ド貧乏乙女と魔王陛下~いきなり番と言われても~

ao

第一章 出会いからの結婚編

第一話

 冒険者や商人たちで賑わうブロースの町は、どこもかしこも活気に溢れている。町外れにあるアメリア魔道具店を除いて……。ヤバイ、自分で言ってて凹んできた。


 アメリア魔道具店と言えば、アグレディアス王国では名の知れた偉大な錬金術師アメリアの店である。

 昨年、祖母アメリアが他界して、孫のあたし――アリシアが継いだ。

 あたしも一応王立アカデミーで錬金術を学んで卒業出来たぐらい腕はあるし、卒業後はお祖母ちゃんに弟子入りしてたから、それなりの魔道具は造れるの。夢は、いつかお祖母ちゃんみたいな錬金術師になること!


 ただ、困ったことがあるのよね……。

 あたしが魔道具を造ったり修理したりすると、通常の三倍威力が上がっちゃうのよ。お祖母ちゃんと同じ造り方なのに!!

 そのせいで修理したコンロは火を噴いて宿屋の親父さんの前髪焦がしちゃうし、水の魔道具は放水の威力が強すぎて風呂屋の女将さんを吹き飛ばしちゃった。

 何度やっても三倍の威力効果が付いちゃうから、今や開店休業状態。おかげで、うちは金欠よー!!


 はぁ、とため息を零して一応、開店の札をドアにかける。通りから香ばしく焼けた肉の匂いがして、野菜くずしか食べていないあたしのお腹を激しく刺激する。

 

「あぁ、肉、肉が食べたい!!」


 欲望のまま、お祖母ちゃんが残してくれたお金の入った革袋の元へ向かう。

 カウンターの床につけられた隠し扉を開いて、置かれた革袋を持ち上げ、ひっくり返す。


 …………カラン。


「っ!! ど、銅貨一枚じゃ、お肉買えないよ~~~~」


 お祖母ちゃんが残した遺産を欲望のままに使い込んだあたしは、今日も野草料理か……とカウンターに突っ伏した。


 もう無理……生きていくの辛すぎるよ、お祖母ちゃん。せめて、お金が稼げるようにならないと……。いや、いっそ、どっかの金持ちの婿か旦那捕まえれば……。ダメよ、アリシア!! そんな夢みたいなことあるわけないでしょ!


 現実逃避をしていたあたしの耳に店のドアベルの音――チリン、チリンが届く。音が鳴り終わるより早く顔を上げたあたしは、にこやかにお客様を出迎えた。


「い、いらっしゃいませ~!」

「邪魔をする」


 久しぶりのお客様だ! 買って貰わないと……って、魔族かー。また冷やかしじゃん! 人と魔族の仲は悪くないけど、魔道具云々の事に関しては魔族の方が凄い物を作ってるから、買ってくれるはずもない。あぁ、今日の夜ご飯……。てか、何の用できたのかな? この店に……あぁ、お祖母ちゃん訪ねて来たとか?


「え、えっと、祖母は昨年の光の月に亡くなりました……」

「……そうか、それは残念なことだな」

「ありがとうございます?」


 会話が終わって、魔族の男性は店内の魔道具を見ていく。特に説明も要らないだろうと暇になったところで、好奇心に負けたあたしは魔族の男性を観察してみることにした。


 ふむ、ふむ。

 頭についてる黒い角は、耳の横から生えて反り返りがあるから、特徴的に竜族か魔人族っぽい。髪は長髪、魔族にしては珍しい黒髪だけど、なんか色気が増して見えるから有り寄りの有りだね~。

 因みに髪色は人間の平民に黒や茶色が多くて、高位貴族や王族、魔族は金とか銀とか派手な色が多い。

 

 魔族は美形が多いって言うけど、本当だわ。こうして見てると顔が造り物みたいで、文句の付けようがないって感じ~!

