1話完結の異世界転移物語

栗眼鏡

物語の始まりは怪しさから

学校からの帰り道。僕と琢磨は知らないおじさんに声をかけられた。

「やぁ、君たち。ちょっと寄り道してかないかい?」

おじさんは誰がどう見ても怪しいと思う風貌ふうぼうをしていた。

「君たちは明雲めいうん中学の生徒だろ?その学ランを見ればわかるよ。どうだい?君たちくらいの子が好きそうなゲームがあるんだ」

怪しすぎる…。

現代日本では、子供の誘拐事件ゆうかいじけんの対策として小学校から『知らない人に話しかけられても無視する』や、『知らない人に付いて行ってはいけない』といった当たり前のことをしっかりと教えてもらえる。

もちろん今年から中学2年生になる僕らもその教育は受けている。だが、僕ら男子はある一定の年齢をむかえると無意識的むいしきてきにとある事実を認識してしまう。


『怪しいものは


これを言葉で説明するのは難しいが、例えるならば。『淫乱いんらん』と言う露骨ろこつな言葉よりも『妖艶ようえん』と言う摩訶不思議まかふしぎさを持つ言葉の方がエッチに感じるのに近い気がする。

兎にも角にも、僕らはそのおじさんから『妖艶』と言う言葉は絶対に違うと思うがそれに似た怪しさを感じとり、おろかにもあとについて行ってしまった。

おじさんは通学路かられると近くの商店街へ入り、路地裏を通ってガラクタ置き場の前で足を止めた。

さて、いよいよ本格的に怪しくなってきた。

最初から怪しいものは怪しいのだが、『路地裏』『知らないおじさん』『ガラクタ置き場』ここまでそろってるなら普通逃げろよと思う。自分に娘が居たなら今すぐ手を引いて逃げたことだろう。けれども、ここまで凝縮ぎょうしゅくされ濃度の濃くなった怪しさを魅力的に感じてしまうのが中2と言うものでもある。僕らは怪しさの魅力みりょくってたこともあり、その場から逃げ出さずおじさんの話を聞いた。

「さて、まずは『いらっしゃいませ』かな?」

おじさんはガラクタの山から綿わたこぼれた椅子いすを取り出し腰掛こしかけた。

「ここは僕のお店でね。君たちは僕のお客。」

おじさんはボロボロの上着うわぎから取り出したタバコに火をつけた。

「本当ならお気に入りの品物が見つかるまで見てってねって言いたいとこなんだけど、見ての通り屋根無しのオンボロ店でね」

おじさんは肩をすくめてジョークをかますが、怪しさがせっかくのジョークをおどしに変換する。

「そんなわけでちゃんとした商品は一つしか置いてないんだよ。」

そう言うとおじさんはズボンに引っ掛けていたストラップを取り外し僕らに渡した。

「それはね。異世界への鍵だよ。」

『異世界への』…おじさんがそう言って渡したストラップはどう見ても鍵には見えなかった。剣と盾を模した二つで一つの一体型のストラップはお土産売り場で一度は見たことがあるようなアレとそっくりだった。

だまされた…いや、元々怪しさ持ってないような人間にだましたもだまされたも無いのかもしれないが、高まった期待からの急降下きゅうこうかはそこそこ心に来た。

「そんな残念そうな顔しないでくれよ」

おじさんはタバコの煙を吐きながらニヤニヤとした顔でこちらを見つめる。その顔はまるでこれから自分のお宝を親に見せようとする子供の含み顔にも見えた。

「その盾に納剣のうけんされてる剣なんだけどね、実は抜剣ばっけんも出来るんだ。よく出来てるだろ?」

このおじさんの心は僕らよりも少年なのかもしれない。

納剣のうけん抜剣ばっけんが出来るオモチャくらい今では別に珍しくもなんともないだろう。

「はぁ…どうやら私は君たち少年の期待を裏切ってしまったみたいだね。」

おじさんは僕らの反応が期待したものと違ったためか残念そうにため息をついた。

「仕方がない。これでも僕は商売をしているつもりだからね。とっておきの機能を教えてあげよう」

心少年こころしょうねんおじさんのとっておき…ストラップとして何処どこにでも着けられる!とかだろうか?だったらくだらない、時間の浪費ろうひだったかもしれない。

「そのキーホルダーの盾、押しボタンみたいに見えないかい?」

おじさんに言われ、ストラップに目を落とす。確かに押せば引っ込みそうな出っ張りが盾のストラップに付いていた。

「押してみな」

盾のボタン…十字をきった紋章もんしょうを指で押す。すると、なんということでしょう。手のひらサイズのキーホルダーが1/1スケールの巨大な剣と盾に早替はやがわりしたではないでしょうか。

(アンビリーバボーっとでも言いたげな顔を僕らはそろってした)

「やっといい顔するようになったな。少年たち」

さっきのキーホルダーはマジック道具とかだったのだろうか?

いま目の前で起きた現象を僕らは理解できていなかった。

「次は抜剣ばっけんをしてみな」

おじさんから感じる怪しさはもう消えていた。

今自分たちは『』の二文字の前に居る。

この先の世界をもっと知りたい。『日常からの脱却』『色彩溢れる刺激的な日々』『まだ見ぬ冒険への道のり』

僕らの中の感情は『怪しさからの興味』ではなく単純な『好奇心』へと昇華しょうかされていた。

僕らはおじさんの言葉に従い、僕が盾を、剣を琢磨がつかんで、2人で剣を抜こうとする。

剣が盾から抜けていくにつれ、まばゆい光が溢れ出してきた。

ゲームやアニメでよく見る展開に心臓の脈拍が加速していくのがわかる。

剣がするりと抜ける。

路地裏は真っ白な光で包み込まれた………



〈追記:〉

佐藤勇気(13)

渡辺琢磨(14)

後日、2人の行方不明届ゆくえふめいとどけが提出された。

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