無力な自分の不甲斐なさに押し潰されていた。そして嗚咽した。

 畜生、情けねぇ。ただひたすらに、情けねぇ……。



 俺は真っ二つになったエクスを拾い上げ、横たわるバジリスクの死骸に背中を預けて座り込んだ。

 壊れた聖剣を抱きしめて何度も問いかけてはみたが、聖剣は呼応することなく、冷たい質感を俺に授けるばかりだった。一歩も動けなかった。

 現実を受け止めることが出来ず、──この場を去ることが出来なかった。


 三日三晩、この場所にへたり込んだ。バジリスクの死骸が腐り始め異臭が漂う。流れ出た鮮血がドス黒く凝固し、変色した肉片には羽虫がたかりウジ虫が湧いていた。


 俺は何を浮かれていたのだろうか?

 少しくらい強くなったところで、女の子一人も守れないじゃないか?

 自惚れていた自分を恥じた。

 咽び泣いた涙の後が、まつ毛や目尻に重ね重ね付着して乾き、ろくに目も開けられない。視界がぼんやりと霞む。もう、涙すらも出ない。

 俺、このまま死ぬのかな?

 ガサついた唇から滲んだ血液が滴り、渇ききった口内に鉄の味が染みる。

 そーいや、なにも口にしてないや。

 死への恐怖はなかった。

 エクスのいない世界など、なんの興味もない。

 喉、渇いたな。腹も減った。


 ──最後に、エクスに、エクスに、会いたい。

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