 黒い前髪の間から見えるおでこは広くも狭くもなく、眉は太くも短くもない。切れ長の瞳は、紫紺に金の彩光入りで、高くも低くもない鼻と端が持ち上がった薄めの唇が――。


「そんなに見つめられると、照れるのだが……」

「っっっ!!」


 落ち着いた男性らしい声がかけられる。

 それに驚いて顎ラインから視線をあげれば、紫紺の瞳とバッチリ目が合った。

 うわっ、イケメン!! と思った瞬間、カッと顔に熱が集まる。熱中しすぎたと後悔している間に、男性がカウンターの傍まで来た。

 

「あっ、あの、すいません」と、あたしは不躾に見すぎた事へ謝罪してみたけど、男性は気にしてないようで何に謝られているのか分からない様子で首を傾げた。


「そう、だった。突然見知らぬ男にこんな事を頼まれるのは嫌だろうが、我のここに触ってみてくれないだろうか?」


 男性から差し出されたのは、右の手首だ。よく見ると薄っすらと赤い色で、丸い円の中に四対の翼をもつ竜の模様が入っている。

 特に忌避感も無いので、軽い気持ちで模様に触れる。その途端、模様が朱金に輝いた。


「ようやく、見つけた……我の番」

「ぎゃっ!」


 譫言のように何かを呟いた男性から、抵抗する間もなく突然カウンター越しに抱きしめられた。淑女なら驚いた時は”キャッ”なんだろうけど、あたしには無理だったようだ。

 次の時に備えて練習するか、なんて考えていると、男性から甘く爽やかな匂いがする。

 あ、良い匂い。多分、レモンバーベナとミントは確実、後は、甘い……。って、今は匂いじゃない! どういう状況なのコレ???


 離して貰うため「あ、あの! は、離して……」と声をかけてから男性の胸元を押してみたけど、更に抱きしめる力が強くなってしまった。挙句、首筋にスリスリとおでこを擦りつけて来る。


「ちょ、痛い、角が顔に刺さって来て痛いですって!!」


 流石に痛くて、男性の腕をバシバシしばきながら訴えた。するとやっと正気に戻ってくれたのか、抱きしめたまま男性が「すまない」と謝ってくれた。

 相変わらず距離が近いけれど、とりあえず何がどうなってこんな状況になったのか話が出来そうだ。


 カウンター越しに抱きしめられたまま男性と向き合う。

 なんだコレ? と、言いたいけれど、またさっきみたいに角でぐりぐりやられたくないあたしは我慢する。


「ひとまず、離してくれない?」

「嫌だ」

「嫌だ、て……」


 美男に真っ直ぐ見つめられて悪い気はしないけど、流石にこの態勢はあたしの腰がやばい。どころか、この抱きしめられた状況で、お客さんが来たら確実に誤解される! ま、来ないんだけどさ。


「えっと……、一応ここお店なので、裏でお茶でもどうかな?」

「……わかった」


 なんで渋々なの?! 子供か!!

 唇を尖らせて不服そうな表情を見せる男性へあたしは盛大にツッコんだ。


 交渉に次ぐ交渉の末、ようやく身体が自由になった。

 身体が自由になる代わりに手を握られてますけどね。しかも、指を絡めた恋人繋ぎってやつで……。


 この人の痣を触る前と触った後の行動と言動が、極端に変わってない?

 

 不信感を露にしながら、とりあえず男性を連れて二階へ。

 お茶を入れるため小さなキッチンでお湯を沸かす。なお、手は繋いだままだったりする。

 

 実は何度も握られた方の手を激しく振ってみたんだけど、離れそうになると握る力が強くなるんだよねー。

 

 色々諦めて、片手でカップやらソーサーやらを準備。

 お湯が沸いて、お茶を入れ男性と二人で二往復。だって、お互い片手なんだもん!!

 ソファーに腰を落ち着けたところで、お茶を飲む。えぇ勿論、隣り合って座ってますよ。もう、既にあたしの中で、この人変態認定ですよ! あ、ダメ? あぁ、そうですか、わかりましたよ。


「はぁ……、とりあえずお互いに名乗らない? あたしは、アリシア。アリシア・フェルズ。つい一昨日、十八になったばっかりの新米錬金術師よ。貴方は?」

「我はシュゼリオス、竜族。歳は、いくつか……覚えていない。是非ともゼスと呼んで欲しい」


 角からそんなんじゃないかなと思ってたけど、竜族だったのね、納得。

 魔族は、長生きな種族だから年齢ほぼ覚えてないらしいって聞いてたけど、シュゼリオスさんもそうなんだ。


「わかった。ゼスさんって呼べばいいのね」

「ゼス、だ」


 強制ゼス呼びですか、そうですか。わかったから、握る力籠めないで! 後、髪の毛に頬寄せるのも禁止で!!


「……ゼス」

「うむ。いいな……」


 何がいいの?? と、聞き返したいところだけど、聞かない方が良いと判断して「それで、さっきの光は何?」と問いかけたあたしの判断は、正しい! と、信じたい……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る