第一章 26 「迫る危機」

こうして商人コーエンとの繋がりを作った後、翌日からアカリは人相絵の制作に勤しみ出した。

しかし、その筆は牛歩の如く一向に進まない。

「うーん…」

「どうしたのよ?」

机に向き合い唸るアカリに、リアが怪訝そうに聞く。

「いやさ、いざ仲間の特徴を思い出して描いてはみたものの…何か似てないなぁって」

「ふーん…って上手ね‼︎」

リアがアカリの描いた絵を見て絶賛する。

「え、めちゃくちゃ上手いじゃない‼︎こんな可愛い絵見た事ないわよ?」

「っぐ…何かハズいな」

それはアカリのチーム、レイスの仲間であったアヤを描いた絵だ。

確かに絵としては悪くない出来である。しかし、人相絵として似ているかどうかと言うと難があった。

そう、元オタクであるアカリが描いたのは、所謂萌え絵であるからだ。

「まあリアが褒めてくれたのは嬉しいけど、人探しの資料としてはなぁ…」

「ふうん…ま、焦らず描きなさいよ。時間に限りある旅でもないし?」

「そうだね。まあちょっと頑張ってみよう」

「お仲間さんの絵描き終わったらさ、私を描いてよ!」

そう言って微笑むリアは非常に可愛らしいもので、自然と元気付けられる。



翌日からは領事館の部屋に篭ってレイスの仲間五人分の人相絵を描く日々が始まった。

アカリが出歩けないので、リアが日中一人で街に出掛けてデザート買って来てくれたり、二人は何だかんだ楽しい日々を過ごしている。


「それで、っっふううう‼︎その人相絵は…ふぐううっふ‼︎順調なのか?」

全裸で床に這い蹲り、アカリの足に顔面を踏まれている変態イケメンマッチョことルドルフが荒々しい吐息を混じりに尋ねてくる。

「んー、まあ一応?あと二人分だね」

そう言ってアカリは脚に力を込めてルドルフの顔を床に押し付ける。

「っふんぬ…はあはあイイ…。出来たら俺にも見せるといい。俺も探すのを手伝おう」

「それは助かるよ…良い子良い子、ご褒美にグリグリしてあげよう」

「ふはは任せようおお」

どうやら数日前の夜の行為が大変気に入ってしまったルドルフから再び誘われたアカリ。かなり悩んだ挙句、彼の後ろ盾が有用であって確固たるものにしようと誘いに乗る事にしたのだった。

ちなみにリアが寝静まった後でルドルフの部屋に行くと、彼は既に全裸だった時の衝撃は度し難いものがあり、素面では耐えられないと速攻で部屋にあったワインをガブ飲みしたアカリ。

という訳で今この場に居るのは、理性のぶっ飛んだドS美少女とドMイケメンだけである。

「時にアカリよ。俺は三日後に帝都に戻らねばならん…はあはあ…そ、それでだ、今とは言わんがお前も帝都に来ないか?」

踏まれたまま真面目な顔でそんな事を言うルドルフ。色々と台無しだ。

「ふうん…帝都ねぇ」

確かに仲間を探す旅とはいえ、当てもなく彷徨う気はない。何処かに拠点を設けるのも悪くはないと考えてはいた。

ただし帝都がというより、帝国がどんな所なのかも分からない現起点では時期尚早だろう。

「…考えとくよ。まあ王国内を回った後は帝国に向かうだろうしね。それと…」

アカリはルドルフの顔から足を退け、その口先に差し出す。

「ルドルフ様の俺への貢献次第…かな?」

ニヤッと悪い笑顔で彼を見下す。

「お、おおお…その表情‼︎堪らん‼︎やはりお前は素晴らしい女だ…‼︎」

ルドルフはその視線に悶え、足に貪り尽くすのだった。



変態イケメンと倒錯的な情事を過ごした翌日の事、昼過ぎに起きて残りの人相絵を描いているアカリに、いつもの様にリアが声を掛けた。

「アカリ、私ちょっと街で買い物して来る」

「ん、りょーかい」


リアの最近の日常。

それは街の市場で日用品や、ちょっとしたアクセサリーを見たりしながらの散策だった。

田舎育ちのリアにとって、ダンドルンの日常は新鮮で楽しいものだ。

「都会って楽しいのよね」

きっかけはどうあれ村を出て街で過ごすなど、昔の自分じゃ考えられないと改めて思う。本当はアカリと出歩きたいが、今は仕方がないだろう。

彼女は幾つかの露店を見たあと、小さな広場のベンチに腰掛けてお気に入りの果実水を飲む。

そんなリアの前に、唐突に一人の男が現れた。

「やあお嬢さん。この間は失礼したね!」

驚いて見上げると、そこには居たのは何処かで見た事のある青年だ。

「え、えっと…」

「覚えていないのかい?仕方がない。もう一度自己紹介してあげよう。僕は英雄ユージン・ヤクト、銀等級の冒険者だよ」


- この人…確か冒険者組合にいた…


「⁉︎…な、何か用?」

「思い出してくれた様だね」

ヤクトはニヒルな笑顔を見せると、リアの隣に座る。

「僕は英雄だからね。君にチャンスを与えに来たんだ」

「…チャンスって何よ…」

「君は先日、罪を犯しただろ?この英雄たる僕の誘いを断ったじゃないか。だが僕は優しいからね。こうしてわざわざ贖罪の機会を与えに来てやったんだ」

「は?本気で意味分からないんだけど…」

本気で何を言っているのか分からないリアは、訝しげにヤクトを睨む。

「意味が分からないのは此方だよ。君は本気で言っているのかい?」

理解出来ないと頭を傾げるヤクト。

リアは得体の知れない恐怖を感じた。どうもこの男、自分の言動を何の疑いもなく正しいと思っている様だ。

「仕方が無い。察しの悪い下賎にも分かりやすく言い直そう。僕と一緒に来て、僕の寵愛を受けたまえ。それが君に与えるチャンスだ。そして…」

ヤクトはリアの肩を掴む。

「その後は、僕に恥をかかせたあの糞女を連れて来い。あの女は僕が罰してあげる。それが君の贖罪だ」

「⁉︎…ふ、ふざけないで‼︎」

あまりの言いように、リアはヤクトの手を振り払う。

「あんた異常よ‼︎」

咄嗟に逃げようと立ち上がったリア。しかし彼女の行手はいつの間にか現れたヤクトのパーティーメンバーに囲まれていた。

「⁉︎…ど、退きなさいよ‼︎」

「…あくまで下賎な馬鹿は馬鹿だったか…やれやれ、君も家畜に堕とすしかないようだね」

ゆらりと立ち上がったヤクトの手にはナイフが握られていた。

「なっ⁉︎」

「おとなしくついて来るんだ。死にたく無いのならね?」

「…こんな白昼堂々…」

「なに、盗みを働いた君を成敗したと言えばいい。何せ僕は領主の依頼を主にこなす銀等級冒険者、誰も疑わないよ?」

ヤクトは本気の様子だ。

こうなってしまっては従わざるを得ない。

「…く、狂ってる…」

リアは直ぐに逃げなかった事を後悔するが手遅れであった。

ヤクトの手下に腕を掴まれ、広場の前に停められていた馬車に無理矢理乗せられる。


- 助けて…アカリ‼︎


心の中で助けを求めるしか出来ない無力さに、彼女は涙するのだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


リアに危機が迫る!


第一章も佳境に差し掛かって参りました。

第二章執筆中ですが、自分の執筆スピードを呪いたい…!(血涙

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