最終章:告白 『この罪は二人のものです』
第17話 王冠の色
一ヶ月。
一日を三十回に纏め、また一年を十二分割した呼び名であるそれは、旧時代由来の月日の表し方だ。
そして、セフィたちがエズト王国東端の街・バラルに到着してから今日まで経過した日数でもある。
ソドムとゴモラの組織から貰った金で宿を確保したセフィは、バラルにそびえ立つ二大巨塔のひとつ、『図書塔』に足しげく通っていた。別の場所に行くのは五日に一回くらいで、それ以外はずっと宿と図書塔を往復していたと言ってもいい。
大陸一書物の集まる場所とまで言われている大図書館に、セフィは司書の何人かと顔見知りになるほどに入り浸っていた。
目的はもちろん、記憶を取り戻す鍵があるかもしれないケテル神書や『
キルヤの学園長やアンデーレが言ったように、現代だと『白十字』は存在しない事になっているらしい。しかし『
その手がかりをひとつでも見つけるために、セフィは毎日膨大な文字と格闘しているのだが……。
「これも駄目かあー」
彼女の腕二本分はある分厚い本をパタンと閉じ、セフィは机の上でぐったりと脱力する。
結果から言うと、今の所手がかりはゼロだった。
ケテル神書は、原本はもちろん写本すらも置いておらず、せいぜい神書についての考察やほんの一部だけ抜粋された文言について語られている本があるくらい。
『白十字』についても同様に、『勇者団』伝説やケテルに関する本はあれど、現代の『白十字』に関する情報は一切見当たらなかった。『白十字』の称号は後世に受け継がれたという記述が確かにあるはずなのに、二代目以降の話は全く無いのだ。
アンデーレは『白魔術だけに偏った色など不必要だから自然に消えた』と言い捨てていたが、ここまで出て来ないとなるとそれも違うように思えてくる。
「これじゃまるで、意図的に隠されてるみたいな……」
「お探しの本はありましたか?」
「ひゃっ」
静かな空間でいきなり声をかけられて飛び上がりそうになり、他の利用者もいる事を思い出して慌てて口を押える。
「すみません。お邪魔でしたでしょうか」
いくつかの本を抱えながら話しかけて来たのは、最近顔見知りになった司書の一人。いつも変わらない表情で淡々としゃべる様が、静謐で荘厳なバラルの図書塔にピッタリな印象の若い女性だ。
「い、いえ。ちょっとびっくりしただけですよ。本も読み終わりましたし」
「セフィ様はいつも、『白十字』や神書に関する本を読んでいらっしゃいますよね。その様子ですと、お目当ての情報は見つけられていないようですが」
「分かるんですか……?」
「それぞれの情報を求めて来訪するお客様は数多く見てきましたから。表情や仕草から、次の本を探そうとしているのがよく分かります。宝物を探しているお顔です」
「えへへ……凄いですね。その通りです」
細かく分析されているようで何だかこそばゆい。セフィは照れくさそうに微笑んだ。
司書の女性は小さく頷くと、
「そうだと思いまして、『捜索係』に目ぼしい書物をいくつか探してもらいました」
そう言って、抱えていた数冊の本を机に置いた。
「わあ、わざわざありがとうございます」
セフィは本を一つずつ手に取り、表紙を眺めていく。そして小首をかしげた。
「旧時代の歴史書に、天使に関する記録……?」
「どう『白十字』に関係するのか、と不思議そうなお顔ですね。その疑問は尤もです。ですが、行き詰まった時は違う角度から覗いてみる事も大事ですよ」
固定されたように動かないキリッとした目を向けられる。
少し間を置いて、彼女はこう訊ねてきた。
「セフィ様は、『再創』についてご存知でしょうか」
「学校で教わったので、少しは。神様が旧時代を終わらせたっていう出来事ですよね」
「はい。罪を犯した人類を罰する、断罪の七日間。それによって魔力が溢れる世界となり、『魔法』が発見され、魔術が生まれました。他ならぬ、魔術王リリートによって」
「……!!」
知っている名前が出て来た。それも、『白十字』と関係のある名前。
話が一気に本筋に繋がった気がして、セフィは本に手をかけたまま聞く姿勢になった。
「かの魔術王、そして善なる魔術の伝道者である『
「た、確かに……言われてみればまさにその通りですね。そうなると天使の本も無関係とは言えない……」
神が天地を焼き、天使が人間の文明を沈めた。
その後、四十年から八十年に一度、地上に舞い降りて人々に導きを与える。
セフィが習った再創や天使に関する話はこれくらいだ。魔術を極めるにおいて大事でもない事柄なので、授業で詳しく教わることは無かったが、『白十字』に繋がる可能性があるとなると話は別だ。
「もう一つ、天使について興味深いお話が御座います」
「?」
「私は直接見た事が無いのですが、どうやら天使というのは白い髪をしてるようでして。たしか、ケテルの色も同じでしたよね」
「『白十字』のルーツが天使にあるかもしれない、って事ですか……!?」
「専門家でもないわたくしの妄想と考察を含んだ予想ではありますけれどね。ケテルは神術の一端を握っていたとされていますし、類似性は高いかと」
三十日目にして思わぬ光明が見えてきた。
今の世界は旧時代の文化を一部受け継いでいながら、再創によって始まった『魔法』を根幹に置いた文明を築いている。再創と天使。どちらも重要な存在だ。
この世界をもう少しひも解けば、『白十字』に辿り着けるかもしれない。
そうすればいつかは、閉ざされた記憶も取り戻せるだろう。
「ありがとうございます、司書さん。私、もう少し頑張って調べてみますね!」
「お役に立てたようで何よりです。どうか貴方様の宝物が見つかりますように」
うやうやしくお辞儀をして、司書の女性は踵を返す。
セフィはさっそく持って来てもらった本を開いた。
「――既存の魔術を超える力を操る、白髪の白魔術師」
ふと、セフィの耳に、彼女のささやくような声が滑りこんで来た。
「なんだか、ケテルとセフィ様は似ていますね」
「……っ!」
小さな頭痛が脳を駆ける。
気のせいかと思うほど一瞬だった衝撃の正体を求めるように、反射的にセフィは顔を上げた。
しかし、そこには何もない。
絡まっていた糸が解けたような刹那の感覚の正体も見えて来ず、不思議な発言を残した司書の姿もまた、そこにはなかった。
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