第3話 初めてのゴブリン

 魔法陣を使ってふたたびダンジョンに戻ると、俺は早足でT字路に向かった。早く先を見てみたいという気持ちを抑えることができない。


「グゲゲ」

 不吉な響きの鳴き声が左側から聞こえ、俺はハッと我に返った。とっさに後方にジャンプする――ゴブリンだ。


 生まれて始めて見る生ゴブリンに感動する間もなくゴブリンが持った棍棒が俺の左肘を打ち付ける。痛い。折れてはいないだろうが、ヒビが入ったかもしれない。

 体勢を立て直したところにゴブリンが再び棍棒を打ち付けてくる。俺はその攻撃をかろうじて斧でガードした。完全にリズムが狂っている。


 なに相手は最弱クラスの魔物だ。一対一ならば負けないはず。体格面でもこちらのほうがずっと大きい。

 気を取り直してそう思った瞬間、角を曲がってこちらに向かってくるゴブリンが2匹見えた。

 合計で3匹――これはまずい。


 絶叫しながら突進してくるゴブリンに背を向けて俺は全力で逃げた。3匹のうちの1匹は錆びたナイフを握りしめている。生きた心地がしない。


 背中のすぐ後ろに風切り音を聞きながらなんとか転送室まで逃げ込むと、俺は振り返って斧を構えた。

 この出入り口の幅から言って3匹同時に攻撃してくることは不可能だ。いざというときは天井の魔法陣を使って屋外に逃げることも可能だろう。


 追いかけてきた3匹のゴブリンは、転送室の前まで来るとまるで目に見えない壁に塞がれたかのように振る舞った。

 入室してくることはなく、こちらを睨みつけたままジリジリと後退りしていく。そしてそのまま5メートルほど後退りすると、踵を返して元いたT字路に向かって悠々と歩き始めた。


 チャーンス!

 俺は忍び足でゴブリン達の後ろを追いかけ、こちらに背を向けているゴブリンの背中に斧を叩き込んだ。

 抜群の手応え! クリティカルだ。

 だが、ゴブリンは意外としぶとく、一撃では死なない。ここはヒットアンドアウェイでいくべきだろう。


 無理をせずに再び転送室に戻り、背を向けてT字路に戻るゴブリンを背後から急襲する。ゴブリンは知能が低いらしく過去の失敗からまったく学習しない。

 同じパターンを数回繰り返してゴブリンの一団を殲滅した。いわゆるハメ殺しだ。

 次の瞬間、額に熱を感じ体内に力が沸き起こる。


「レベルアップキきたーっ!」


 レベル2になったときよりも大幅なパワーアップを感じる。凄まじいまでの全能感。今までの人生でこんなにハイになったことはない。自撮りモードのスマホで額を確認すると線が一本増えて「三」の文字になった。


 いったい何本まで増えるのだろうか? 額の面積的にいってそろそろ厳しそうなんだけど、さすがにレベル3でカンストってことはないよね? 次は漢字の「四」になるのかな?


 レベルアップに伴い肘の傷も完全に癒えた。かつてないほど体の調子が良い。レベル1のときは扱うのが難しかった斧もすごく軽く感じる。片手でも扱えるぐらいだ。


 地上とは違い、ダンジョンの中の死体は自動でダンジョンに吸収されるようだ。

 残念ながら魔石はひとつも残らなかった。地上でしかゲットできないのか、あるいは魔石自体がレアドロップなのか――現時点では判定がつかない。


 錆びついたナイフや棍棒が残されたが、いま使っている斧のほうがずっとクオリティが高いのでわざわざ拾うこともなかった。アイテム・ボックスみたいなものがあれば拾っても良いのだが、ポケットに入らない物は拾う気にならない。


 ゴブリンの一団を倒すと、俺は例のT字路にふたたび歩を進めた。敵の奇襲を警戒していたが、ゴブリンはいない。リスポーンするまで少々時間がかかるのかもしれない。


 待てよ。本当にリスポーンするのだろうか? 仮にするのだとしたらどれぐらい時間がかかるのだろう。あるいは何かしらのアクション――たとえば次のフロアに移動するとか――が必要なのかもしれない。


 これは検証しておく必要がある。法則を把握していないとリスポーンした敵に背後から奇襲される危険もあるし、逆に法則を知っていればリスポーンした敵を背後から奇襲することも可能かもしれない。


 例のゴブリン達は転送室からT字路にやってきた人間を不意打ちするように配置されていたのだから、その更に後方に陣取っていればリスポーン直後のゴブリンを不意打ちすることができるかもしれない――そう考えて俺はゴブリンの想定出現位置の後ろでしばらく待つことにした。


 といっても長時間待つのは嫌なので、スマホのタイマーを60分に設定しておく。一時間待って現れなかったらとりあえず諦めて先の探索に進もう。


 当然ながらダンジョンの中は圏外だ。こういうちょっとした待ち時間にスマホで時間を潰せないのは辛い。電子ブックリーダーをもってくればよかった。仕方がないので柔軟運動をしながら待っていると、ダンジョンの廊下に光り輝く蒸気のようなものが現れる。


「来たか!?」

 俺はスマホをポケットの中にしまって身構えた。予想通りそこには3匹のゴブリンがいた。背後にいる俺にはまったく注意を払わずに、T字路の方を向いてボケーっと突っ立っている。


「てぃっ!」

 俺は一番近くにいたゴブリンの背後に斧を振り下ろす。

 抜群の手応え! クリティカルだ。

 どうやら背後からの奇襲はクリティカルが出やすいみたいだ。


 ゴブリンが一撃で溶ける。レベル3になって攻撃力が増したのだ。クリティカルが出れば一撃で倒せるようになった。


 残りの2匹とは無理に交戦せず。相手が慌てている隙に敵の合間を掻い潜って再び転送室までダッシュし、追いかけてきたゴブリンたちを例のごとくハメ殺した。


 この一連のパターンを2回繰り返して、合計6匹のゴブリンを屠るとふたたびレベルアップした。レベル4だ。だが、レベルの3のときと比べると明らかに能力の上昇幅が劣る気がする。なにか法則があるのだろうか?


 無傷でのレベルアップはこれが始めてだった。逆に言うと今までけっこう危ない橋を渡ってたということだろう。


 スマホで額の状態を確認すると、「三」の文字の下の線が2本に分かれていて、八卦の「巽」のような感じになっている。


―――

―――

― ―


 なるほど。こう来るか。

 とりあえずレベル3でカンストってことはなかったのでホッと胸をなでおろす。


 魔石も1つドロップした。緑色のもので最初にゲットした赤い魔石と比べると色がくすんでいるように見えるが、小さいものなのでとりあえずポケットに放り込んでおく。

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