魔物討伐最前線で戦わされる不遇の聖女、強面兵士に守られることになりました

中村 青

第1話 親愛なる王子、そしてフィガー王国の為に

「たとえこの命が朽ち果てようとも、我が身を捧げてフィガー王国をお守りいたします!」


 この世は精霊、魔族が共存する美しく残酷な世界。

 そんな生と死が隣り合わせの日常で、聖女として誕生したマルティカ・マリッシュは、鮮血を流して闘っていた。


 最近では大陸随一の武力を誇っていたガラドス帝国が、長い戦いの末に無念の敗北を喫することになったと一報を受けた。生き残った国民も奴隷に堕とされ、弄ばれるように絶え果てていると聞き、胸が張り裂ける思いをしたのも記憶に新しかった。


 だから私は———例えこの命が尽きようとも、神の依り代となり、この国を、そして民を守らなくてはならないのだ。


 マルティカは自らの生命力を礎に魔法を唱え続けたが、魔物は絶えることなく襲い続けてきた。瘴気が溢れ続ける奈落渦を浄化しつつ、進攻する魔物を倒すのは並大抵のことではなかった。

 それでも血と刃こぼれによって鈍になった剣を振り回し、懸命に戦い続けた。護衛の兵士は既に全滅し、指先の感覚も麻痺していたが、彼女は詠唱を止めなかった。


 ここで自分が匙を投げでしまったら、フィガー王国は滅んで荒廃の道を辿ることになるだろう。たとえ我が身が炭塵のように砕けようとも、聖女の使命を全うするのが定めなのだ。


 そしてそれが、皆が望んでいることなのだから———……。



 やっとの思いで魔物を殲滅させた時には生命力を使い果たし、干からびた栄養失調の子供のような姿に変わり果てていた。

 そんな彼女の傍らには、無惨な遺骸となった兵士が横たわっていた。


「あァ、ごめんなさい……っ、貴方達を守ることができなかった」


 捨て駒として遣わされた下級兵士達。しかし彼からは怯えながらも懸命に守ってくれた。ボロボロになっても尚、燃え尽きるまで戦い抜いた末に打ち果てたのだ。


 そんな彼らに自分は冥福を祈ることしかできない。マルティカは殉死した兵士達に別れを告げ、その場を後にした。




「聖女様のお戻りだ! 聖女様がお戻りになったぞ!」


 門番の声に国民達が集まり出した。

 魔物の返り血で汚れたマルティカに触れる人はいなかったが、それでも帰還を喜んでくれる人がいるのは嬉しかった。


「聖女様のおかげで、また生き長らえることができました! 本当にありがとうございます!」


 深々と頭を下げる国民達に恐縮しながら、厳重に防御された城へと戻った。疲労した身体を引き摺るように進むと、怪訝な表情をしたフィガー王国第一子王子、ロザックが立っていた。


 その目はまるで汚物を見下すような、不快を帯びた視線。マルティカは視界に映るのも申し訳なさそうに、肩を竦めながら歩き続けた。


「今日も無事に討伐してきたんだな。ご苦労」

「あ、ありがとういございます……」


 だが言葉とは裏腹に、雰囲気は険悪だった。ピリピリと息が詰まる空気に、今にも押し潰されそうだ。


「しかし、お前は戦うたびに醜くなるな。お前のような女が、私の婚約者だなんて」


 はぁ……と大きな溜息を残して、不機嫌に踵を返して去った。


 ———仕方がないのだ。魔法を唱えるには、自らの生命力を捧げなければならない。この国、貴方のフィガー王国を守る為に、命を削って闘っているというのに……。


 やるせ無い思いを胸に、身を清めて正装へ着替え終えて王子の部屋を通り過ぎようとした際、中から仲睦まじく戯れる声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある甲高く猫のように甘えた声の主は、マルティカの腹違いの妹クリスティーヌだ。


 悪いと思いつつ、耳を澄ませて部屋の前に立つと、嫌悪感が這う吐息と胸焼けするほど甘ったるい愛の戯言が漏れてきた。


「あぁ、クリスティーヌ。君はなんて美しいんだ。君が僕の婚約者だったら、どれだけ良かったか」

「ふふふ、王子ったら。マルティカお姉様が聞いたら泣いて悲しみますよ? お姉様は命を張って、この国の為になりふり構わず闘って下さっているんですから」


 マルティカの母が亡くなってから後妻として迎えられたメリーアンヌの娘、クリスティーヌ。聖女の力はなかったもの、生まれ持った美貌と愛嬌で、周りからチヤホヤされてワガママ放題で育ってきた妹だ。


 実際に闘っているのはマルティカなのに、当の本人よりも好待遇で様々な男性と遊び回り、何人もの愛人を侍らせていると噂を耳にしたことがある。


「ねぇ、王子。提案なんですが……マルティカお姉様はいつ命を失うか分からない立場じゃないですか? そんな人を王妃にするよりも、その血筋の家の者と婚儀を結んだ方がいいと思うんです。例えば私……とか?」


「おぉ、それは名案だ! 王妃には世継ぎを産むという大役もあるしな。いつも戦に駆り出されているマルティカでは、子も孕めないからな」

「そうですよ。フィガー王国の血筋、そして聖女の血も残さなければなりませんから」

「それでは早速、マルティカとの婚約を破棄してクリスティーヌと婚約を発表するか!」



 ———絶望だった。


 こんな待遇でも耐え続けたのは、慈しんでいたフィガー王国、そして幼い頃から結婚を誓い合っていた王子であるロザックの為だった。

 どれだけ冷たい視線を向けられようとも、いつか未来を共にするこの人の為ならと敢闘し続けていたというのに、それも限界だった。


 どのようにして自分の寝所に戻ってきたか覚えていない。マルティカは生まれて初めて大声を上げて泣いた。大粒の涙が枕を濡らしたが、そのことに誰一人として気付くものはいなかった。



 一方同じ頃、一人の青年が兵士志願を出していた。傷だらけのガタイのいい男は、周りが竦み上がるほど凶悪な面構えをしていた。


「ガラドス帝国で軍人を……へぇ、よく生き延びれたな。あの国の人間は、ほとんどが虐殺されたか、奴隷に堕ちたと聞いたが?」

「まぁな、死に物狂いで逃げてきたよ。幸い俺には、この剣と強運があったから助かったようなもんだよ」


 男が背負っていたのは、鉄の塊のような大剣だった。鋭さはなかったもの、全力で振り回され叩きつけられたら、大人でも一溜りもないだろう。


「それで、アンタの名前は?」

「レツァード・フィールド。運の良さと体力には自信があるぜ? せっかくなら尽くし甲斐のある役割を与えてくれ。例えば、聖女様の護衛とかな」


 地獄のような惨劇から生き延びた軍人と、不遇の聖女。運命の二人が同じ地に立つこととなった。






 ****

 第一話、お読みいただきありがとうございます! 不穏で嫌なスタートですが、これから聖女をレツァードが救って、甘々溺愛モードに入りますから、どうぞお読み下さい!


 そしてよろしければ、⭐︎や♡など応援頂けると嬉しいです。よろしくお願いいたします!

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